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第12章 よくわかる古典魔法
第67話:よくわかる古典魔法・6
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彼方は噴水の上から離れて校舎二階のバルコニーに飛び移った。
あまりにも奇妙だが、とりあえずこれは特殊な範囲攻撃であると判断する。とろりとろりと溢れ出す異形が地面を覆い尽くす前に避難すべきだ。恐らく泥に触れると碌なことにはならない。
「見くびっていたことを訂正しよう。これはまさしく世界の異物だ。お前はまさしく別世界へと通じるオリジナリティを持っている。そしてそのために他の六人を捨て石にしたのだから私と同類ですらある」
「……あなたと一緒にしないでください。……私たちはチームであり……私は皆のために戦っています……」
「信条の違いはこの際何でもいいさ。お前が私の敵足り得るというだけで祝福に値する」
彼方は地面に向けて遠隔操作の手を伸ばした。地面に落ちる双剣を拾える限り拾う、黄泉泥に飲みこまれる前に。百本近くの双剣が浮き上がって手元に重なった。
ここからどう攻撃すべきか。門は依然として泥を吐き出し続けているが、本体のレンラーラは門の傍らに立っているだけだ。
門の上では趙と灰火もチャシャ猫のようにニマニマとこちらを見ている。趙は双眼鏡を彼方の方に向け、灰火は小さな弁当箱から蛆の湧いたおにぎりを取り出していた。野次馬根性、物見遊山を隠そうともしていない。
「……」
馬鹿二人はあとで始末するとして、まず倒すべきはもちろんレンラーラだ。
攻撃手段か何なのかよくわからない挙動には未だ不明点が多く、術者を直接叩くのが一番手っ取り早い。腕を振り出して大量の双剣をレンラーラ目がけて打ち出した。
門が一際大きく震えた。汚泥をゴプゴプと前に垂れ流すことを一旦やめ、前方に向かって拡散するように大きく吐き出す。撒き散らされた泥が双剣に当たった瞬間、双剣は真下にストンと落ちた。
減速するでも弾かれるでもなく、泥が付着した途端に全ての運動量を失って降下する。極めて不自然な物理挙動。
「物理攻撃を無効にする防御手段、運動量のゼロ積? いずれにせよ触れるべきではないな」
いまや広場そのものが冥界に飲み込まれつつあった。
彼方がフィールドを区切った氷壁の内側に泥がどんどん溜まっている。腐水を茹でる釜の中に閉じ込められたようだった。泥の津波が彫刻や草木を押し流し、全てを底へと沈めていく。溢れ出す黄泉泥の勢いは増す一方、水位はいま噴水の頂上を超えた。
彼方は更に校舎の壁を蹴って上方に退避する。僅かな窪みを足場にして駆け上がり、途中で校舎に突き刺さった魔導弓を回収しながら屋上へと辿り着く。
眼下に広がる汚泥の海、屋上から見た広場は地獄を煮詰めた鍋だ。戦場で撃たれた兵士が、道端で餓死した少年が、首を吊ったサラリーマンが、屋上から飛び降りた女子高生が! あらゆる世界から冥府に押し寄せる死が、本来ならばこのまま無に還っていたはずの死が門を介してあふれ出してくる。そして触れた瞬間に全てが無に同化していく。
黄泉の泥がなみなみと広場に溜まる中で、門は不思議と常に水面よりも上に位置していた。ぷかぷか浮かんでいるようには見えないが、ゲルの上でしっかりと根を張っているように動じない。レンラーラ自身もまた黄泉泥の上に立っている。
「素晴らしい。いまや私よりお前の方がよほど魔王らしいぜ」
「……それでも構いません……あなたを倒せるなら。……それが私のやるべきことだから」
「正しい。攻撃無効を盾にした圧殺狙いという攻撃方法も好ましい。本当に勝率の高い策は往々にしてこういう身も蓋もない形を取るものだ。水位が屋上に達するまでがデッドラインか。脱出する手もないではないが」
