ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

LW

文字の大きさ
49 / 89
第9章 白い蛆ら

第49話:白い蛆ら・6

しおりを挟む
 彼方がそちらを振り向くと、背の高い女性がドアを開けるところだった。
 纏う衣装はVAISに似て黒いドレスに金色の装飾という建付けで、いかにも上質そうな布で編まれたシンプルなドレスはやや露出が多い。首元にはネックレス、耳元にはピアス。少し透けている素材も含めて装飾過多で華美な印象も受けるが、どちらかといえば気品を感じさせるものだ。

 女性は彼方に手を振り、底抜けに陽気な口を開いた。

「や~や~おおきにおおきに、実はここまでの話はうちが仕組んだドッキリっちゅーか、映画の撮影やねんな。騙すようなことしてほんますまんってな、ほらほら、エキストラの皆も出てきてくれな~! 彼方ちゃんの名演に拍手! 打ち上げはカニ道楽貸し切ってるからな~、うちの奢りで楽しんでって~」

 大声でまくし立てた女性は、彼方の隣に座るとなれなれしく肩を組んできた。そして一気に声のトーンを落として耳元で囁いてくる。

「……ってなったら嫌やろ? ある日いきなり映画監督が出てきて、実は全部映画の撮影やっちゅうことになったら嫌やろ? 人生が誰かの作り物ってことになったら嫌やろ?」

 女性は彼方の前に置かれた手つかずのオレンジジュースを一気に飲んだ。美味いなこれ、と呟いたあと彼方の顔を至近距離で前から覗き込む。オレンジの甘い匂いがふわりと香る。
 親しげに話しかけてくる闖入者を前にして彼方は動けなかった。彼女が発している言葉などどうでも良かった。その女性の顔から目が離せない。長くてサラサラの髪に切れ長の目、少し背の高い美人。

「姉さん?」
「せやで、お姉ちゃんや。やっと会えたね、彼方」

 彼方の姉、空水ソラミズ此岸シガンがゆっくり頷いた。言うべきことは山ほどあるはずなのに、最初に口を突いたのは反射的な疑問だった。

「なんで似非関西弁なんだ?」
「お姉ちゃんな、もともと北極育ちやから北極語しか喋れんかったんや。なんやでっかい観測基地の近くでペンギンと一緒に暖取ってたらたまたまオールナイトニッポンの録音テープ見つけてな、その回に出てるのが関西の芸人さんやったんよ。ペンギンと一緒に繰り返し聞いてるうちにうちもペンギンもすっかり関西弁になってもうて……そのペンギンの名前わかる?」
「いや……」
「関西ベンギン、なんちゃって」
「そうか」
「ってそんなわけないやん! しょうもないギャグでうちが滑ってもうた。寒い寒い、北極だけに」

 此岸がさもおかしそうにウフフと笑う。口だけではなく顔もちゃきちゃきとチャーミングによく動く。
 ベッドの上で瞳を閉じて横たわっている姿しか記憶にない眠り姫、それも自分とそっくりの顔がペラペラ話しかけてきて頭が混乱する。今までの手紙のやり取りからして若干お茶目なイメージもないではなかったが、ここまでとは思わない。

「ごめんな、彼方はあんま冗談好きじゃない方やったな。お笑いが映ってもすぐチャンネル変えるし。一応言っとくけど、さっきのお姉ちゃんが映画監督ってのも冗談や」
「そのくらいはわかる。私のことを見ていたのか?」
「もちろん。たった一人の大事な妹や。どこにいたってちゃんと見てたよ」

 此岸が彼方に向かって両手を広げる。さあお姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで、と天真爛漫に笑う顔が言っている。
 彼方は黙って横向きに重心を崩した。正面を向かなかったのはせめてもの照れ隠しだが、雑にかけてきた体重を此岸はしっかりと抱き締めて支える。初めて触れる動く姉の身体は暖かく、もたれかかっているだけで荒れた気持ちが落ち着いてくる。
 それだけで確信できた。今目の前にいるのは確かにかつて眠り姫だった此岸だ。他の誰でもない、たった一人の血の繋がった姉妹。
 自分が人に甘えるなんて本当に珍しいことだと彼方は自覚している。記憶にある限り、人生で初めてかもしれない。桜井さんが何度か甘えてほしそうな顔をしていたが全部無視してきた。別に嫌とかではなく単に必要がなかったのだ。誰かに何かを言うだけで解決することなんて彼方には今まで一度もなかった。
 結局のところ、今の彼方は自分が思っている以上に苦艱しているのだ。此岸の腕の中でぽつりと本心が漏れた。

