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第7章 ハッピーピープル
第30話:ハッピーピープル・1
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「これ何だと思う~?」
「タワーディフェンスゲームが一番近い気はする」
「それあんま知らないや。要するに戦争ゲーム?」
「大きな括りとしては正しい。兵士や施設を配置して攻めてくる敵から拠点を守るゲームだ。アクションというよりはリソースを管理するシミュレーションの一つかな。私もあまり詳しいわけではないから、もしここがKSDのようなゲーム世界だったとしてもタイトル名には辿り着けないが」
「あは、珍しいね~。ゲームオタクの彼方ちゃんが詳しくないって」
「ディフェンスゲームはVRとあまり相性が良くないからな。基本の視点が鳥瞰だから」
「そゆこと。主観視点のゲームばっかり作られるのはVRの良くないところだよね~」
「言えてる」
のどかな村の散歩道。
彼方は両腕を立夏の肩から前に回し、前に抱きかかえるようにしてトレンチコートの中に収めていた。この体勢は危険なエリアを慎重に探索するときによくやるものだ。立夏を背中に背負う体勢だと、素早く動ける代わりに立夏が背後からの攻撃に晒されてしまう。安全を重視するならこうして前方に包んでしまうのが手っ取り早い。
彼方と立夏のすぐ隣で大きな悲鳴が上がった。耳の尖った若い女性エルフが頭部を潰される。派手に吹き出した鮮血が地面とトレンチコートに飛び散る。目の前に死体が倒れてくる。
彼方は死体を踏まないように大股で跨いだ。立ち止まることなく、辺りを見渡しながら二人は探索を続ける。
「高い木の柵に囲まれたエルフの村、広さは一キロ四方は無いくらいか。建物は大小色々あるが、適当に木材を組み合わせただけで建築様式が確立している水準ではない。恐らく金属技術も発達していない、かなり原始的な共同体のようだ」
「服も剥いだ動物の皮を簡単に繋いだだけみたいだしね。戦争ゲームって基本は近代なイメージあるけど、こんな田舎が舞台?」
「ディフェンスゲームはむしろ中世以前の方が多いよ。歩兵や砲台を設置して敵を退けるレベルデザインの都合上、その程度の武器が有効だった時代でなければならないからだ。航空爆撃機が持ち出されたらタワーをディフェンスしている場合じゃなくなる」
「あは、核兵器まで登場したら軍事より政治になるもんね~」
また一人、目の前でオークがエルフを撲殺した。
色が白く金髪が美しいエルフに対し、オークは肌が緑色で身の丈は二メートルほど。見るからに筋骨隆々、暴力を体現したようなクリーチャーである。
そしてオークが振るう棍棒は細いエルフの身体ほどもある。振り下ろして一撃で頭蓋骨が陥没する。血だけではなく、ピンクや黄色の内容物があたりに散らばった。間違いなく即死だ。戦闘力の差はあまりにも歴然としている。
つまり今、この村ではオークによるエルフの虐殺が行われていた。
深い森に包まれたのどかな村を悲鳴と狂乱が覆っている。オークは数人程度しかいないようだが、大勢いるエルフは揃って逃げ惑うばかりだ。
また逃げるエルフが一人、彼方たちの目の前でオークに叩きのめされた。
「わりとグロいな~。スプラッター系とか、捻ったホラーゲームかも」
「過剰な作り込みではあるよな、演出過多というか。もしこれがシナリオイベントだとすれば、インパクトのある絵面で種族の力関係を提示しようとする意図が透けている」
「あは、虐殺を目にした主人公が怒りに震えるプロローグとかかもね~。起動したとき毎回流れるけど毎回連打でスキップしそう」
そのとき、オークが彼方たちを襲ってきたのかどうかはわからない。もしかしたら、遠くにいるエルフを目がけて走っていただけなのかもしれない。
