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1 雪と灰のなかの婚姻
スノーフォール ①
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食事が運ばれてきた音で、リアナははっと顔をあげた。
一般兵の制服を着ているが、見たことのない顔の兵士が、食事の乗った台車を押して部屋のなかに入ってくる。季節に合わない部屋の寒さに一瞬ぎょっとした顔をするが、すぐに平常心を取り戻し、不慣れな手つきでリアナに給仕をはじめた。
「デイミオン卿の容態は?」
兵士はテーブルにカトラリーを並べ、銀食器の覆いを取ってから答えた。「申し訳ございません。存じません。陛下」
答えは聞く前から分かっていたようなものだった。判で押したようなこの言葉を聞くのは、何度目になるだろう?
顔に失望を出さないように努める。食事のたびごとに、テーブルクロスで隠れる机の脚部分に、ナイフで刻みを入れている。兵士に気づかれないように膝頭でそっとその部分をこすった。刻みは八つある。八回の食事。彼女が目を覚ましてから、これが三日目の朝だ。
今はまだ、刻みがなくても日数の経過がわかる。これは、保険のようなものだった。無駄になることを祈るばかりだが、見通しは暗い。
あの遺跡、アエンナガルでイオと名乗るデーグルモールと文字通りの死闘を繰りひろげたあと、リアナはエサル卿とその領兵たちによって、王都タマリスまで連れ戻された。道中になにがあったかはほとんど覚えていない――なにしろ腹部に剣を刺されて、重傷を負っていたのだ――だが、彼女の取り扱いは王や重傷者というよりもむしろ囚人のようだった。傷の固定という名目で胴と手足をしっかりと縛られていたし、同じく彼らに救出されたナイルやデイミオンとも離され、様子も教えてもらえなかった。
そっと腹部に手をあててみる。ひきつれたような、盛りあがった箇所があるが、それ以外には目立った傷も痛みもなかった。
食事は以前と変わらず、彼女の好物ばかりだった。鱈のミルクスープ。鶉のローストや、仔牛のソテー。色とりどりのソースを添えた蒸し野菜。
もっとも、いまのリアナには食べられないものばかりだ。
「スープを温め直してまいりましょうか?」兵士が尋ねた。
「いいえ、結構よ」
「あまり食が進んでおられないと、給仕長が案じておりました」
「自室に閉じ込められていれば、食欲がなくなるのは当然じゃない?」リアナは嘆息してみせた。
「せめて、散歩くらい許可してもらえないのかしら? わたしはこの国の王ではないの? 罪人のような扱いは我慢ならないわ」
「ご不便は重々、承知しておりますが……ご寛恕ください。我々には権限がありません」
ここまでの会話もまた、繰りかえし。最初の数回はいらいらしたものだが、今朝のリアナは冷静だった。
「では、エンガス卿を呼んできて」
彼女を自室に軟禁しているのは、間違いなく彼の指示だろうとリアナは考えていた。あるいはエサルか。彼らは結託しているので、どちらでも同じことだった。
一般兵の制服を着ているが、見たことのない顔の兵士が、食事の乗った台車を押して部屋のなかに入ってくる。季節に合わない部屋の寒さに一瞬ぎょっとした顔をするが、すぐに平常心を取り戻し、不慣れな手つきでリアナに給仕をはじめた。
「デイミオン卿の容態は?」
兵士はテーブルにカトラリーを並べ、銀食器の覆いを取ってから答えた。「申し訳ございません。存じません。陛下」
答えは聞く前から分かっていたようなものだった。判で押したようなこの言葉を聞くのは、何度目になるだろう?
顔に失望を出さないように努める。食事のたびごとに、テーブルクロスで隠れる机の脚部分に、ナイフで刻みを入れている。兵士に気づかれないように膝頭でそっとその部分をこすった。刻みは八つある。八回の食事。彼女が目を覚ましてから、これが三日目の朝だ。
今はまだ、刻みがなくても日数の経過がわかる。これは、保険のようなものだった。無駄になることを祈るばかりだが、見通しは暗い。
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そっと腹部に手をあててみる。ひきつれたような、盛りあがった箇所があるが、それ以外には目立った傷も痛みもなかった。
食事は以前と変わらず、彼女の好物ばかりだった。鱈のミルクスープ。鶉のローストや、仔牛のソテー。色とりどりのソースを添えた蒸し野菜。
もっとも、いまのリアナには食べられないものばかりだ。
「スープを温め直してまいりましょうか?」兵士が尋ねた。
「いいえ、結構よ」
「あまり食が進んでおられないと、給仕長が案じておりました」
「自室に閉じ込められていれば、食欲がなくなるのは当然じゃない?」リアナは嘆息してみせた。
「せめて、散歩くらい許可してもらえないのかしら? わたしはこの国の王ではないの? 罪人のような扱いは我慢ならないわ」
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