ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

LW

文字の大きさ
59 / 89
第11章 鏖殺教室

第59話:鏖殺教室・4

しおりを挟む
「……それに気付いたのもあなたが初めてです。……冥府の門を開く私の魔法に……」

 レンラーラが猫の胴体の隣に人差し指を置いた。
 指先を垂直にスッと持ち上げ、猫の身体を覆ってコの字型を空中に描く。猫を中心に一瞬だけ紫色の魔法陣が薄く光り、すぐに猫は起き上がった。
 にゃーんと鳴いて一歩歩くと、また芝生の上にごろりと転がる。風や太陽に弄ばれるだけではなく、内側からの鼓動で身体が上下に動く。

「へー、この世界には蘇生術があるんだ。私も見るのは初めてだけど、いかにも誰かが考えそうなことではあるかな。ここでは死者が生き返るのはわりと普通のこと……ではないみたいだね」

 隣ではツグミが目を見開いて瞬きもせずに猫とレンラーラを見ていた。

「まさか、蘇生術を使える人間が実在したなんて……」
「割と珍しい方なのかな」
「珍しいどころではありません。古来より何百人もの熟練聖導士が人生の果てに求めてきた伝説の絶技、おとぎ話の領域です」
「私に言わせれば、それは死のライン取りの問題だと思うけど。この世界では普通に思われているよりも死の定義がもうちょっと緩くて、死んだっぽいやつもやり方次第ではまだ生かせるってだけで。たぶんこの蘇生術だって死んでから一定時間以内じゃないと使えないだろーし」
「どうしてわかるんですか?」
「死んでから何年も経って死体が朽ちて無くなったら蘇生のしようがないからね。魂がどうこうとかいう高尚な話じゃなくて、蘇生っていう言葉の定義に肉体が動かせないと機能しないことが含まれてるだけ」
「……仰る通りです。……あの……灰火さんも死霊術ネクロマンスを使うんですか?」
「死体絡みではあるけど、死霊術ではないね。魂よりは肉体の方。その猫ちゃんに迂闊に使ってたらもう取返しの付かないことになってたよ。そんなことより、ツグミちゃんも知らないってことは蘇生術のことは隠してたんじゃないのかな」
「……灰火さんには教えてもいいかなって。……今まで大騒ぎになるのが嫌で黙っていましたが……別にそれ以上に困ることは特にないので……」
「じゃあ彼方にも教えてないんだ」
「……はい」
「へー、それって単に戦略を隠したってわけじゃないよね」
「はい……わたし、あの人あんまり好きじゃないです……」
「いいこと言うね。あいつは何でもゼロイチに分けられると思ってるデジタル思考だから思いもしてないだろうな、生と死の間に曖昧な領域があるなんて。そんなの当たり前のことなのにね。蘇生術を伸ばすのは彼方じゃ無理だから、私が代わりに先生になってもいいよ」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと。そーと決まれば学校を抜け出そう。ただし太陽が降り注ぐ昼間じゃないよ。皆が寝静まって影の凍える時間、私たち日陰者の時間に。ほら、今はもう時間切れ」

 キンコンという音が学園中に響いた。正午を告げる鐘の音。もう学園のカリキュラムは無くなっているが、皆何となく鐘が鳴ると休憩して昼食を食べ始める。
 芝生の上に人型の影が落ちる。背中から黒い翼を生やしたツバメが地面に着地した。顔は赤く火照って息が上がっている。全身が上気しており、軽いふらつきが艶っぽい。飛行能力を持つツバメは午前中ずっと空中戦の鍛錬をしていたのだ。
 ツバメは一度深呼吸すると灰火に笑顔を向けた。明るく華やいだ笑顔にうっすら乱れたままの息が加わり、甘く柔らかい調子で誘いの声をかける。

「灰火さん。ちょうど鐘も鳴りましたし、一緒にお昼を食べませんか?」
「ありがとう。でも私とご飯を食べるのはもうちょっと仲良くなってからの方がいーよ」
「ふふ、結構ガードが堅いんですね?」
「足りないのは好感度じゃなくてSAN値だけどね。いずれにせよ、君たちにはまだ早いな」

 一陣の風が吹き抜けた。
 ツグミの髪が激しくなびき、思わず一瞬だけ目を閉じて手を頭に当てたとき、灰火の姿はいつものようにかき消えていた。消える瞬間は見えなかったが、きっと灰火はまるで煙のように霧散して風に流されて消えたのだろうと思った。

「せんせー!」

 彼方とアリアがいる広場で、ツバメと同じく午前の鍛錬を終えた三姉妹が彼方に向かって走り寄っていくのが見えた。
 先頭で手をぶんぶん振りながら声を上げて全力で走るのが長女のレイ、眼鏡を抑えて欠伸をしながら付いていくのが次女のニース、その服の裾を掴んで心配そうに見上げて歩くのが三女のパリラだ。揃って仲が良く、自由時間では大抵三人まとまって姦しく彼方に纏わりついている。

「あー、いっぱい動いて疲れちゃった! ニースとパリラは防衛魔法の練習して、それを攻撃するのは私だけだからさ、私が二人分動いてるわけでさー」

 最初に彼方の元に辿り着いたレイが、言葉とは裏腹に元気の有り余った動作で大きなシートを敷く。追い付いた二人もすぐに続いて腰を下ろした。
 活発なレイは寝間着のように緩いシャツを纏い、頭脳派のニースはシックで落ち着いた服装、オッドアイがミステリアスなパリラはリボンが愛らしいワンピース。いつも一緒に服を買いに行く三姉妹らしく、それぞれに小洒落た服装だ。昼食が詰まったバスケットを並べ、すっかりピクニック気分で彼方を見上げて一緒に座るように目で促す。