ただ確かなことは、そのオークが走る軌道は彼方が歩を進める道を横切っていたということだ。だから彼方は右足を踏み込んだ。
オークの顔面目掛け、左足を真上に思い切り蹴り上げた。
ローラーブレードの車輪がオークの顎を下からブチ抜き、身体が僅かに浮くほどの運動量が叩き込まれる。猛スピードで回転する車輪がオークの硬い肉を巻き込み、掘削するように削り取った。
そこに彼方の脚力による衝撃が加わり、オークの顔面は炸裂して弾けた。制御を失った巨体がバランスを崩して倒れる。
彼方は肉塊を横から蹴り飛ばして道を空けた。
「ジャンルがディフェンスだろうがスプラッターだろうが恋愛シミュレーションだろうが何でもいいさ。片足で殺せる程度の敵に律儀に付き合う理由はない。私が殺せばこいつは死ぬ、だったら全員殺してゲームクリアだ。オークもエルフもまとめて殺処分してやる」
「それは微妙だな~。こんだけはっきり陣営分かれてるんだから、どっちか味方する方を決めなくちゃゲームっぽくないよ」
「一理ある。その二択ならオーク殲滅でいいんじゃないか? 見たまま悪っぽいし」
「どうかな。実は見た目か弱い種族の方が悪の根源だったみたいな展開、最近のちょっと捻ったシナリオにはよくあるじゃん。元々エルフの側から仕掛けた戦争だったとか、オークの虐殺も正義の一つの形だとか、オークたちが実は元エルフだったとか。ほら、マルチエンディングの最終ルートで明かされる衝撃の真実」
「そこまで言ってしまうと決めようがない。いっそ乱数に任せるのが一番フェアかもしれない」
「コインでも振って決める?」
「コインは持っていないが、枝でも投げればいいんじゃないか。地面に落ちた枝が私たちから見て縦ならオークを全員殺そう。横ならエルフだ。斜めは両方」
「いいね」
立夏が道端にしゃがんだ。好き勝手に生え散らかした茂みの中へと枝を探して手を伸ばす。
もともと自然の中に辛うじて人工物が置かれたような小さな村である。植え込みのように整理された区画はなく、獣道に毛の生えた程度の通路が行き当たりばったりに伸びているだけだ。村の中でも道が途切れている場所にはすぐモジャモジャと膝丈ほどの植物が生えている。
立夏の動きはすぐに止まった。茂みをかきわける手が止まった状態でフリーズする。枝が見つからないという様子でもなく、首を僅かに下げて何かを凝視している。小さな背に隠れて何を見ているのかはわからない。
「どうした?」
「これ、いい花だと思ってさ」
「どれどれ」
彼方も立夏の隣にしゃがんで覗き込む。
立夏が見つめていたのは大きな丸い花だった。ちょうど立夏の目に刺さっているものと同じくらいのサイズで、作りもよく似ている。
地べたに無造作に生えているにしてはやたら華がある。五枚の花弁が空白を補い合うようにして真円を成している。研磨した貝殻のように淡い色が重なり合い、表面のグラデーションは角度によって異なって見える。白いキャンパスに無数の色を薄く塗り重ねたようだ。
地球のどこかに咲いていたとしてもおかしくはない、しかし探してもきっと見つからない、そんな不思議な印象を受ける花だ。すぐ近くに色々なサイズでぽつぽつと同じ花が咲いているあたり、群生する花なのかもしれない。
立夏は丁寧にその花を抜くと、茎のあたりで折り取った。目に挿さっている花を引き抜き、そこに代わりに新しい花を挿す。
何度か瞬きをして目に馴染ませると満足気に頷いた。
「よし……よし、うん。これだ、これ。いいね、この花」
「大丈夫なのか? 消毒とか。見栄えのする植物には有毒なものも多いだろう」
「そのくらい何でもないよ~。無害ってわかるんじゃなくて、別に有毒でもいいんだ。私が初めて目に花を活けたとき、私の眼は義眼じゃなかったって言ったことなかったっけ。すぐに眼球破裂で失明して、即手術で全摘して義眼に変えたんだよね。どうでもいいよ、視覚とか健康なんて。私にとっては眼窩も人体も花を活けるための器官で、見たり動いたりする方がオマケだから」
