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第9章 白い蛆ら
第48話:白い蛆ら・5
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「確かに乗車券を確認しまシタ。一名様、御案内いたしマス」
彼方が手渡した乗車切符をVAISが大きな検札鋏で挟む。バチンと景気の良い音を立て、切符は霧になって宙に消えた。
「次元鉄道に乗り込むのは初めてだな」
「ワタシの自慢の鉄道デス。満喫してくだサイ」
外から見た次元鉄道は超大型のSL列車だが、内側から見ても屋敷にでも入ったのかと錯覚するほど通路が広い。ひょっとしたらこの空間は物理法則を無視して展開しているのかもしれない。
威圧感を放つ鋼鉄の車体と同様、通路も黒で統一されている。壁のみならず床や天井までもが黒く染められている中、ライトやドア枠には金線が差し色となって鮮やかに光る。その配色は黒一色の外套に輝く金髪というVAISの外見によく似ていた。
VAISが芝居がかった動作で恭しく客車の扉を開ける。扉に付いたベルがリンと涼やかな音を鳴らした。
広い客室内もモノクロ基調で統一されており、電車の客席というよりはシックで高級感のある応接室という方が近い。黒いソファーとテーブルが数個並んでいて客席は十人程度。鉄道とはいっても何百人も輸送する交通機関ではなく、極少数のVIPが快適に過ごすための私有物という趣きだ。
余った空間には様々なアイテムが配置されている。英字の背表紙が並ぶ本棚、謎の動物を象った調度品、眩しくない程度に淡く光る照明のオブジェ、腰くらいまでのサイズがある大型スピーカー。特に目を引くのは長い客室の壁際半分ほどを埋める大きな食器棚である。曇りガラスの向こうには白磁の食器や様々な形のグラスが所せましと並んでいた。
壁際の窓に目を向けると、金線に彩られた彫刻のような窓枠にガラスがはめ込まれている。その向こうの景色は黒一色で塗り潰されていた。深い夜より更に深い、何も見えない暗黒の世界。時たま、ごく一瞬だけ薄い色のラインが走るが、それは何の形も作らずにすぐに消えてしまう。目を閉じたとき瞼の裏に浮かぶ不定形の何かによく似ている。閃きというにはあまりにも弱弱しい、想像力の原形質に。
「ドウゾ。彼方サンはまだお子様ですカラ、オレンジジュースデス」
VAISはワインセラーから取り出したジュースを二つ並べたグラスに注いだ。円錐状に滴り落ちる濃厚な橙色はよくあるHP回復アイテムのようだった。車体の僅かな振動が水面に可視化されて綺麗な環状の波紋を作る。
VAISと彼方は一対のソファーに向かい合って座った。ソファーの間には透明ガラスのテーブルがあり、天板の下には様々なゲームボードやアイテムが収納されている。将棋にチェスボードにバックギャモン、サイコロやルーレット、などなど。
「ここはどこだ? 次元鉄道とは一体どこを走っている?」
「世界の境界あたりデス。次元鉄道はどの世界にも所属しない神出鬼没の架空路線。断絶された世界の間に虹色のレールを敷き、ワタシたちを乗せて走りマス。彼方サンはどちらへ行きたいですカ?」
「行先の希望は特にない、そもそもどこかに行きたいわけではない。ただ頭を冷やして気を休めたいだけだ、リストラされた会社員が意味もなく環状線をぐるぐる回るように」
彼方は柔らかいソファーに深く腰掛けて天井を仰いだ。
天井にはやはり金色の枠にダイヤのような宝石を埋め込んだ装飾がいくつも吊り下げられていた。何とも言い難い曖昧な窓の外に比べれば、黒板の前に踊る宝石はよほど星空らしい。それは事実と一致しない想像力の産物ではあるが、想像が事実より事実らしいことは珍しくない。
「彼方サンがティルトになるのは珍しいですネ。油断しましたカ?」
「いや、単に相手が強い。確かに色々あって気持ちが荒れていたとはいえ、仮に万全の状態で挑んだとしても歯が立たなかっただろう。あのジュリエットとかいうメイドはそのくらい強い」
「ああ、ジュリエットですカ。確かに彼女は強いデス」
「知っているのか?」
「彼方サンが戦ったジュリエットではありませんガ……と言ってわかりマス?」
「世界の仕組みを解き明かす段階は一つ前のステージで既に済ませてある。いくつもの世界が創造の連鎖で繋がっていて、創造の制約によってほとんどの事物は複数の世界に遍在する。異なる世界で何度も繰り返しジュリエットに出会うこともあるだろう。ローチカ博士や樹さんがそうであったように」