「どうすればいいのかわからなくなってきた。姉さんは私がどうすべきだと思う?」
「やりたいことをやればええと思うよ。うちは彼方の味方や。うちは何があっても無条件で彼方の肩を持つ。誰を何人殺してもええし、世界をいくつ滅ぼしてもええよ。それが本当にやりたいことなら」
「別に殺人とか殺戮が好きなわけじゃない。雑魚をどれだけ倒しても何の意味もない。私は弱いやつに興味がない」
「じゃあ興味があるのは?」
「強いやつだ。私は強いやつにゲームで勝つのが好きだ。それだけは絶対に動かない。私はちゃんとゲームがしたい」
「せやね。でも彼方とのゲームに応じてくれる人ばかりじゃないんや。一発勝負に人生全部を賭けられる頭のおかしいゲーマーなんてほんの一握りしかいなくて、どっちかと言えばゲームに乗ってくれない人の方が多いやろね。ゲームの外には人生が色々あるからや」
「薄々わかってはいる。私が勝手にゲームを持ちかけていただけで、正義漢のイツキも、花フェチの立夏も、殺し屋のジュリエットも、ゲームがしたいわけじゃないんだって。いくつになってもゲーム好きな子供は私だけなんだ」
「それでも彼方はゲームで遊びたいんやろ」
「だが、ゲームはやらされてできるものではない。金とか物で釣っても意味がないんだ。本当のゲームでは、賭け金は何かではなく何もかもでなければならない」
「そもそも彼方の思うゲームってなに?」
「同意することだ。ゲームのルールに同意すること。勝利条件と敗北条件をお互いが認識した上で、前者を満たして後者を満たさないように最大限努めること。その条件とは傍から見ればバカバカしいものかもしれない。それでもプレイヤーにとってはそれだけが絶対の掟であり、その達成に全てを賭ける。意外なやり方で勝利条件を満たすのはありだが、実は勝利条件が違ったというのはなしだ。殺し合いなら殺し合いでもいいが、それは殺すと勝ちで殺されると負けというルールが認識された上でなければならない。結局のところゲームをさせるというのは、一定の勝利条件に同意させ、その達成に己の尊厳全てを賭けさせることだ。しかしそんなことが可能なのだろうか?」
「その答えを待ってたんや。可能も可能、なにせ彼方自身がその能力を持ってるんやから」
「私が?」
「そ。これはゲームの招待状なんや。彼方が主催するゲームのな」

 此岸は机に置かれた虹色の手紙を開けた。その中からはやはり見覚えのある虹色の便箋が出てくる。
 かつて此岸の枕元に置かれていたものと同じく、三つ折りのそれを此岸がゆっくり開いて読み上げる。

「現実指標を賭けたゲームに招待します」
「それだけ?」
「それだけ。これで十分や」
「現実指標って何だ」
「終末器のことやね。終末器はボタンが押された世界を強制終了し、その世界をどこか別の世界の被造物だったことにして、それを創造した上位世界に転移する。そのときボタンを押された世界の人はどうなると思う?」
「全員死んで滅びる」
「それでもまだ半分。死ぬよりもっと酷いことになるんや。だって別の世界に創造されたことになるって、つまりはフィクションになるってことやからな、強制トゥルーマンショーや。ただ死ぬんやったらまだええよ。後世に称えられる英雄的な死とか、不条理に満ちた屈辱の死とか、ポジティブでもネガティブでも何か意味を持たせて納得しながら死ねるかもしれん。でも終末器の滅びはそれすら認めないんや。終末器が押された途端に人生全部がフィクションだったことになって、誰かが何かのために作ってひとついくらで消費するアニメみたいなコンテンツとして死ぬ。それは人生の尊厳を守るためには絶対に止めないといけないこと」
「なるほどな。。それが能力、私の能力。そしてそれ故に現実指標リアルインデックス
「だから彼方は終末を賭けるだけでええんや。それで誰もが自分の実存を賭けて戦わざるを得なくなる、自分の人生を消費コンテンツにしないためにな。あとはうちの『世界便セグメント』の出番」

 此岸が腕を差し出して手を下に向けると、ドレスの間から同じ虹色の便箋がバラバラと落ちてくる。
 それは何十枚と机の上に積み重なる。物理的に服に収納できる量ではない。終末器や次元鉄道と同じ超常のアイテム。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...