ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第12章 よくわかる古典魔法

第63話:よくわかる古典魔法・2

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 校舎の正面に降り立った。セレスティア王立魔法学院の正門前広場、歴史ある学院を象徴する建物の顔。
 中央には丸く巨大な噴水。その周囲に正門と校舎を繋ぐ円形の道がぐるりと引かれている。直線距離でも校門から正門までおよそ百メートルほどもある巨大な広場だが、噴水を迂回するせいで学院の生徒からは朝から無駄に歩かされると評判が悪い。環状の道の外側には様々な彫刻類が並べられ、更にその外側は深い茂みや木々が囲んでいる。

「タイムリミットは特に設けていないが、あまりダレても面倒だ。フィールドを絞って手っ取り早く行こう」

 彼方は空に向けて魔導弓を引き絞る。
 強靭な背筋が収縮し、固く張られた鋼線がギリギリと軋む。そして魔導弓の先端に巨大な岩のような氷が生成されていく。
 張った弦を解き放つ。氷の矢が真上へ放たれた。上空へ駆け上がった氷は天高くで分裂し、透明なラインとなって地面に降り注ぐ。広場を囲むように大量の氷が着弾し、着地点から透明な氷がせり出していく。たちまち広場は厚い氷壁に囲まれた。

「これで広場への出入り口は正門だけになった。このゲームはタワーディフェンスに近い、私が侵入者で君たちが防衛ユニットだ。ウェーブは一回しかないが」

 彼方は正門への一歩目を踏み出した。辺りに潜んでいる全員に聞こえるように大声を発しながら。
 視界には誰も映らないが、明らかに無人ではない。研ぎ澄ました神経が彼方を注視している視線の存在を教える。敵はこの広場のどこかにはいる、だがどこにいるか教えてくれるほど甘くはない。

「ルールを復習しておこう。この学園から一歩出たところに私の終末器インデックスが出現している。それは私にしか押せず、他のあらゆる干渉を受け付けない。私が終末器に辿り着く前に、君たちは私の侵攻を阻止しなければならない。殺害しても拘束してもいい、とにかく私が終末器を押せない状態にすることが君たちの勝利条件だ。それが出来なければ君たちの死と世界の滅亡を以て私の勝利となる」

 二歩目、三歩目。前後に注意深く意識を張り巡らせながら彼方は噴水を囲む道を歩く。
 彼方が道を歩くことはルールに含まれていないが、これが最善の行動だと判断している。こちらが一人で敵が複数である以上、総合的な機動力は常に相手の方が高い。下手に攪乱を狙って飛んだり跳ねたりするよりは確実に迎撃できる体勢でいた方がよい。
 四歩目を踏み出したとき、頭頂に電流のような直観が走った。反射的に魔導弓を上に振り上げてから自分が初撃の気配を察知したことに気付く。
 次の瞬間、真上から振り下ろされた双剣が魔導弓に激突する。百メートル以上の自由落下を乗せたレイの奇襲。その撃力を右腕だけで全て受け止める。

「片腕かあー! これけっこう自信あったんだけど!」
「悪くはない。平面的な進行をしている敵に対しては立体的に攻めるべきだ」
「奇襲は死角からってね!」
「しかしもう射程だぜ」

 初撃をキャッチされたレイが着地するより、彼方が弓をそのまま引く方が早い。
 弓の先端から青い光が瞬いた。目も眩むような閃光と共に、流線形の氷弾が撒き散らされて地面や樹木に突き刺さる。レイは大弓の側面を蹴って地面に転がって回避しているが、手放した双剣は氷に襲われて砕け散った。爆撃のような氷結魔法にレイが口笛を鳴らす。

「それアリアの弓だよね? 毎日大事そうに磨いてたやつ!」
「そうだ。確かに手入れが行き届いていて使いやすい」
「アリアはどしたの?」
「さっき殺した」
「そりゃ残念!」

 レイが両手を大きく広げて空の拳をグッと握る。そして交差させた腕を前に振り出すと、空中から新しい双剣が引き出された。空だったはずの手には新たな双剣が一対握られている。

「初めて見る挙動だ。創造能力か?」
「そんな感じのやつ!」
「同じ武器を再生しても同じ対処が繰り返されるだけだ」
「と思うじゃん?」

 レイは双剣を握ったまま手の平をポンポンと打ち合わせた。残像のように揺れる双剣が四本に増える。手の平を裏返すと更に倍、手の平を閉じて開くと更に倍。
 三十二本にまで増えた双剣はもうレイには持ちきれない、しかし地面に取り落とすことはない。腕の周りに浮遊してレイの動作に追随するからだ。

 大量の双剣が腕に付き従うようにくるくると回る。双剣は金色の房で装飾されており、華やかな見た目は手品のようだ。
 レイはパチリとウィンクして指を振った。彼方目がけて双剣の群れが宙を泳ぐ。

「腕力で敵わないなら手数で戦うのも正しい。しかし、そこもまだ射程だ」

 彼方は後ろに一歩飛びながら弓を引く。
 しかし弓を引き切って放つ直前、指先に僅かな衝撃が走る。妨害を受けて小石一つ分ほどズレた狙いは射出した氷弾を空振りさせた。
 やむを得ず、迫る双剣の群れを避けるために大きく後ろに飛んだ。これでスタート地点に押し戻された。その分だけ前進したレイが軽く舌を出してみせる。

