ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第11章 鏖殺教室

第57話:鏖殺教室・2

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 全員が息を飲んだ。彼女は嘘を吐かない。滅ぼすと言ったからには絶対に滅ぼす。それが全き真実だと誰もが即座に理解した。この国に伝わるアビス教の伝説、それが目の前の女性だと思った。
 アビス教の伝説は一文で表せるほど単純なものだ。遥か昔に虹色の便箋が当時の王朝に届き、ことを予言した。ただそれだけ、伝説と呼ぶにはディテールが乱暴すぎる話。それでもそれを伝え聞いた人はそれを心から信じて疑わなかった。何故かはわからないが、その話にはそれだけの凄みがあった。
 今まで魔王が、いや、先代の魔王がその世界を滅ぼす者だと思われていたが、それが誤解であったこともわかった。虹色の手紙が予見していたのはこの女性だ。理由などないが皆がそれを確信した。

「そろそろ目を覚ませよ。君らは災厄に見舞われていて魔王討伐に労力を割けなかったんじゃあない。たかが災厄くらいしか起こさない魔王を本気で倒そうとしていなかっただけだ。私はこの世界を一週間で滅ぼす。それが文字通りのデッドラインだ。中断も延長も無い。一週間後に私を殺せば君らの勝ち、それが出来なければ私の勝ち。それがこのゲームのルール」
「おやめなさい!」

 民衆の中からローブを被った女性が飛び出した。ふわりと宙を舞い、十メートルも高い謁見台の上に着地した。当代きっての魔導士、アリオス三世が眼帯の女性に長い魔杖を突き付ける。

「魔族や亜人ならまだしも、あなたは同じ人間のはずです。どうしてそんなことをしなければならないのです」
「私はお前ではないからだ。多少の平和ボケは覚悟していたが、まさかそんなところから教えないといけないのか?」
「この国で私たちは長く暮らしてきました。それをいきなり滅ぼされる謂れなど……」
「人の話はちゃんと聞けよ。一週間後に滅ぼすかどうかを決めようとしているんじゃない。スタートラインを間違えた議論は君たちにとっても貴重な時間の浪費だ」
「話し合いは無駄なようですね。力尽くは好みませんが致し方ありません」
「遠慮するな。力を尽くすかどうかが好みの問題だと思っているやつの力尽くなど、脅威にはなり得ないのだから」
「減らず口を!」

 魔杖の先端が光った。アリオス家に代々受け継がれてきた秘儀が発動する。
 民衆の声が、宙を舞う鳥が、枝から垂れる水滴がぴたりと止まる。風に吹かれる旗も、地面を歩く猫も。無機物も有機物も見境なく、この世全てのものがあらゆる動きを停止した。ただ一人だけを除いて。

「なんだ、ただの時間停止か……」

 失望の声を漏らしたのはアリオス三世ではなく魔王を討伐した女性だった。アリオス三世は魔杖を構えて覚悟を決めた表情のままでフリーズしている。
 凍えた世界の中で彼女だけが動いていた。それはまさしく彼女のあり様を体現していた。全く異なる思考と価値観と強さを持つ者。それはきっとどこか別の事象から襲来したのだ。意識の空隙から、次元の狭間から、因果の断裂から、世界の外側から。何の脈絡もなく、予想すら許さないようなやり方で。

 時が止まった世界の中、思わずツグミが漏らした感嘆の声を女性はもちろん聞き逃さなかった。こちらを見て、そしてツグミと目が合った。

「この中で動ける者がいるのかと思ったら、君はツグミか」

 ツグミが瞬きをした次の瞬間、女性はツグミの目の前に立っていた。
 民衆の中に混ざっていても彼女は圧倒的に異物だが、不思議なことに謁見台にいるときのような威圧は感じない。警戒しているツグミを前に、女性はだいぶ柔らかい調子でツグミに声をかける。

