ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第9章 白い蛆ら

第50話:白い蛆ら・7

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「昔、枕元に置かれていた手紙もその世界便セグメントとかいうやつか」
「せやな。世界を跨いで手紙を完全に届けるのがうちの世界便や。寝たきりのお姉ちゃんはほとんど別の世界にいたようなもんやけど、それでも世界便だけは書いて届けて枕元に置けるからね」
「それは私だから良かったようなものの、こんな手紙がいきなり届いたところで真に受ける人はいないんじゃないか。開けて読むならまだいい方で、そのまま処分するのが関の山な気がするが」
「『完全に届ける能力』って言うたやろ。『完全に』や。手紙は開いて読んで信じてもらえんと届いたうちには入らんねや。せやからうちの世界便には誤配も誤読も絶対にない。この虹色の便箋に書かれた内容は必ずうちの意図通りに読まれて疑われたり無視されたりしないし絶対に正しいんや。、それが能力、うちの能力。そしてそれ故に命題切片プロポジションセグメント。その代わり、嘘とか作り話は書けんけどね。彼方にも覚えはあるやろ? うちが置いといた手紙の内容は疑いもしなかったやん。寝たきりの人がゲームしたり料理したりやりたい放題やっちゅうに」
「言われてみれば確かに」
「そんで同じ文面の手紙を色々な世界に送りまくっとる。世界が全部でいくつかあるかは知らんけど、まあ、大抵の世界では大なり小なり迎撃の準備をするんやないかな。さっきの現代ファンタジーみたいな世界だと殺害依頼のターゲットになったみたいやけど、もっとクラシックなファンタジーの世界なら悪の魔王になるかもしれへんし、SFチックな世界ならデウス・エクス・マキナみたいな機械仕掛けの黒幕になるかもしれんね」
「私はどの世界でもラスボスになる、これで全世界の全人類をゲームに参加させる準備が整ったということか。強制的に人生をベットさせる能力が終末器であり、宣戦布告とルール説明は絶対の信用を持つ世界便が済ませてあるから。終末器を押すことが私の勝利条件、その前に私を拘束ないし殺害することが敵の勝利条件だ。彼らは私を排除せざるを得ないし、私はゲーマーとしてそれを迎え撃つ。そう、私はそうすべきだったんだ。ジュリエットに対しても、これから出会う全ての敵に対しても」
「そ。世の中には色々な人がおるけど、全員無理やりゲームに引きずり出して遊んであげればええよ。これがお姉ちゃんからのプレゼント。そろそろ乾杯でもせんか? VAISちゃん、この前ドンキで買ったチョコ余ってたっけ?」
「まだたくさんありマス。ワタシも準備しマス」

 VAISは立ち上がり、食器棚の下方に設置されている樽型サーバーから新しいグラス二つにビールを注ぐ。景気の良い音を立てて綺麗な泡と黄金の液体が注がれる。もちろん彼方のためのオレンジジュースも忘れない。
 此岸も引き出しからナッツやチョコの大袋を取り出し、皿にぶちまけてテーブルに並べた。一気にテーブルが華やぎ、気の抜けた飲み会のような雰囲気になってきた。

「姉さん、慣れているんだな。次元鉄道にはよく乗るのか?」
「乗るっちゅうか、一室間借りしとるわ。寝たきりのベッドが火の海になったとき、VAISちゃんが拾いに来てくれてそのままズルズル乗りっぱなし。さて、乾杯」

 三人でグラスを軽く打ち付けた。チンという小さな音が静かな部屋に響き、此岸は一気にビールを煽った。

「ぷはー! やっぱ一仕事したあとはビールやね。彼方にとってはゲーム三昧の本番はこれからやけど」
「持てる力全てを注ぎ込んで戦い、ゲームが終わればもはや用済みの世界からは即座に脱出する。そこに何一つ変更はない。もともと終末器があろうがなかろうが自己の全てを賭けるのが私が愛するゲームであり、だからこその自殺だった」
「せやろ。彼方は強い相手とゲームで戦うことが一番楽しくて幸せで、うちの世界便にはそうできるだけの力がある。お姉ちゃんは彼方が幸せに生きる手助けが出来ればそれでええんや」

