ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第11章 鏖殺教室

第60話:鏖殺教室・5

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 深夜。日中に照っていた太陽は影を潜め、凍える真冬が戻ってきた。
 気温は氷点下を割っている。風がないのは幸いではあるが、それ故に木の葉でさえもフリーズしたように動かない。僅かに活動らしきものがあるとすれば、墓地を囲んで立ち並ぶ魔力灯がぼんやり揺らめいているくらいだ。
 広大な敷地には等間隔で無数の墓石が立てられている。濃厚に漂う瘴気の中で決して動かない永遠の終着点。墓の下には様々な人生が眠っていたとして、しかしこうして並んでしまえばどれが目立つこともなく平等に朽ちていくばかりだ。

「……では、いきます」

 レンラーラが羽ペンほどの小さな木枝を地面に立てた。まずはY字型の枝を手の平幅に二本並べて垂直に立て、その上には地面と水平に一本枝を渡す。コの字型に組んだ木の中心に指先を置いて小さく息を吐いた。
 レンラーラの指先から紫の光波が薄く広がっていく。鼓動のように三重になってドクンドクンと地面に脈打った。墓石の影からカサカサという物音がする。
 転がっていた鳥の死体が歩き出す。泥だらけで血肉の露出した鳥の死体が、足を引き摺りながらこちらに歩いてくる。再び空へと飛び立つべく身体を膨張させるが、片羽が完全に折れている。数ミリだけ跳ねたところでどちゃりと地面に崩れ落ちる。

「……これだけ?」
「……はい……」

 厚いローブを二重に羽織ったレンラーラが申し訳なさそうに頭を下げた。足元から這い上がる寒気を遮断すべく、少し地面を擦ることを前提とした長い長いローブはいかにも屍術士らしいものだ。
 一方、対する灰火はいつもの薄くて白いワンピース一枚しか着ていない。見るからに寒そうだが、灰火はもちろん気にしない。そもそも自分の服装が果てしなくミスマッチであることにさえ気付いていなさそうな素振りで首を傾げる。

「墓場で蘇生術リザレクなんか使った日には、地面からゾンビがボコボコ這い出してくるもんだとばかり思ってたんだけど」
「……それはできません。……ここに眠る死者との縁がありませんから……」
「死者との縁。つまりこれは術者と対象の親密度で効力が左右されるタイプの能力ってこと」
「……そうです……死の国の門の向こうにいる誰かと……私の間にある縁を使って……門を少しだけこじ開けるイメージです」
「飼い猫はともかく、ここに埋まってるような何某さんたちは特に仲良くもないから蘇生もできないと。知り合い限定の蘇生能力って感じかな」
「……えっと……それも狙って蘇生できるわけでもないんです。……私にできるのは死の国の門を開けることだけ……通る霊魂まではコントロールできません。……猫が蘇っているように見えても……元々の魂ではないかもしれませんし……ひょっとしたら猫ですらないのかも……」
「つまりギリギリ動かなくもない程度の蘇生らしきことを適当に運任せでやる能力って感じ」
「……そうなりますね……」
「うーん、私はそーいう適当な能力嫌いじゃないけど、これであの彼方に勝つとなるとね」

 灰火がわざとらしく両肩をすくめた。間の抜けた表情で顔を傾げて両手を宙に向ける。

「彼方ならすぐにそれなりの使い道を編み出すんだろーけど、私にそーいう才能は無いからなあ、ゾンビ映画みたいに物量ワラワラ不死身軍団を作ることしか考えてなかった。ま、そもそも私は人に何かを教えるタイプじゃないしね。勢いで先生になるとか言っちゃったけど、人の上に立つのも人に勝つのも興味ないし。負けなら負けで、死ぬなら死ぬで別にいいじゃんて」
「それはダメです!」
「うわ、いきなりどーした」
「……すみません……でも私は彼方さんに勝ちたいです。……彼方さんは本気で私たちを皆殺しにするつもりでいて……私たちも本気で返り討ちにしたいって……それは皆思ってるんです」
「ふーん、その辺のモチベーションはみんな彼方寄りなんだね。ま、彼方が自分で選んだだけのことはあるか。私もちょっとくらいは頑張ってみてもいーけど、ちなみにレンラーラちゃんって虫とか大丈夫な方かな」
「……普通の人よりは……死体を扱う能力なので見る機会は多いですし……」
「触るのはどーかな」
「……少しくらいなら……」
「食べるのは?」
「……それは……難しいかもしれません……」
「触るまでなら大丈夫ね、了解!」

