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第12章 よくわかる古典魔法
第64話:よくわかる古典魔法・3
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「私が治します!」
ツグミの叫び。そして白い羽が大量に舞い散った。
何百枚もの薄い羽が雨のように降り注ぎ、レイの身体を包囲して地面に突き刺さる。羽の間を繋ぐ薄い閃光が走り、レイを中心に地面が淡い光を発した。
レイの身体に広がる氷の浸食がぴたりと止まった。そして氷が傷口へと吸い込まれる。更に突き刺さった短剣が後ろに引き抜かれ、刀傷でさえも氷と同じように身体の中へと引っ込んでいく。抜けた短剣は後ろ向きに飛んでいき、地面に吸着されるように不自然な動きで転がった。レイの身体には傷一つ残らず、全ての損傷が巻き戻る。
彼方は校舎の上を見上げた。巨大な白い翼を背中から生やすツグミと目が合う。
その周囲を舞う羽は逆向きに再生駆動していた。すなわち、散ったはずの羽が少しずつ翼に取り込まれて流線形をもう一度作る。
「時間逆行か」
「そうです。事象を巻き戻し、起きたことを起きなかったことにする能力。時戻しが私の奥義」
「良いスキルだ。時を止められるやつはそれほど珍しくないが、戻すところまで到達した者は滅多に見ない」
「サンキュー!」
復活したレイが改めて双剣を十本まとめて彼方に振り下ろす。その大振りの攻撃は隙だらけだ。
彼方はレイの腹に渾身のボディーブローを撃ち込んだ。肝臓を直接殴る打撃は呼吸を完全に停止させるはずだが、そのダメージも白い光と共に巻き戻る。
ノックバックさえ無く、レイは全く怯まずに同じ攻撃をかけてくる。つまりノーガードでの大振り。今度は固めた鉄拳でレイの額を強打する。頭蓋が一発で砕かれるが、やはりすぐに再生する。
「痛覚がないのか?」
「あるよ!」
「時間逆行は記憶までは戻していないはずだ、明らかに動作が改善されているから。肺を貫かれ、内臓を殴られ、頭蓋を砕かれた痛みを覚えていて何度でも身を投げ出せるのか」
「そんなの大したことじゃないよ。前向きくらいしか取り柄ないからさ!」
レイは小さく舌を出して双剣の操縦を再開した。こうなってくると厄介だ。
時間逆行の真骨頂はあらゆる損傷を完全に巻き戻すことにある。麻痺や致死毒を仕込んだ攻撃を試しても全て無効、状態異常の類さえ一切受け付けない。
ならばと先にツグミを倒そうとしても、そちらに意識を向けた瞬間に上空からツバメの狙撃が降ってくる。それを潜り抜けても更にニースとパリラの妨害まで重なってきて、ツグミへの攻撃は通らない。
一人一人ならそれほど大きな脅威ではないが、妨害寄りに連携することで各個撃破が許されなくなっている。そして各個撃破が許されないためにツグミが倒せず、メインアタッカーのレイが止まらない。
「理解した。これがお前たちの編成デッキか。近接ユニットにレイ、遠距離ユニットにツバメ、妨害ユニットにニースとパリラ、回復ユニットにツグミ。本来はここに中距離ユニットのアリアも加わったのだろうが」
五人の行動ルーチンは完成しつつあった。気付けばもう誰もレイを守らなくなっているのだ。
彼方はレイの骨を砕き、肉を切り裂き、肢体を叩き潰すが、その蹂躙を妨害する者は誰もいない。レイが攻撃を受けている限りは他の全員は黙して構え、彼方が他の誰かを狙おうとしたときのみ一気に妨害を起動する。
そしてレイの防衛を放棄する判断は完全に正しかった。各人の支援性能は彼方から同時に複数人を守れるほどは高くない。もしニースやパリラがレイを守るために動けば、その隙で近くを漂うツグミが落とされてしまうだろう。時を戻せるツグミが戦略の要であり、ツグミさえ死ななければ他の被害は許容できる。レイ自身も自分の痛覚を無視し、何度倒されてもトライアルアンドエラーで僅かに異なる攻撃を仕掛けてくる。守られない代わりに無限再生することを前提にしたゾンビムーブ。
明らかに全員が戦略を共有して連携しているが、彼方からはどうやって意思疎通しているのかはわからない。何らかのサインを出しているのか、それとも旧友同士の以心伝心か。ファンタジスタでも熟練のチームを相手にするときに特有の、一個の生命体と戦っているような錯覚に襲われる。
戦闘中に進化しているのは連携だけではなかった。それぞれのスキルは彼方の教えた水準を遥かに超え、アドリブで昇華して応用するオリジナリティを見せている。宙で渦を巻く大量の双剣は倍々に増え続け、単に腕に追随するだけではなく旋回や滞留のような個別動作の兆しもある。
そして刃先が彼方の頬に二度目の赤いラインを刻む。先ほど彼方があえて取ったリスクを突いたときとは違い、レイは彼方と正面から打ち合いながらも部分的に打ち勝ち始めていた。
「どんなもんよ!」
「驚いている。初めて正面から向かい合って、君たちの総合戦力がこれほどだとは思っていなかった」
「私も驚いてるんだ、自分にこんな才能があったなんてね。学院では赤点ばっかりだったけど、今は何点?」