「そーだけど、まさか彼方は自分で囲ってフィールド作っておいて、危なくなったら壊して逃げまーすなんてやらないよねーっ?」
「我も聞いたある。汝はまだ戦闘が発生していない時点でこれがゲームフィールドと言ったな。この氷の外に出たらリングアウトでリタイア扱いが妥当なのね」
顎を抑える彼方を門の上から灰火と趙が嘲笑う。
楽しそうに煽りまくる二人が真剣なレンラーラと組んでいるようにも見えないが、元よりこの二人は心からの信条で考えて動くタイプではない。ゲームに対する質の悪さで言えば最悪クラスの二人が組んでしまっている。
「癪に障るが一理ある。お前たちはこの手の盤外戦術のエキスパートだったか」
彼方は魔導弓を屋上の柵に引っかけて固定し、渾身の力で弦を引き絞る。弓の先端で魔法陣が青く光り、数メートルもある巨大な氷塊が生成される。最大の張力を込めた魔法の氷弾を打ち出す。
今度は門が大きく弓なりにしなった。門全体がゴムのようにギュッと九十度近くも曲がる。バランスを崩した灰火が振り落とされ、身体を蛆蚊の群れに分解して空中に留まった。その隣で趙は片足でバランスを取っている。
上を向いた門は上方に向けて黒い泥を打ち出す。それが当たった瞬間、やはり魔法の氷は消滅した。氷塊するのとは全く違う。空気に溶けるようにサーッと消えていく。
「……無駄です……黄泉では全てが無に還ります。……物理も魔法も……そしてあなたもすぐに」
「なるほど完全に理解した。死の国の産物たる黄泉の泥は質量を伴う運動を停止させ、生命を伴う魔法を無効にするというわけだ。だったらもう終わりだ」
「……負けを認めるんですか?」
「お前がな。出来ればこれは使いたくなかったが、あまりにも陳腐であることを気にしている場合でもない」
彼方は頭の後ろに左手を回した。指先で眼帯の紐を切断する。
黒い眼帯の裏、眼窩の奥には赤く煌めく光が宿っていた。それは明確な志向性を持って視線の先を照らす。光の反射によるものではなく、目の内側からギラギラと発光しているのだ。
あまりにも奇妙だが、とりあえずこれは特殊な範囲攻撃であると判断する。とろりとろりと溢れ出す異形が地面を覆い尽くす前に避難すべきだ。恐らく泥に触れると碌なことにはならない。
「見くびっていたことを訂正しよう。これはまさしく世界の異物だ。お前はまさしく別世界へと通じるオリジナリティを持っている。そしてそのために他の六人を捨て石にしたのだから私と同類ですらある」
「……あなたと一緒にしないでください。……私たちはチームであり……私は皆のために戦っています……」
「信条の違いはこの際何でもいいさ。お前が私の敵足り得るというだけで祝福に値する」
彼方は地面に向けて遠隔操作の手を伸ばした。地面に落ちる双剣を拾える限り拾う、黄泉泥に飲みこまれる前に。百本近くの双剣が浮き上がって手元に重なった。
ここからどう攻撃すべきか。門は依然として泥を吐き出し続けているが、本体のレンラーラは門の傍らに立っているだけだ。
門の上では趙と灰火もチャシャ猫のようにニマニマとこちらを見ている。趙は双眼鏡を彼方の方に向け、灰火は小さな弁当箱から蛆の湧いたおにぎりを取り出していた。野次馬根性、物見遊山を隠そうともしていない。
「……」
馬鹿二人はあとで始末するとして、まず倒すべきはもちろんレンラーラだ。
攻撃手段か何なのかよくわからない挙動には未だ不明点が多く、術者を直接叩くのが一番手っ取り早い。腕を振り出して大量の双剣をレンラーラ目がけて打ち出した。
門が一際大きく震えた。汚泥をゴプゴプと前に垂れ流すことを一旦やめ、前方に向かって拡散するように大きく吐き出す。撒き散らされた泥が双剣に当たった瞬間、双剣は真下にストンと落ちた。
減速するでも弾かれるでもなく、泥が付着した途端に全ての運動量を失って降下する。極めて不自然な物理挙動。