 灰火が膝立ちになって地面に両手を置いた。冬の硬い地面へと強く手の平を押し付ける。
 するとすぐに手を中心にして土がモコモコと盛り上がってきた。その様子は霜が降りるときに似ていたが、土くれを支えているのは氷ではなく蛆虫だ。地中から蛆虫が次々に這い出してきて地面を泡立てる。レンラーラが僅かに悲鳴を上げて地面から飛び上がる。

「……灰火さんって……蟲使バグマスターだったんですね」
「そんなジョブあるんだ、それかっこいいね。でも私はバグマスではないよ。蛆虫を使役してるんじゃなくて、私自身が蛆虫の群れだから。そんなことより、なんかいまいち死体らしい死体が見当たらないなー。腐っててもいーから肉片さえ残ってれば湧けるはずなんだけど。ひょっとして、この国の葬送って燃やすやつかな」
「……昔はだいたい土葬だったんですが……疫病が流行ったあたりで火葬が主流に……」
「骨の粉末はあんまり美味しくないなあ……お? ラッキー、割と新しい土葬区画見っけ。これならいけそーだ」

 近くの地面が下から殴られたように一度ボコンと跳ねた。そしてガラスのようにピキピキと罅割れていく。
 隙間から白い糸のようなものが一つ顔を出したかと思うと、次の瞬間には大量の蛆虫が湧き出した。一度あふれ出した蛆虫はもう止まらない。地表をわらわらと覆い尽くす、その下にも死体を食って大量の蛆虫が走り回っている。ボコボコとした土くれの盛り上がり一つにさえ、百匹はくだらない蛆虫が詰まっている。
 蛆虫が撹拌して柔らかくなった土の中に灰火が腕を突っ込んだ。蛆虫は腕を伝って駆け上がってくる。灰火は大量の蛆虫を手で取り上げると、粘土のように蛆虫の塊を捏ね始めた。その塊を地面の上に盛り上げてはベタベタと叩いて柱の形を作っていく。柱を二本立ててその上に蛆虫を走らせる。

「こんなもんかな。死者との縁が必要らしいから有線接続してみた。蛆虫たちは皆地中で死者と繋がってるし、蛆虫は死者と仲良しだから。導電性ならぬ導死性って感じかな」

 蛆虫の門が完成し、灰火がパンパンと手を払った。コの字というよりは丸みを帯びた半円型に近い。門は腰の高さほどまであり、全てが蛆虫で作られているためにもぞもぞと蠢いているのはなかなかの威圧感だ。

「ちょっとこれで蘇生してみてよ」
「は、はい……」

 レンラーラが手を伸ばし、おそるおそる蛆虫の門に触れた。途端に蛆虫は腕を伝ってレンラーラに向かってくる。幸いにも厚着をしているおかげで肌を直接這うわけではないが、服の上ですら無数の蠢く小虫が向かってくる嫌悪感は凄まじい。絶叫しようとする喉を何とか押さえつける。

「悪いけど、一匹一匹の細かい動きまでは制御できないんだ。私が持ってるのは群れ全体の意志でしかないからね」
「……いえ……少しくらいは触れると言ったのは私ですから。……それに灰火さんの蛆虫なら大丈夫です」
「健気でいいね。それでどんな感じかな」
「……確かにいつもより門が開いてる感じがします……」
「へー、そーいうのも感覚でわかるんだ」
「上手く言えないですが……部屋の窓が開いてスースーする感覚です……そろそろ来そうです」
「何が」
「……何かの死霊……じゃないです。……かなり大きいです……来ます……何か来ます……来ます!」
「主語は?」
「わかりません!」

 蛆虫の門から黒い塊がボロボロと零れ出す。黒炭のような漆黒の塊。これは予兆だ。
 レンラーラの腕にぞわぞわと鳥肌が立つ。それは半分は蛆虫への拒絶反応だったが、もう半分は完全に未知の気配に感じる脅威だ。何か本当に得体の知れないものが蛆虫の門を通ろうとしている。今まで死の国の門を通っていた、ちょっとした霊魂の残滓とは全く違う。明らかに実体を持つ固体が流れ込もうとしている。
 蛆虫の門が大きく震えた。喉から吐瀉物が逆流して嘔吐するように、大きな塊が飛び出してくる。

「あいやーっ!」
「ぐえ」

 門から吐き出されたものは灰火の上に着地した。灰火の身体がべちゃっと潰れ、蛆虫になって地面に散らばる。衝撃で蛆虫の門も崩れて閉じた。

「なになに、なにあるか……夜? どこ? 墓? 誰? いつ? 寒? 汝?」

 見知らぬ少女、少なくともレンラーラにとっては。
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