「立夏がそれでいいなら私は構わない。そうだな、その花を目に活けたいなら、ここは育成系のサンドボックスゲームということにするのが一番手頃かもしれない」
「あは、今すごくいいこと言った。私は花を育てるだけの育成シミュレーションゲームがいいな~。携帯機でリリースされて、あんまり売れないけど細々としたファンがいるやつ。友達の少ない内気な女の子とか、会社帰りで疲れ果てたOLとかがプレイしてそうなやつ。のどかな村でエルフたちと一緒にゆったりスローライフ」
「それなら排除すべきはオークということになるか」
「そだね。ちなみにスローライフに殺人コマンドはないよ」
「私は別にシリアルキラーではない。殺すのが一番手っ取り早いというだけで、その気になれば殺さずに村人を救うこともできるさ」
ちょうど目の前にまたエルフを襲っているオークがいた。
地面に倒れたエルフに向かって棍棒を振り上げている真っ最中だ。横から小さなエルフの少女が割って入るが、彼女では力不足だろう。
彼方はローラーブレードを走らせて一瞬でオークの正面に移動した。少女を軽く突き飛ばして逃がすと同時に、走る勢いのまま地面を蹴った。
振り下ろされる棍棒の先を車輪で蹴り上げて真上に弾く。よろめいたオークの足元を払って崩し、浮いた身体に横から掌底を叩き付ける。
宙に浮いたオークは真横に吹き飛ばされ、数メートルもボールのように転がっていく。巨大な身体は高い柵にぶつかってようやく止まった。
「わお、何それ。初めて見たけど~」
「合気みたいなやつだ。趙がよく使っていた、ほら、あのいつもチャイナ服を着ていたやつが。基本私の腕力なら普通に殴った方が手っ取り早いが、撃力ではなくベクトルを利用するために相手を無傷で無力化できる副次効果がある」
「見ただけの技を勝手に使ってるわけ。相変わらず暴力絡みなら何でもできるね~、さすがフィジカルエリート」
「どうも。さて、突き飛ばして悪かったな。あのままだと君は死んでいたから。大丈夫か?」
彼方は先ほど突き飛ばした小柄な少女に手を差し出した。衝撃は地面に流したから彼女は打撲一つ負っていないはずだ。実際、少女はすぐに彼方の手を取ってはきはきした声でお礼を述べる。
「ありがとうございます! すごく助かったのであります」
「どういたしまして、イツキ」
「何故、私の名前を御存知なのでしょうか? 私はあなた方のことを知りませんが……どこかでお会いしたことがありましたでしょうか」
樹と同じ顔と口調の少女が首を傾げた。
活発そうな表情や髪型は同じだが、やや表情が幼くあどけなく感じる。元から樹はかなり童顔だったが、単に年齢が異なるからなのか、それとも国家公務員としての就業有無という経験の差によるものなのかは判然としない。
そして着ているのはもちろん警官の制服ではない。薄くて貧相な茶色い服であり、元の世界の樹はあまり着たことがなさそうなものだ。
いずれにせよ、新たに足を踏み入れる世界に見知った顔がいることは珍しくもないようだ。もう驚くほどのことでもないが、反応を見るにイツキは彼方や立夏のことを知らないようだった。そこはローチカや桜井さんとは違うところだ。
「君も大丈夫か?」
彼方が最初にオークに襲われていた女の子にも手を差し伸べると、立ち上がってお尻の土を払った。フードを外して向かい合うと、二人目の見覚えある顔が薄く笑う。
「あは、助かった~。あれ、私はそっちの子を見たことがあるね。えーっと、たしか池の水面とかだったかな?」
彼方は思わず後ろを振り返った。そこにはいつものパーカーを着た立夏がいる。
続いて目の前に向き直ると、そこにも全く同じ顔があった。目の色も、小さく整った鼻も、どこか人を食ったような口元も。