 横に座る此岸が彼方の肩に頭を預けて深く息を吐く。早くも酒臭さが漂っており、目も座っている。

「一つだけ解せないことはある。何故そこまで姉さんが私に協力的なのかがわからない。はっきり言って、私は姉さんのことをあまりよく知らないし、思い入れも強くはない。戦ったこともないし」
「ほんまにはっきり言うね! お姉ちゃんびっくりやわ。まあ、お姉ちゃんが寝たきりだったときに彼方が色々やり取りしてくれたのは結構嬉しかったし、その恩返しっていうのはあるな。夢の中では他の貫存在と会ってたりもしてたし、VAISちゃんともそのとき知り合ったけど、所詮夢は夢や。心細い夢の外では、彼方が適当にゲーム置いてってくれたり夕食の感想書いてくれたりしたのはすごく心強かったんや。そんで何より一番頼りになるのはうちと彼方が姉妹ってこと」

 此岸は更に追加でもう一杯ビールを一気に飲むと彼方に深くしなだれかかってきた。もうほとんど抱き着いている状態に近い。

「姉妹ってどういうことやろね。辞書を引くとな、『同じ親から生まれた間柄の者』とか書いてあるねん。でもうちら、そういう感じで姉妹になったんやっけ? 生まれたときのこと、物心つく前のことなんか誰も覚えてないやろ。自分が生まれたときのことなんてよく知らんけど、あとで人から聞いてそういうことにしてるだけや。せやけど、うちら貫存在は色々な世界をフラフラできてまうから、後から考えても自分がいつどこにいたのかなんてよくわからん」
「確かに世界を超えられてしまう今、私たちの生まれをはっきり担保するものはどこにもない。仮に私と姉さんが同じ両親から生まれたとして、その経緯さえどこか一つの世界のローカルな歴史に過ぎない」
「でもうちは彼方のことをたった一人の妹やと思っとるし、彼方やてうちのことはお姉ちゃんってわかるやろ?」
「少し疑わしくなってきたが」
「意地悪言わんとき。まあ彼方は自分がどこから来てどこへ行くのかなんて全然気にせんやろな。でもうちは結構気にする、それだけや。そういうとき、誰かと姉妹っちゅうのは何故か世界を超える楔になるんや」
「姉さんが言う通り、私はそういうことは気にしない。私にとって自分の存在意義は行く先々で構成していくものであり、過去を振り返って作るものではない。私は必要なときに必要なことだけをするし、姉さんはゲームプレイヤーじゃないから、たぶん私から姉さんに出来ることはほとんどない」
「うちは見返りが欲しいわけじゃないし、うちの世界便を使って彼方が面白おかしくやってくれればそれでええよ。でもいつか彼方にも大事な相手が出来るといいな。お姉ちゃんにとっての彼方みたいに、いつか誰かが世界を超えて彼方の楔になってくれるとええな」
「でも立夏はもういない。立夏には愛想を尽かされたというか、立夏にとって私は味方ではなかった」
「次行けばええんちゃう? そら相手も人間やからな。合う合わないはあるやろ。立夏ちゃんには彼方は合わなかった、それで終わりや。初めて失恋したくらいでウダウダ言ってる場合ちゃうで。思いもよらない相手と出会って、思いもよらないアバンチュールとかあるかもしれんし。『ローマの休日』とか見た? お姉ちゃん、あれ大好き」
「姉さん、思ったよりロマンチストだな」
「意外やった? 寝てる間に夢の中で結構見たからな。彼方はそういうの嫌いかもやけど」
「別に嫌いじゃあないよ。私の場合はシミュレーションゲームだが」

 ピーッという大きな汽笛が会話を中断した。蒸気が笛を鳴らす力強い音。列車全体が揺れて出発時刻を主張する。

「そろそろ次元鉄道は次の世界に発進しマス。このまま乗っていっても私は構わないですガ、彼方サンは元の世界に戻るのでショウ?」
「そうだ。この世界でジュリエットを倒さなければ私は前に進めない。終末器にワープ土管はない。一つ一つ丁寧に滅ぼして進んでいく」

 彼方はジュースを飲み干して立ち上がった。
 ドアの反対側で窓が開く。無限に広がる暗黒に向かって歩き出し、少しだけ振り返って笑う。

「姉さん、ありがとう。会えて良かった」
「元気でな。愛してるよ、彼方」
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