「デハ彼女たちに何度も出会うワタシたちは何なのでショウ?」
「この宇宙には二タイプの存在者がいる」
彼方は顎を上げたまま、目線だけ下げてVAISを見据えた。
VAISは身を乗り出して目を輝かせ、次の言葉をウキウキと待っているところだった。出来の良い生徒がまだ教えていない計算を披露するのを待つ教師のように。
「ジュリエット同様、大抵の存在者は別個体として複数の世界に遍在している。桜井さん、ローチカ博士、山吹さん、ツグミ、ツバメ、樹さん、白花。彼女らは別の世界では別の記憶を持って別の暮らしを営んでいる。だが、逆に全世界で一個体しかいない例外的な存在者が私たちだ。私たちは皆、自己同一性を保ったまま異なる世界の間を移動するスキルを持っている。私の『終末器』、VAISの『次元鉄道』、神威の『汎将』、趙の『黄泉比良坂』」
「その通り。ワタシたちは一つの世界に縛られず、我々に固有のスキルで世界を渡り歩く貫存在デス。ワタシの次元鉄道は世界を貫いて積載物を相続する。それが能力、ワタシの能力。そしてそれ故に貫世界相続線デス。ワタシたちは上位者であり、豊潤な想像力で作り出された無数の世界を暴力的に渡り歩く権利がありマス。だからこのまま次元鉄道に乗ってどこかに行ってしまいませんカ? 停車駅の世界をいくつか案内しマス」
「全く断る」
彼方は姿勢を元に戻した。少し前傾し、今度こそVAISの両の目をしっかりと見据える。
「大きな見解の相違があるようだ。私にとっては、私やジュリエットや他の誰かがどんな存在者であろうが、そんなSFはちょっとした裏設定でしかない。他の誰でもない、別世界のジュリエットでもない、この私があのジュリエットを倒す。それだけが私のやるべきことだ。次元鉄道に乗ったのはジュリエットから逃げるためではない。一旦ポーズボタンを押して仕切り直しただけだ。ここでしばらく頭を冷やして戦略を練り直したら、私は私にフォークを投げたあのジュリエットがいる世界に戻る。もし次元鉄道をどこか別の世界へ走らせるつもりなら、いくらVAISでも今ここで首を刎ねる」
「フム、そういえば彼方サンはそういう方でシタ。それならそれでいいのデス。ワタシも強者と戦うことは大好きデスし、彼方サンがジュリエットを倒したいのならワタシも協力しマス。修行パートでもやりマス? もっと広い客車もいくらでもありマス」
「それも断る。それではジュリエットには勝てない」
「やる前から諦めるとは珍しいデス。どうしてデスか?」
「VAISよりジュリエットの方が強いからだ」
「オーマイガッシュ」
「事実だ。ふざけた格好と口調だが、ジュリエットのステータスは規格外としか言いようがない。これがTRPGなら、あいつは初期値のステータス配分を全てクリティカル00で生まれたキャラクターだ。もしかしたら完璧の定義がジュリエットなのかもしれないと思わせるほどに彼女は祝福されている。上には上がいるということを私は初めて知った」
「ワタシは不服ですガ……彼方サンがそう判断したならそれもいいでショウ。しかし、そういう強敵をこそ弛まぬ鍛錬と努力で乗り越えるのが彼方サンのやり方デハ? 能力の差を生まれに帰して修行を放棄するなんて、いよいよ彼方サンらしくないデス」
「確かにゲームなら、私はこれを研鑽を積み能力を向上させて難敵を倒すイベントだと考えただろう。だがこれはゲーム内の攻略を云々する前に、そもそもどうやってゲームを始めるかという問題だ。私は今までたまたまゲームとして殺し合いをしていただけで、ゲームですらない殺し合いについては素人同然だということを思い知った。それに漫然と付き合っていれば飲みこまれて殺される。私はゲームをテリトリーとするゲーマーだが、ジュリエットは殺人をテリトリーとする殺し屋だ。闘争における専門と認識が全く異なっている」
彼方はガラス天板の下からチェスボードを取り出した。
綺麗に配列されているコマの中から黒のクィーンを手に取り、白のクィーンに当てて軽く倒す。それを何度も繰り返し、ボードからは白いコマがどんどん減っていく。
「私のゲームは盤上でルールに従って敵を倒すものだ。時にはちょっとしたイカサマを働いてクィーンをナイトのように動かすこともあるかもしれないが、それでもその営みはゲームボードとルールという大きな枠組みの存在を前提としている。少なくともルールに従っているという体裁の下で有効手を探すことがゲームだ。だが、ジュリエットにはボードもルールも必要ない」