「手数は私だけじゃないからね!」

 彼方は上空を見上げる。その視力は数百メートルも上空に浮遊するツバメの姿を捉えた。
 ツバメが背中の黒翼で滞空している。そして上空からこちらに向けているのは小型の魔砲である。魔力弾を装填して打ち出す単純な機構の魔導武具。威力はそう高くないが、その分精度が高く弾速も速い。遠距離で妨害をこなすには最適な武器と言える。

「なるほど厄介だが、このくらいは想定済みだ」

 元より弓は一人を丁寧に相手取るタイプの武器だ。高威力高精度な代わりに攻撃範囲は狭めで隙も大きく、一対多では真価を発揮できない。その点、アリアの魔導弓が優れているのは鈍器としても使える重厚さにある。
 彼方は魔導弓の弭を握って前方に構えた。鉄パイプか何かと思って扱えば、彼方の膂力なら多少の妨害に動じることはない。
 飛んでくる双剣を打ち払い、レイに向かって水平に振りかぶる。この攻撃は細い双剣ではガードしきれないし、低威力の魔砲でも弾けない。このまま一閃薙げばレイの肢体は千切れ飛ぶ。

「まだまだ手札はあるだろ? 早く吐いた方がいい」
「動かないで」

 案の定、彼方の頭に低い声が響いた。また別の妨害介入。何せ生徒は六名もいるのだ。
 およそ人間の声とは思えない、異質な硬さを備えた呪文が頭に響く。単なる空気の振動として鼓膜に伝わる音声ではなく、もっと大きな振動として身体全体を震えさせる。全身に食い込むように呪文が響き渡り、文言の通りに彼方の筋肉が硬直した。
 それでも慣性を使って強引に腕を振り抜こうとするが、魔導弓はレイに当たる手前で弾かれた。何かにコツンと当たって反動で弓が少しノックバックする。光の屈折から透明な防壁が張られたことを認識する。

「ニースの言霊術とパリラの結界術だな。良い使い方をする」

 新しく妨害に入ったのは呪文を介して対象の身体を操る能力、そして空中に結界を作り出す能力。
 彼方がニースとパリラに教えたものだが、記憶にあるよりも圧倒的に早くて実戦的だ。どちらも様々な詠唱を経て発動する設置型の能力だったはずで、格闘に割り込んで発動できるほど即効性があるとは知らなかった。彼方の前では能力の使用条件を偽装していたか、それとも自主的に能力を伸ばしたか。どちらにしても極めて好ましい。

「一応本体を狙っておくか」

 妨害要員のニースとパリラが隠れる場所は想像が付いている。この精度で妨害支援を行うには広場のどこで戦闘が発生しても目視できる場所に潜んでいなければならないはずだ。開けたこの広場でその条件を満たす場所は一つしかない。
 今度は魔導弓を振りかぶって思い切りブン投げた。弓なりに曲がった魔導弓はブーメランのような軌道を描いて噴水の裏側を目指す。
 巨大な噴水の石作りの裏からニースに抱きかかえられたパリラが顔を出す。パリラは落ち着いて人差し指を立てると、空中に小さな五芒星を描く。僅かに白く光る指先が防壁を作り出し、魔導弓は二人に当たる直前でブロックされる。弾き飛ばされた魔導弓は校舎の壁面に突き刺さって壁を青白く凍らせた。

「自己防衛できる防御ユニットか。ゲームバランスが怪しくなるタイプのスキルだ」
「先生、武器無くなったけど大丈夫?」
「気にするな。全ての基本は徒手空拳だ」

 彼方はしゃがむほど低く身を屈め、あえてレイに向けて一歩前に出た。密着距離で双剣を振るスペースを作らせないためだ。
 レイの動作に身体で割り込んで肘を掌底で弾く。これで前面に隙が生じるかと思いきや、レイの手首は可動域を超えて折れるようにくるりと回転した。剣の切っ先が彼方の頬を撫でて僅かに切り裂く。
 彼方は思わず感嘆の声を漏らした。魔法が存在する世界では純粋な格闘能力が軽視される傾向があるが、レイの身体運用はファンタジスタのプレイヤーとも遜色のないレベルにまで仕上がっている。組手で指導した水準を遥かに超えているのはやはりレイ自身のポテンシャルなのだろう。

「ちょっとは見直した?」
「ああ。だが君たちが私から学んだように、私も君たちから学んでいる」

 彼方は強く地面を踏みつけた。青く光るローラーブレードから一気に氷が張る。範囲攻撃を警戒したレイが即座にステップするが、これは囮だ。
 本命はレイの背後に落ちている双剣。武器を飛ばして操る能力はそう珍しいものではない。一度コツを掴んでしまえばどの世界でも同じようなものだ。
 頭の中で腕が伸びていくイメ―ジを作り、想像の中で剣を掴む。人差し指をくいと上げるのに合わせて剣が地面から跳ね上がった。鋭い切っ先がレイの無防備な背中を背後から襲う。

「動かないで!」

 気付いたニースがようやく呪文を唱えるがもう遅い。ニースの呪文は生物の身体にのみ作用するタイプの術とみた。無機物の剣が飛び始めたのを止めることはできない。パリラの結界術も発動までには予備動作が必要で、この剣速では間に合わない。
 短剣がレイの背中に深々と突き刺さった。骨の合間を縫って肺を刺し、すぐに華奢な身体を貫通する。
 更にダメ押しで氷結魔法を流し込む。傷口から氷が体内を侵食し、血管を凍らせ、内臓を固める。病原菌のように全身に広がる氷がレイの身体を内側から破壊していく。実質的な即死魔法。

「一旦これでチェックかな。レイはもう手遅れだ。!」
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