「ツバメも君も元気そうな世界は久しぶりだ」
「…………私とツバメちゃんを知っているんですか?」
「一方的に知っている。君は時間や因果の操作に高度な適性を持っていることが多い」
「……確かに昔から大規模魔法に私だけ巻き込まれないことは多いです。でも私に時止めは使えませんし、たぶん少し耐性があるだけです」
「高度な適性を持っているというのはそういう意味ではない。何であれ、君の潜在能力は本物だ。あのにわか魔導士とは比べ物にならないさ。そもそも時止めの本質はちょっとした集中術に過ぎない、よく究極の奥義などと勘違いされているが。実時間ではほんの一瞬しか発動しないから消耗も少ないし、コツさえ掴めばバフの中でも簡単な方だ。一定以上の素養を持つ者が正しく鍛えれば誰にでもできる」
「私にもできますか?」
「もちろん。私なら半日で同じレベルにまで育てられるし、君が望むならばそうするのも吝かではない。しかし、私は君が短い余生を充実させることに力を貸すつもりはない。君は君の能力で何を望む?」

 ツグミは言葉に詰まった。手の先が震えるのは寒さのせいではない。本当に世界を滅ぼせる魔王を前にして、一介の魔導士見習いでしかないツグミが平静でいられるわけがなかった。
 それに、至近距離で話して彼女が悪い意味で誠実であることがはっきりとわかる。仮に彼女がツグミに対して何らかの親近感を持っていたとして、それはそれとして彼女はこの世の全てを殺し尽くすだろう。たとえこの世界に彼女の親友や家族がいたところで絶対に止まらない。彼女はそういう性質の人間だ。
 この世界に彼女を止められる魔法使いはいるのだろうか? アリオス三世以上の手練れが駆け付けてきて彼女を倒してくれる未来は有り得るのだろうか。幸いにも一週間の猶予はある。急いで同盟関係にある諸国、特にアビス教の影響下にある国家に呼び掛けて対抗策を練ることができるかもしれない。
 だが、それは実りのある選択肢ではないように思われた。何せ今一蹴されたアリオス三世だってこの国で最強の魔導士の一人なのだ。この女性を倒せる大魔法使いを待ち望むのは、それこそ魔王という悪の幻想にすがって何もしてこなかったこの国と何も変わらない。それではこの新しい魔王には対抗できない。
 結局、今ここでやれるやつがやれることをやるしかないのだ。今だってそうだ。少なくとも今この広場で動けるのはツグミしかいない。隣にいるツバメを守れるのは自分しかいない。
 だからツグミは息を深く吸い込んだ。彼女の目を見てはっきりと宣言する。

「あなたを殺します」

 自分の喉から出た強い声にツグミは自分でも驚いた。
 ツグミは自分が荒事に向かない性格だと思っていたし、今まで時が止まった世界で動けることを黙っていたのも目立ちたくなかったからだ。
 だが今は違った。興奮しているのでも虚勢を張っているのでもない。頭の芯まで冷静なままで殺るべきことを殺る。そういう鈍色の意志が自分の中にあることをツグミは初めて知った。

「その言葉を待っていたし、その言葉しか待っていない。私は彼方だ。よろしく」

 初めて女性の顔が綻んだ。それは本当に旧友に対して向けるような全幅の信頼を含む笑顔で、差し出された手をツグミは無意識に握ってしまうほどだった。
 そして手から伝わる体温の暖かさからツグミは相手が本当に何年も前からの友人だったように錯覚し、そこでようやく目の前の魔王が自分とそう年齢の変わらない少女だということに気付いた。彼方はぐっと身を乗り出してツグミに顔を近付けた。

「これから一週間後に私は世界を滅ぼすが、それまでは君が私を殺すことに全力で協力する。ただ、せっかくなら君やツバメと同じくらい有望な者を並行して育てたい」
「何故ですか?」
「いくら私が教えたところで君一人では望みは薄いからだ。何人かで連携した方が戦略の幅が広がるし、私を殺せる確率も上がるだろう。何人か並行して教えた方が効率が良い。となると、やはり学校か。君は魔法のスクールか何かに通っているか?」
「セレスティア王立魔法学院に」
「それが良い。ありがとう」

 再び時が動き出したとき彼方は謁見台の上に戻っていた。巨大な氷の中に閉じ込められたアリオス三世の隣で、彼方は手を叩いて高らかに宣言した。

「魔王を殺した者は何でも一つだけ願いを叶える王制法があると言ったな。それを使わせてもらう。向こう一週間、私はセレスティア王立魔法学院で教師をやる」
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