チェスボードを無造作に掴んで宙に持ち上げた。コマは全て机の上に滑り落ちカラカラと音を立てる。空になったボードを自分の頭にこつんと当てた。
「ジュリエットはチェスボードが固い硬化樹脂で出来ていることにしか関心がない。きっとあいつはチェスボードを鈍器代わりにして対戦相手を撲殺しようとするだろう。あいつがチェスボードで殴りかかってくるなら私も将棋盤でガードすることはできるが、そういう抜き身の殺し合いに付き合わされている時点で私はあいつのテリトリーに引きずり込まれている」
「しかし彼方サンも殺しますよネ。仮想世界ではもちろん、仮想でなくても躊躇わずにそのまま敵の首を刎ねられることは彼方サンの素晴らしい長所だと思いマス。それが出来る人は多くありまセン」
「確かに私もゲームに勝つためなら相手を殺す。神威もイツキさんも殺した。だが、私が相手を殺すのはそういうゲームを始めることをお互いに同意して設定したからだ。ジュリエットのように何の前触れもなくノータイムで殺すことが目的だからではない。戦闘開始前の宣戦布告があるのと無いのとでは闘争は全く異なる営みになる」
チェスボードを指先に乗せてピザのようにクルクルと回す。
「私にも『とりあえず殺せば勝ち』という感性が無かったと言えば嘘になる。少なくとも神威とイツキさんを殺すところまではあまり深く考えていなかった。だが、そういうやり方には限界があることも分かり始めた。オークを殺せば立夏に怒られるし、絶対に殺せない蛆人間が出てくるし、ジュリエットは殺し屋だし。暴力には色々な形があって、そろそろ私の暴力とは何であるべきなのかを再考すべきタイミングだ。幸い、ここには手がかりらしきものもある」
コートのポケットから虹色の便箋を取り出した。
さっき次元鉄道に乗るどさくさに紛れてジュリエットの手元から引ったくったものだ。間近で見てもそれは彼方の記憶にあるものと寸分違わない。何故か淡く光っていることも、既に開封されているとはいえ猫のマークで封がされていることも同じ。
「この手紙が届いたことで私への殺害依頼が確定したらしい。それがどういう原理なのかは意味不明だが、彼女らから見て私がどういう敵であるかのヒントくらいは書いてあるかもしれない」
そのとき、リーンという音が響いた。扉に付いたベルの音が新客の来訪を告げる。
彼方が手渡した乗車切符をVAISが大きな検札鋏で挟む。バチンと景気の良い音を立て、切符は霧になって宙に消えた。
「次元鉄道に乗り込むのは初めてだな」
「ワタシの自慢の鉄道デス。満喫してくだサイ」
外から見た次元鉄道は超大型のSL列車だが、内側から見ても屋敷にでも入ったのかと錯覚するほど通路が広い。ひょっとしたらこの空間は物理法則を無視して展開しているのかもしれない。
威圧感を放つ鋼鉄の車体と同様、通路も黒で統一されている。壁のみならず床や天井までもが黒く染められている中、ライトやドア枠には金線が差し色となって鮮やかに光る。その配色は黒一色の外套に輝く金髪というVAISの外見によく似ていた。
VAISが芝居がかった動作で恭しく客車の扉を開ける。扉に付いたベルがリンと涼やかな音を鳴らした。
広い客室内もモノクロ基調で統一されており、電車の客席というよりはシックで高級感のある応接室という方が近い。黒いソファーとテーブルが数個並んでいて客席は十人程度。鉄道とはいっても何百人も輸送する交通機関ではなく、極少数のVIPが快適に過ごすための私有物という趣きだ。
余った空間には様々なアイテムが配置されている。英字の背表紙が並ぶ本棚、謎の動物を象った調度品、眩しくない程度に淡く光る照明のオブジェ、腰くらいまでのサイズがある大型スピーカー。特に目を引くのは長い客室の壁際半分ほどを埋める大きな食器棚である。曇りガラスの向こうには白磁の食器や様々な形のグラスが所せましと並んでいた。
壁際の窓に目を向けると、金線に彩られた彫刻のような窓枠にガラスがはめ込まれている。その向こうの景色は黒一色で塗り潰されていた。深い夜より更に深い、何も見えない暗黒の世界。時たま、ごく一瞬だけ薄い色のラインが走るが、それは何の形も作らずにすぐに消えてしまう。目を閉じたとき瞼の裏に浮かぶ不定形の何かによく似ている。閃きというにはあまりにも弱弱しい、想像力の原形質に。
「ドウゾ。彼方サンはまだお子様ですカラ、オレンジジュースデス」