「九点。せいぜい五点くらいで上出来だと思っていたが」
「それって十点満点で?」
「私を百点としてだよ、レイ」
ツグミの叫び。そして白い羽が大量に舞い散った。
何百枚もの薄い羽が雨のように降り注ぎ、レイの身体を包囲して地面に突き刺さる。羽の間を繋ぐ薄い閃光が走り、レイを中心に地面が淡い光を発した。
レイの身体に広がる氷の浸食がぴたりと止まった。そして氷が傷口へと吸い込まれる。更に突き刺さった短剣が後ろに引き抜かれ、刀傷でさえも氷と同じように身体の中へと引っ込んでいく。抜けた短剣は後ろ向きに飛んでいき、地面に吸着されるように不自然な動きで転がった。レイの身体には傷一つ残らず、全ての損傷が巻き戻る。
彼方は校舎の上を見上げた。巨大な白い翼を背中から生やすツグミと目が合う。
その周囲を舞う羽は逆向きに再生駆動していた。すなわち、散ったはずの羽が少しずつ翼に取り込まれて流線形をもう一度作る。
「時間逆行か」
「そうです。事象を巻き戻し、起きたことを起きなかったことにする能力。時戻しが私の奥義」
「良いスキルだ。時を止められるやつはそれほど珍しくないが、戻すところまで到達した者は滅多に見ない」
「サンキュー!」
復活したレイが改めて双剣を十本まとめて彼方に振り下ろす。その大振りの攻撃は隙だらけだ。
彼方はレイの腹に渾身のボディーブローを撃ち込んだ。肝臓を直接殴る打撃は呼吸を完全に停止させるはずだが、そのダメージも白い光と共に巻き戻る。
ノックバックさえ無く、レイは全く怯まずに同じ攻撃をかけてくる。つまりノーガードでの大振り。今度は固めた鉄拳でレイの額を強打する。頭蓋が一発で砕かれるが、やはりすぐに再生する。
「痛覚がないのか?」
「あるよ!」
「時間逆行は記憶までは戻していないはずだ、明らかに動作が改善されているから。肺を貫かれ、内臓を殴られ、頭蓋を砕かれた痛みを覚えていて何度でも身を投げ出せるのか」
「そんなの大したことじゃないよ。前向きくらいしか取り柄ないからさ!」
レイは小さく舌を出して双剣の操縦を再開した。こうなってくると厄介だ。
時間逆行の真骨頂はあらゆる損傷を完全に巻き戻すことにある。麻痺や致死毒を仕込んだ攻撃を試しても全て無効、状態異常の類さえ一切受け付けない。
ならばと先にツグミを倒そうとしても、そちらに意識を向けた瞬間に上空からツバメの狙撃が降ってくる。それを潜り抜けても更にニースとパリラの妨害まで重なってきて、ツグミへの攻撃は通らない。
一人一人ならそれほど大きな脅威ではないが、妨害寄りに連携することで各個撃破が許されなくなっている。そして各個撃破が許されないためにツグミが倒せず、メインアタッカーのレイが止まらない。
「理解した。これがお前たちの編成デッキか。近接ユニットにレイ、遠距離ユニットにツバメ、妨害ユニットにニースとパリラ、回復ユニットにツグミ。本来はここに中距離ユニットのアリアも加わったのだろうが」
五人の行動ルーチンは完成しつつあった。気付けばもう誰もレイを守らなくなっているのだ。
彼方はレイの骨を砕き、肉を切り裂き、肢体を叩き潰すが、その蹂躙を妨害する者は誰もいない。レイが攻撃を受けている限りは他の全員は黙して構え、彼方が他の誰かを狙おうとしたときのみ一気に妨害を起動する。
そしてレイの防衛を放棄する判断は完全に正しかった。各人の支援性能は彼方から同時に複数人を守れるほどは高くない。もしニースやパリラがレイを守るために動けば、その隙で近くを漂うツグミが落とされてしまうだろう。時を戻せるツグミが戦略の要であり、ツグミさえ死ななければ他の被害は許容できる。レイ自身も自分の痛覚を無視し、何度倒されてもトライアルアンドエラーで僅かに異なる攻撃を仕掛けてくる。守られない代わりに無限再生することを前提にしたゾンビムーブ。
明らかに全員が戦略を共有して連携しているが、彼方からはどうやって意思疎通しているのかはわからない。何らかのサインを出しているのか、それとも旧友同士の以心伝心か。ファンタジスタでも熟練のチームを相手にするときに特有の、一個の生命体と戦っているような錯覚に襲われる。
戦闘中に進化しているのは連携だけではなかった。それぞれのスキルは彼方の教えた水準を遥かに超え、アドリブで昇華して応用するオリジナリティを見せている。宙で渦を巻く大量の双剣は倍々に増え続け、単に腕に追随するだけではなく旋回や滞留のような個別動作の兆しもある。
そして刃先が彼方の頬に二度目の赤いラインを刻む。先ほど彼方があえて取ったリスクを突いたときとは違い、レイは彼方と正面から打ち合いながらも部分的に打ち勝ち始めていた。
「どんなもんよ!」
「驚いている。初めて正面から向かい合って、君たちの総合戦力がこれほどだとは思っていなかった」
「私も驚いてるんだ、自分にこんな才能があったなんてね。学院では赤点ばっかりだったけど、今は何点?」
「九点。せいぜい五点くらいで上出来だと思っていたが」
「それって十点満点で?」
「私を百点としてだよ、レイ」
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