ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第10章 MOMOチャレンジ一年生

第55話:MOMOチャレンジ一年生・5

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 振り返ったジュリエットの目に飛び込んできたのは、宙に浮遊する右腕!
 それは切断されて千切れ飛んだ彼方の右腕。その全体に白い蛆虫が巣食っていた。指や爪の間にまで小さな蛆虫が絡み付いている。腕が丸ごと寄生されているのだ。
 肉と蛆に境界はない。肉の隙間から蛆が湧いているのか、それとも蛆の塊が肉を模しているだけなのか。確かなことは、小さな翅を持つ中途半端な蛆虫たちが腕の形を成し、ブーンブーンと不愉快な音を立てて宙をゆっくり飛んでいることだけだ。
 ジュリエットはただちにナイフを投げつけた。鋭い刃が浮遊する右腕を打ち抜き、真っ二つに寸断する。
 だが、そんなものは蛆の右腕には通じない。切り口からは血の一滴すらも出ず、ただちに湧き出した蛆虫がモコモコと盛り上がる。空中で粘土細工のように結合して自己修復を完了する。
 飛行は止まらない。右腕の形を成した蚊蛆の群れが終末器に辿り着く。

「お前もよく知っているはずだ。蚊蛆ブンソの群れは物理攻撃なんて受け付けない」
「まさか、灰火様の蛆刺しエッセンスに!」
「同意した。皇灰火の蛆刺しに同意した。お前との戦闘に入る前から私は右腕に彼女の蛆虫を寄生させていた。いまや私の右腕は私と灰火の共同所有物だが、依然として私の身体の一部でもあることには変わりない。だから右腕を切断して飛ばせば終末器を遠隔で押せる」
「それがどれだけ大きな対価かおわかりですか? 灰火様の蛆刺しは存在の定義そのものに産卵して食い荒らす能力で御座います。、それが能力、彼女の能力。そしてそれ故に本質寄生エッセンスパラサイト。あなたのあなたたるゆえんが蛆虫に上書きされるのです。これから先、あなたの人生には眠ろうと食べようと犯そうと常に蛆虫の蠢きが伴います。治療も駆除も絶対にできません、もはや蛆虫はあなたの構成物であり異物ではないのですから」
「全て理解している。蛆刺しによる存在への寄生はステータス異常ですらなく、終末器で世界を移動しても解除されないことも。それでも私は同意した。私を同類だと思っているお前を出し抜くには、お前が絶対にできないことをやらなければ意味がないから」
「それ以外は全て囮ですね。立夏様の殺害ですらも」
「そうだ。蚊蛆は妨害されずに飛べるというだけで戦闘能力なんて持たない、バレてしまえば手詰まりだ。だからお前の意識を逸らし続け、右腕もお前に切断してもらう必要があった。文字通り骨が折れる作業だったが、しかし私は達成した。これでゲームクリアだ」

 悪趣味な手の平が弱弱しい手つきでボタンを押し込んだ。
 終末が起動する。この世界の終わりが始まる。瞬きする間に太陽が沈み、また昇っては沈む。ローディング画面のように太陽がぐるぐると周り、世界をチカチカと点滅させる。あらゆるものの色彩の境界が崩れていく。森の木々と地面が一体化して、ぐずぐずと黒く枯れていく。

「ごめんね、ジュリエット。別に裏切ったわけじゃないよ」

 その声は彼方の肘から聞こえた。切断された右腕の断面から発されているのだ。
 肩辺りに強い痒みが走ったと思った瞬間、蛆虫が切断面から猛烈な勢いで湧き出してきた。蛆虫たちは一瞬で灰火の身体を構成する。灰火は血の池と化した床をまさしく蛆虫のようにずるずると這いずり、彼方の隣に並んで笑う。

「私って何となく集まって蠢いてるだけの蟲だからさ、質が良い石ころを見かけるとフラフラ近寄っちゃうんだよね」

 灰火の声は彼方の頭の中にまで反響する。鼓膜から入って来るのではなく、脳内で呟く独り言のように頭の中で再生されるのだ。自分の自我リソースを勝手に使って自分ではないものが喋っている。これが存在そのものを混交した代償。

「心得ております、灰火様。敗北は単にわたくしの責であり、それ以上の何かでは御座いません。彼方様、この世界が完全に終わるまではあと何分ですか?」
「世界のシャットダウンはそう長くない。この感じだと一分くらいか」
「では装備品は可能な限り元の状態に戻しておきましょう。あなたの次のゲームに支障が無いように」