VAISはワインセラーから取り出したジュースを二つ並べたグラスに注いだ。円錐状に滴り落ちる濃厚な橙色はよくあるHP回復アイテムのようだった。車体の僅かな振動が水面に可視化されて綺麗な環状の波紋を作る。
VAISと彼方は一対のソファーに向かい合って座った。ソファーの間には透明ガラスのテーブルがあり、天板の下には様々なゲームボードやアイテムが収納されている。将棋にチェスボードにバックギャモン、サイコロやルーレット、などなど。
「ここはどこだ? 次元鉄道とは一体どこを走っている?」
「世界の境界あたりデス。次元鉄道はどの世界にも所属しない神出鬼没の架空路線。断絶された世界の間に虹色のレールを敷き、ワタシたちを乗せて走りマス。彼方サンはどちらへ行きたいですカ?」
「行先の希望は特にない、そもそもどこかに行きたいわけではない。ただ頭を冷やして気を休めたいだけだ、リストラされた会社員が意味もなく環状線をぐるぐる回るように」
彼方は柔らかいソファーに深く腰掛けて天井を仰いだ。
天井にはやはり金色の枠にダイヤのような宝石を埋め込んだ装飾がいくつも吊り下げられていた。何とも言い難い曖昧な窓の外に比べれば、黒板の前に踊る宝石はよほど星空らしい。それは事実と一致しない想像力の産物ではあるが、想像が事実より事実らしいことは珍しくない。
「彼方サンがティルトになるのは珍しいですネ。油断しましたカ?」
「いや、単に相手が強い。確かに色々あって気持ちが荒れていたとはいえ、仮に万全の状態で挑んだとしても歯が立たなかっただろう。あのジュリエットとかいうメイドはそのくらい強い」
「ああ、ジュリエットですカ。確かに彼女は強いデス」
「知っているのか?」
「彼方サンが戦ったジュリエットではありませんガ……と言ってわかりマス?」
「世界の仕組みを解き明かす段階は一つ前のステージで既に済ませてある。いくつもの世界が創造の連鎖で繋がっていて、創造の制約によってほとんどの事物は複数の世界に遍在する。異なる世界で何度も繰り返しジュリエットに出会うこともあるだろう。ローチカ博士や樹さんがそうであったように」
「デハ彼女たちに何度も出会うワタシたちは何なのでショウ?」
「この宇宙には二タイプの存在者がいる」
彼方は顎を上げたまま、目線だけ下げてVAISを見据えた。
VAISは身を乗り出して目を輝かせ、次の言葉をウキウキと待っているところだった。出来の良い生徒がまだ教えていない計算を披露するのを待つ教師のように。
「ジュリエット同様、大抵の存在者は別個体として複数の世界に遍在している。桜井さん、ローチカ博士、山吹さん、ツグミ、ツバメ、樹さん、白花。彼女らは別の世界では別の記憶を持って別の暮らしを営んでいる。だが、逆に全世界で一個体しかいない例外的な存在者が私たちだ。私たちは皆、自己同一性を保ったまま異なる世界の間を移動するスキルを持っている。私の『終末器』、VAISの『次元鉄道』、神威の『汎将』、趙の『黄泉比良坂』」
「その通り。ワタシたちは一つの世界に縛られず、我々に固有のスキルで世界を渡り歩く貫存在デス。ワタシの次元鉄道は世界を貫いて積載物を相続する。それが能力、ワタシの能力。そしてそれ故に貫世界相続線デス。ワタシたちは上位者であり、豊潤な想像力で作り出された無数の世界を暴力的に渡り歩く権利がありマス。だからこのまま次元鉄道に乗ってどこかに行ってしまいませんカ? 停車駅の世界をいくつか案内しマス」
「全く断る」
彼方は姿勢を元に戻した。少し前傾し、今度こそVAISの両の目をしっかりと見据える。
「大きな見解の相違があるようだ。私にとっては、私やジュリエットや他の誰かがどんな存在者であろうが、そんなSFはちょっとした裏設定でしかない。他の誰でもない、別世界のジュリエットでもない、この私があのジュリエットを倒す。それだけが私のやるべきことだ。次元鉄道に乗ったのはジュリエットから逃げるためではない。一旦ポーズボタンを押して仕切り直しただけだ。ここでしばらく頭を冷やして戦略を練り直したら、私は私にフォークを投げたあのジュリエットがいる世界に戻る。もし次元鉄道をどこか別の世界へ走らせるつもりなら、いくらVAISでも今ここで首を刎ねる」
「フム、そういえば彼方サンはそういう方でシタ。それならそれでいいのデス。ワタシも強者と戦うことは大好きデスし、彼方サンがジュリエットを倒したいのならワタシも協力しマス。修行パートでもやりマス? もっと広い客車もいくらでもありマス」