そしてどちらの左目にも同じ花が刺さっていた。光の加減で薄く輝く、例の大輪が。
「タワーディフェンスゲームが一番近い気はする」
「それあんま知らないや。要するに戦争ゲーム?」
「大きな括りとしては正しい。兵士や施設を配置して攻めてくる敵から拠点を守るゲームだ。アクションというよりはリソースを管理するシミュレーションの一つかな。私もあまり詳しいわけではないから、もしここがKSDのようなゲーム世界だったとしてもタイトル名には辿り着けないが」
「あは、珍しいね~。ゲームオタクの彼方ちゃんが詳しくないって」
「ディフェンスゲームはVRとあまり相性が良くないからな。基本の視点が鳥瞰だから」
「そゆこと。主観視点のゲームばっかり作られるのはVRの良くないところだよね~」
「言えてる」
のどかな村の散歩道。
彼方は両腕を立夏の肩から前に回し、前に抱きかかえるようにしてトレンチコートの中に収めていた。この体勢は危険なエリアを慎重に探索するときによくやるものだ。立夏を背中に背負う体勢だと、素早く動ける代わりに立夏が背後からの攻撃に晒されてしまう。安全を重視するならこうして前方に包んでしまうのが手っ取り早い。
彼方と立夏のすぐ隣で大きな悲鳴が上がった。耳の尖った若い女性エルフが頭部を潰される。派手に吹き出した鮮血が地面とトレンチコートに飛び散る。目の前に死体が倒れてくる。
彼方は死体を踏まないように大股で跨いだ。立ち止まることなく、辺りを見渡しながら二人は探索を続ける。
「高い木の柵に囲まれたエルフの村、広さは一キロ四方は無いくらいか。建物は大小色々あるが、適当に木材を組み合わせただけで建築様式が確立している水準ではない。恐らく金属技術も発達していない、かなり原始的な共同体のようだ」
「服も剥いだ動物の皮を簡単に繋いだだけみたいだしね。戦争ゲームって基本は近代なイメージあるけど、こんな田舎が舞台?」
「ディフェンスゲームはむしろ中世以前の方が多いよ。歩兵や砲台を設置して敵を退けるレベルデザインの都合上、その程度の武器が有効だった時代でなければならないからだ。航空爆撃機が持ち出されたらタワーをディフェンスしている場合じゃなくなる」
「あは、核兵器まで登場したら軍事より政治になるもんね~」
また一人、目の前でオークがエルフを撲殺した。
色が白く金髪が美しいエルフに対し、オークは肌が緑色で身の丈は二メートルほど。見るからに筋骨隆々、暴力を体現したようなクリーチャーである。
そしてオークが振るう棍棒は細いエルフの身体ほどもある。振り下ろして一撃で頭蓋骨が陥没する。血だけではなく、ピンクや黄色の内容物があたりに散らばった。間違いなく即死だ。戦闘力の差はあまりにも歴然としている。
つまり今、この村ではオークによるエルフの虐殺が行われていた。
深い森に包まれたのどかな村を悲鳴と狂乱が覆っている。オークは数人程度しかいないようだが、大勢いるエルフは揃って逃げ惑うばかりだ。
また逃げるエルフが一人、彼方たちの目の前でオークに叩きのめされた。
「わりとグロいな~。スプラッター系とか、捻ったホラーゲームかも」
「過剰な作り込みではあるよな、演出過多というか。もしこれがシナリオイベントだとすれば、インパクトのある絵面で種族の力関係を提示しようとする意図が透けている」
「あは、虐殺を目にした主人公が怒りに震えるプロローグとかかもね~。起動したとき毎回流れるけど毎回連打でスキップしそう」
そのとき、オークが彼方たちを襲ってきたのかどうかはわからない。もしかしたら、遠くにいるエルフを目がけて走っていただけなのかもしれない。
ただ確かなことは、そのオークが走る軌道は彼方が歩を進める道を横切っていたということだ。だから彼方は右足を踏み込んだ。