 彼方は三姉妹の前にあぐらをかいて座り、更にはアリアまでもが集まってくる。彼方は少女たち四人に囲まれ、今日も四対一で質問責めのランチタイムが始まる。

「先生、今日も色々聞いてもいい?」
「もちろん。質問はいつでも何でも受け付けるし、嘘は吐かないことを誓う。戦力差を考えれば、君たちが私を倒すためにはそのくらいのハンデが必要だ」
「本当に何でもいいの?」
「何でもいい。私の攻略のために必要な情報は私が決めるものでもない。思いもよらない質問から解決の糸口が開けることはよくある」
「じゃあ、先生が一番得意な魔法は?」
「氷結魔法」
「苦手な魔法は?」
「直接攻撃以外の魔法、感覚操作とか。ただし得意ではないというだけでその気になればそれなりには使える」
「弱点はあるの?」
「少なくとも私が認識している限りではない」
「精霊術は使えるんですか?」
「よくわからない。正確には私の氷結魔法も精霊術の一種らしいが、あまりそういう意識はしていない」
「好きな女の子のタイプは?」
「強い人」
「あなたはこの質問にいいえと答える?」
「はいともいいえとも答えない」
「死霊術は?」
「ほとんど使えない。使うやつには何度も会ったが、私には馴染まなかった」
「恋人はいる?」
「いない」
「灰火さんは恋人じゃないの?」
「有り得ない」
「いたことは?」
「ない」
覺転身ガクテンシンは有効でしょうか?」
「なんだそれは……いや答えなくていい。私が知らない技術が私に有効である可能性は低くない」
「一番得意な間合いは何かしら?」
「最近接距離。伸ばした手が届く間合い」
「一番苦手な間合いは?」
「特にない。どの間合いが戦いづらいかは相手の戦略で決まる」
「それは恋愛も同じ?」
「質問の意味がわからない」
「自分自身を要素としない集合の集合は自分自身を含む?」
「含まない」
「毒は効くでしょうか?」
「大抵の毒にはほぼ完全な耐性がある。そういうパッシブスキルを持っている」
「変身能力は使えるの?」
「使えない。誤って習得したことはあったが、二度と使えないように封印した。私は絶対に使いたくないというだけだから、君らが使う分には一向に構わない」
「好きな食べ物はー?」
「カレーとサンドイッチ」
「カレーって?」
「この世界には無かったか……説明が難しいが、味の濃い煮物みたいなものだ」
「自分で髭を剃らない人全員の髭だけを剃る床屋自身の髭を剃るのは誰?」
「そのような床屋は存在できない。存在しない人間の髭は誰にも剃れない」
「飛び道具相手にやられて一番嫌なことは何ですか?」
「優れた連携。飛び道具は他の縛りと複合したときに真価を発揮する」
「今までで一番追い詰められた相手は誰でしょうか?」
「やたら身体能力が高いメイド」
「魔王より強かったの?」
「数倍は。魔王はそんなに強くない」
「心を読むことはできますか?」
「できない。読心能力は原理的に存在しないと考えている」
「年下はあり?」
「ありというのは?」
「恋愛対象として」
「特別に年下を好む趣味はないが、無しだと思ったことも特にない」
「ちなみに年上は?」
「右に同じ」
「今まで戦った中で一番厄介だった能力は何かしら?」
「能力自体がランダムに変わる能力」
「治癒能力は持っていますか?」
「何種類か持っているが、この世界の平均的なヒーラー程度だ」
「私のこと好き?」
「嫌いではないが特別に好きということもない」
「でもこれから好きになる可能性が?」
「可能性は常にある」
「可能であることが必然的に可能である場合、可能なことが可能であるようなことは可能?」
「可能だ」
「最速でどのくらい早く動けるの?」
「時を止めればほぼ無限。純粋な身体能力なら校舎を走って周るのに一分十二秒だった」
「能力をコピーする能力を持っているんですか?」
「持っていないが、大抵の能力は見れば真似できる」
「その卵焼き美味しくない?」
「美味しい」
「この質問は何問目ですか?」
「三十七問目」

 ニースが満足気に頷いた。合間で論理クイズを出し続けているのは学院でも屈指の変人で知られるニースだが、彼方は正解を即答するので嬉しそうにしている。頭に浮かぶままに趣味や恋愛について呑気に聞き続けているのがレイ、戦闘周りの情報を真面目に収集しようとしているのがパリラ。アリアもパリラと一緒に彼方を倒す方法を懸命に聞き出そうとしているが、たまにレイの質問に流されてしまっている。

「何やってんだか」

 一息吐く暇もなく質問責めが再開するのを見てツグミは苦笑する。敵と打ち解けているこの状況がそれなりに異常な状態であることはツグミにもわかっている。この学院には敵意と親愛が奇妙に共存している、ツグミ自身も含めて。
 だが、彼方がいくら親切で誠実だとしても、彼方は残り四日後に世界を滅ぼす。つまり生徒を含めてこの世界の全員を殺す。何があろうと彼方は絶対にそれを曲げないということも皆わかっているし、だからこそ皆が四日後に彼方を殺そうとしている。
 未来に先送りされた殺意はずっと水面下で蠢いている。最終的に殺したいからといって、時が来るまでは常に敵意を向けておく必要はないというだけだ。彼方が見込む戦闘の才能とはそういう考え方ができることを含むのかもしれない。
 いずれにせよ、この学園生活はあと四日で確実に終わる。
 違いがあるとすれば、殺すか殺されるかだけだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...