「それも断る。それではジュリエットには勝てない」
「やる前から諦めるとは珍しいデス。どうしてデスか?」
「VAISよりジュリエットの方が強いからだ」
「オーマイガッシュ」
「事実だ。ふざけた格好と口調だが、ジュリエットのステータスは規格外としか言いようがない。これがTRPGなら、あいつは初期値のステータス配分を全てクリティカル00で生まれたキャラクターだ。もしかしたら完璧の定義がジュリエットなのかもしれないと思わせるほどに彼女は祝福されている。上には上がいるということを私は初めて知った」
「ワタシは不服ですガ……彼方サンがそう判断したならそれもいいでショウ。しかし、そういう強敵をこそ弛まぬ鍛錬と努力で乗り越えるのが彼方サンのやり方デハ? 能力の差を生まれに帰して修行を放棄するなんて、いよいよ彼方サンらしくないデス」
「確かにゲームなら、私はこれを研鑽を積み能力を向上させて難敵を倒すイベントだと考えただろう。だがこれはゲーム内の攻略を云々する前に、そもそもどうやってゲームを始めるかという問題だ。私は今までたまたまゲームとして殺し合いをしていただけで、ゲームですらない殺し合いについては素人同然だということを思い知った。それに漫然と付き合っていれば飲みこまれて殺される。私はゲームをテリトリーとするゲーマーだが、ジュリエットは殺人をテリトリーとする殺し屋だ。闘争における専門と認識が全く異なっている」
彼方はガラス天板の下からチェスボードを取り出した。
綺麗に配列されているコマの中から黒のクィーンを手に取り、白のクィーンに当てて軽く倒す。それを何度も繰り返し、ボードからは白いコマがどんどん減っていく。
「私のゲームは盤上でルールに従って敵を倒すものだ。時にはちょっとしたイカサマを働いてクィーンをナイトのように動かすこともあるかもしれないが、それでもその営みはゲームボードとルールという大きな枠組みの存在を前提としている。少なくともルールに従っているという体裁の下で有効手を探すことがゲームだ。だが、ジュリエットにはボードもルールも必要ない」
チェスボードを無造作に掴んで宙に持ち上げた。コマは全て机の上に滑り落ちカラカラと音を立てる。空になったボードを自分の頭にこつんと当てた。
「ジュリエットはチェスボードが固い硬化樹脂で出来ていることにしか関心がない。きっとあいつはチェスボードを鈍器代わりにして対戦相手を撲殺しようとするだろう。あいつがチェスボードで殴りかかってくるなら私も将棋盤でガードすることはできるが、そういう抜き身の殺し合いに付き合わされている時点で私はあいつのテリトリーに引きずり込まれている」
「しかし彼方サンも殺しますよネ。仮想世界ではもちろん、仮想でなくても躊躇わずにそのまま敵の首を刎ねられることは彼方サンの素晴らしい長所だと思いマス。それが出来る人は多くありまセン」
「確かに私もゲームに勝つためなら相手を殺す。神威もイツキさんも殺した。だが、私が相手を殺すのはそういうゲームを始めることをお互いに同意して設定したからだ。ジュリエットのように何の前触れもなくノータイムで殺すことが目的だからではない。戦闘開始前の宣戦布告があるのと無いのとでは闘争は全く異なる営みになる」
チェスボードを指先に乗せてピザのようにクルクルと回す。
「私にも『とりあえず殺せば勝ち』という感性が無かったと言えば嘘になる。少なくとも神威とイツキさんを殺すところまではあまり深く考えていなかった。だが、そういうやり方には限界があることも分かり始めた。オークを殺せば立夏に怒られるし、絶対に殺せない蛆人間が出てくるし、ジュリエットは殺し屋だし。暴力には色々な形があって、そろそろ私の暴力とは何であるべきなのかを再考すべきタイミングだ。幸い、ここには手がかりらしきものもある」
コートのポケットから虹色の便箋を取り出した。
さっき次元鉄道に乗るどさくさに紛れてジュリエットの手元から引ったくったものだ。間近で見てもそれは彼方の記憶にあるものと寸分違わない。何故か淡く光っていることも、既に開封されているとはいえ猫のマークで封がされていることも同じ。
「この手紙が届いたことで私への殺害依頼が確定したらしい。それがどういう原理なのかは意味不明だが、彼女らから見て私がどういう敵であるかのヒントくらいは書いてあるかもしれない」
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