オークの顔面目掛け、左足を真上に思い切り蹴り上げた。
ローラーブレードの車輪がオークの顎を下からブチ抜き、身体が僅かに浮くほどの運動量が叩き込まれる。猛スピードで回転する車輪がオークの硬い肉を巻き込み、掘削するように削り取った。
そこに彼方の脚力による衝撃が加わり、オークの顔面は炸裂して弾けた。制御を失った巨体がバランスを崩して倒れる。
彼方は肉塊を横から蹴り飛ばして道を空けた。
「ジャンルがディフェンスだろうがスプラッターだろうが恋愛シミュレーションだろうが何でもいいさ。片足で殺せる程度の敵に律儀に付き合う理由はない。私が殺せばこいつは死ぬ、だったら全員殺してゲームクリアだ。オークもエルフもまとめて殺処分してやる」
「それは微妙だな~。こんだけはっきり陣営分かれてるんだから、どっちか味方する方を決めなくちゃゲームっぽくないよ」
「一理ある。その二択ならオーク殲滅でいいんじゃないか? 見たまま悪っぽいし」
「どうかな。実は見た目か弱い種族の方が悪の根源だったみたいな展開、最近のちょっと捻ったシナリオにはよくあるじゃん。元々エルフの側から仕掛けた戦争だったとか、オークの虐殺も正義の一つの形だとか、オークたちが実は元エルフだったとか。ほら、マルチエンディングの最終ルートで明かされる衝撃の真実」
「そこまで言ってしまうと決めようがない。いっそ乱数に任せるのが一番フェアかもしれない」
「コインでも振って決める?」
「コインは持っていないが、枝でも投げればいいんじゃないか。地面に落ちた枝が私たちから見て縦ならオークを全員殺そう。横ならエルフだ。斜めは両方」
「いいね」
立夏が道端にしゃがんだ。好き勝手に生え散らかした茂みの中へと枝を探して手を伸ばす。
もともと自然の中に辛うじて人工物が置かれたような小さな村である。植え込みのように整理された区画はなく、獣道に毛の生えた程度の通路が行き当たりばったりに伸びているだけだ。村の中でも道が途切れている場所にはすぐモジャモジャと膝丈ほどの植物が生えている。
立夏の動きはすぐに止まった。茂みをかきわける手が止まった状態でフリーズする。枝が見つからないという様子でもなく、首を僅かに下げて何かを凝視している。小さな背に隠れて何を見ているのかはわからない。
「どうした?」
「これ、いい花だと思ってさ」
「どれどれ」
彼方も立夏の隣にしゃがんで覗き込む。
立夏が見つめていたのは大きな丸い花だった。ちょうど立夏の目に刺さっているものと同じくらいのサイズで、作りもよく似ている。
地べたに無造作に生えているにしてはやたら華がある。五枚の花弁が空白を補い合うようにして真円を成している。研磨した貝殻のように淡い色が重なり合い、表面のグラデーションは角度によって異なって見える。白いキャンパスに無数の色を薄く塗り重ねたようだ。
地球のどこかに咲いていたとしてもおかしくはない、しかし探してもきっと見つからない、そんな不思議な印象を受ける花だ。すぐ近くに色々なサイズでぽつぽつと同じ花が咲いているあたり、群生する花なのかもしれない。
立夏は丁寧にその花を抜くと、茎のあたりで折り取った。目に挿さっている花を引き抜き、そこに代わりに新しい花を挿す。
何度か瞬きをして目に馴染ませると満足気に頷いた。
「よし……よし、うん。これだ、これ。いいね、この花」
「大丈夫なのか? 消毒とか。見栄えのする植物には有毒なものも多いだろう」
「そのくらい何でもないよ~。無害ってわかるんじゃなくて、別に有毒でもいいんだ。私が初めて目に花を活けたとき、私の眼は義眼じゃなかったって言ったことなかったっけ。すぐに眼球破裂で失明して、即手術で全摘して義眼に変えたんだよね。どうでもいいよ、視覚とか健康なんて。私にとっては眼窩も人体も花を活けるための器官で、見たり動いたりする方がオマケだから」