「物理攻撃を無効にする防御手段、運動量のゼロ積? いずれにせよ触れるべきではないな」
いまや広場そのものが冥界に飲み込まれつつあった。
彼方がフィールドを区切った氷壁の内側に泥がどんどん溜まっている。腐水を茹でる釜の中に閉じ込められたようだった。泥の津波が彫刻や草木を押し流し、全てを底へと沈めていく。溢れ出す黄泉泥の勢いは増す一方、水位はいま噴水の頂上を超えた。
彼方は更に校舎の壁を蹴って上方に退避する。僅かな窪みを足場にして駆け上がり、途中で校舎に突き刺さった魔導弓を回収しながら屋上へと辿り着く。
眼下に広がる汚泥の海、屋上から見た広場は地獄を煮詰めた鍋だ。戦場で撃たれた兵士が、道端で餓死した少年が、首を吊ったサラリーマンが、屋上から飛び降りた女子高生が! あらゆる世界から冥府に押し寄せる死が、本来ならばこのまま無に還っていたはずの死が門を介してあふれ出してくる。そして触れた瞬間に全てが無に同化していく。
黄泉の泥がなみなみと広場に溜まる中で、門は不思議と常に水面よりも上に位置していた。ぷかぷか浮かんでいるようには見えないが、ゲルの上でしっかりと根を張っているように動じない。レンラーラ自身もまた黄泉泥の上に立っている。
「素晴らしい。いまや私よりお前の方がよほど魔王らしいぜ」
「……それでも構いません……あなたを倒せるなら。……それが私のやるべきことだから」
「正しい。攻撃無効を盾にした圧殺狙いという攻撃方法も好ましい。本当に勝率の高い策は往々にしてこういう身も蓋もない形を取るものだ。水位が屋上に達するまでがデッドラインか。脱出する手もないではないが」
「そーだけど、まさか彼方は自分で囲ってフィールド作っておいて、危なくなったら壊して逃げまーすなんてやらないよねーっ?」
「我も聞いたある。汝はまだ戦闘が発生していない時点でこれがゲームフィールドと言ったな。この氷の外に出たらリングアウトでリタイア扱いが妥当なのね」
顎を抑える彼方を門の上から灰火と趙が嘲笑う。
楽しそうに煽りまくる二人が真剣なレンラーラと組んでいるようにも見えないが、元よりこの二人は心からの信条で考えて動くタイプではない。ゲームに対する質の悪さで言えば最悪クラスの二人が組んでしまっている。
「癪に障るが一理ある。お前たちはこの手の盤外戦術のエキスパートだったか」
彼方は魔導弓を屋上の柵に引っかけて固定し、渾身の力で弦を引き絞る。弓の先端で魔法陣が青く光り、数メートルもある巨大な氷塊が生成される。最大の張力を込めた魔法の氷弾を打ち出す。
今度は門が大きく弓なりにしなった。門全体がゴムのようにギュッと九十度近くも曲がる。バランスを崩した灰火が振り落とされ、身体を蛆蚊の群れに分解して空中に留まった。その隣で趙は片足でバランスを取っている。
上を向いた門は上方に向けて黒い泥を打ち出す。それが当たった瞬間、やはり魔法の氷は消滅した。氷塊するのとは全く違う。空気に溶けるようにサーッと消えていく。
「……無駄です……黄泉では全てが無に還ります。……物理も魔法も……そしてあなたもすぐに」
「なるほど完全に理解した。死の国の産物たる黄泉の泥は質量を伴う運動を停止させ、生命を伴う魔法を無効にするというわけだ。だったらもう終わりだ」
「……負けを認めるんですか?」
「お前がな。出来ればこれは使いたくなかったが、あまりにも陳腐であることを気にしている場合でもない」
彼方は頭の後ろに左手を回した。指先で眼帯の紐を切断する。
黒い眼帯の裏、眼窩の奥には赤く煌めく光が宿っていた。それは明確な志向性を持って視線の先を照らす。光の反射によるものではなく、目の内側からギラギラと発光しているのだ。
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