 ジュリエットは傍らに落ちているトレンチコートを彼方の身体にかけた。まるで母親が子供を寝かしつけるように身体を上から優しく撫でる。

「そして灰火様を見習って、わたくしもわたくしの痕跡をあなたに刻みましょう。今からあなたの右目を失明させます」
「出来ない。終末器が行うニューゲームにはダメージの全快が含まれているからだ。灰火の蛆虫は駆除できなくても、失明くらいは回復する。それが貫存在トランセンドたる私とそうでないお前の存在格差だ。世界を移動したときには切断された四肢ですらも治癒している」
「出来ます。あなたは世界を移動しても完全な記憶と強靭な自己同一性を保っている、つまり終末器はあなたの肉体を持ち越しませんが精神を持ち越します。よってあなたは精神損傷トラウマを引き継ぎます。拷問は殺し屋の副専攻ですから、あなたが未来永劫に右目を開く気が起きなくなるまで眼底神経を損傷することは一分以内に可能です」
「何故そんなことをする? お前はタイムアップ後に無駄な嫌がらせをするタイプではないだろう」
「愛ゆえにです。そうでもしなければ、あなたはわたくしのことをきっと忘れてしまうでしょう」
「そうだ。私は敗者を覚えない」
「しかし、わたくしは今あなたのことを愛しています。形はどうあれ、あなたはわたくしを凌駕したのです。わたくしより強く美しい方にわたくしを忘れないでほしいと願うのは、それほどおかしなことでしょうか?」

 ジュリエットが彼方に上から覆いかぶさって抱きしめた。
 唇が瞼に口付けたと思った瞬間、鋭い歯が皮膚を噛み千切る。眼窩に長い舌が入り込み、キャンディのように眼球が齧られる。眼球破裂の激痛が閃光のように意識を明滅させるが、四肢を失った状態でジュリエットに抵抗できるはずもなかった。視神経を食いちぎり、舌先で眼窩の奥まで舐め取られる。露出した眼底に親指が押し込められる。

「ナイフを使わないんだな」
「道具は使わない方が私の好みです」

 彼方の眼球を愛おしそうに咀嚼しながら笑って応じる。その笑顔は今までずっと浮かべてきた芸術的な微笑とは全く違った。頬が紅潮し、目がとろりとしている。舌なめずりして緩んだ口元からは液体が一筋垂れた。唾液と房水が混じり合った液体が顎を伝って落ちる。
 今目の前にいるのはことを彼方は理解した。ジュリエットとは殺し屋のメイドという設定を盛りまくった架空のオリジナルキャラクターであって、その設定通りに殺し屋として務めてメイドを演じてきた生身の人間が一人いるだけなのだ。ふざけた一人称と舐めた口調のキャラではなく、今までジュリエットとして振る舞ってきた誰か、ジュリエットを創造した見知らぬコスプレイヤーが彼方の上に跨っている。

「いったいお前は誰なんだ? ジュリエットじゃない、お前は誰だ?」
「そんなの誰でもいいじゃないですかあ。私たちの仲でしょう?」

 見知らぬ女性は困ったように眉をハの字にした。ジュリエットならば絶対にしない、艶めかしく照れた表情で彼女は続ける。

「好きです、彼方さん。名前なんて知らなくたって、いつか別の世界でまた私を見つけてください。これはそのための拷問です。また出会ったら一緒に遊びましょうね。次は私が君を殺します」

 もう一度眼窩に口付ける。彼方の頬に初めて冷や汗が流れる。
 彼方はたとえ死の間際であろうと、どんな激痛であろうと、それが合目的的に行動した結末ならば動じない。リスクを伴う投資は勝利のためには必要だし、仮にそれを外したとしても依然として最適解を選んだことには変わりがないからだ。行動した時点で後悔してはいけないことが既に決まっている。それがゲーマーの流儀。
 だが、この状況は彼方が知らないものだ。目的を達成するための営みとは全く異なる、理由など特にない不条理の行為。勝利のためや嫌がらせですらない、ただ目の前にいる彼女の純粋な欲望が彼方の身体に書き込まれようとしている。苦痛のための苦痛の時間。ゲームの進行とは無関係に生じる本当の痛み。
 世界の終わりに地獄が始まる。彼方は人生で初めて自分の喉から悲鳴が上がるのを聞いた。
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