「立夏がそれでいいなら私は構わない。そうだな、その花を目に活けたいなら、ここは育成系のサンドボックスゲームということにするのが一番手頃かもしれない」
「あは、今すごくいいこと言った。私は花を育てるだけの育成シミュレーションゲームがいいな~。携帯機でリリースされて、あんまり売れないけど細々としたファンがいるやつ。友達の少ない内気な女の子とか、会社帰りで疲れ果てたOLとかがプレイしてそうなやつ。のどかな村でエルフたちと一緒にゆったりスローライフ」
「それなら排除すべきはオークということになるか」
「そだね。ちなみにスローライフに殺人コマンドはないよ」
「私は別にシリアルキラーではない。殺すのが一番手っ取り早いというだけで、その気になれば殺さずに村人を救うこともできるさ」
ちょうど目の前にまたエルフを襲っているオークがいた。
地面に倒れたエルフに向かって棍棒を振り上げている真っ最中だ。横から小さなエルフの少女が割って入るが、彼女では力不足だろう。
彼方はローラーブレードを走らせて一瞬でオークの正面に移動した。少女を軽く突き飛ばして逃がすと同時に、走る勢いのまま地面を蹴った。
振り下ろされる棍棒の先を車輪で蹴り上げて真上に弾く。よろめいたオークの足元を払って崩し、浮いた身体に横から掌底を叩き付ける。
宙に浮いたオークは真横に吹き飛ばされ、数メートルもボールのように転がっていく。巨大な身体は高い柵にぶつかってようやく止まった。
「わお、何それ。初めて見たけど~」
「合気みたいなやつだ。趙がよく使っていた、ほら、あのいつもチャイナ服を着ていたやつが。基本私の腕力なら普通に殴った方が手っ取り早いが、撃力ではなくベクトルを利用するために相手を無傷で無力化できる副次効果がある」
「見ただけの技を勝手に使ってるわけ。相変わらず暴力絡みなら何でもできるね~、さすがフィジカルエリート」
「どうも。さて、突き飛ばして悪かったな。あのままだと君は死んでいたから。大丈夫か?」
彼方は先ほど突き飛ばした小柄な少女に手を差し出した。衝撃は地面に流したから彼女は打撲一つ負っていないはずだ。実際、少女はすぐに彼方の手を取ってはきはきした声でお礼を述べる。
「ありがとうございます! すごく助かったのであります」
「どういたしまして、イツキ」
「何故、私の名前を御存知なのでしょうか? 私はあなた方のことを知りませんが……どこかでお会いしたことがありましたでしょうか」
樹と同じ顔と口調の少女が首を傾げた。
活発そうな表情や髪型は同じだが、やや表情が幼くあどけなく感じる。元から樹はかなり童顔だったが、単に年齢が異なるからなのか、それとも国家公務員としての就業有無という経験の差によるものなのかは判然としない。
そして着ているのはもちろん警官の制服ではない。薄くて貧相な茶色い服であり、元の世界の樹はあまり着たことがなさそうなものだ。
いずれにせよ、新たに足を踏み入れる世界に見知った顔がいることは珍しくもないようだ。もう驚くほどのことでもないが、反応を見るにイツキは彼方や立夏のことを知らないようだった。そこはローチカや桜井さんとは違うところだ。
「君も大丈夫か?」
彼方が最初にオークに襲われていた女の子にも手を差し伸べると、立ち上がってお尻の土を払った。フードを外して向かい合うと、二人目の見覚えある顔が薄く笑う。
「あは、助かった~。あれ、私はそっちの子を見たことがあるね。えーっと、たしか池の水面とかだったかな?」
彼方は思わず後ろを振り返った。そこにはいつものパーカーを着た立夏がいる。
続いて目の前に向き直ると、そこにも全く同じ顔があった。目の色も、小さく整った鼻も、どこか人を食ったような口元も。
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