ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第13章 神っぽいか?

第71話:神っぽいか?・3

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「多くの世界で社会の基盤を成す技術はいくつもあり、運送技術もその一つです。しかしその発展は決して一様ではなく、大抵は一人の天才が不連続な変革をもたらすものです」

 VAISは天賦の才を持った子供だった。何の? 秩序と制御の。
 世界の事物が従うべきルールを理解し、それを具体的な対象に適用することに長けていた。その才能は研究者よりは実践者に向いたもので、将来は機械工か法律家のどちらかになると思われていた。
 VAISの人生が決定付けられたのは十六歳のときだ。
 州で初めて竣工された蒸気機関車はまだ試作段階であり、辛うじて数百メートルを震えるリスのようにガタガタ揺れながら進んでは故障し、三日かけて直してまた走り出すという有様であった。
 その哀れな姿を見たとき、VAISはこれを正しく運用することが自らの使命であると頷いた。すなわち、精密な機械技術にして社会の法となる蒸気機関車こそ、自らの人生を捧げるに値する運命の相手だと確信したのだ。
 その僅か三年後、蒸気機関車は誤差一分以下という恐るべき精度で州を横切る運行を開始した。
 その実現はほとんどがVAISの貢献によるものだ。
 まだ何もかも手探りの運営の中、VAISだけが全てに精通していた。各機関の働きは当然として、各部品ごとの精度誤差許容値、数百キロに及ぶレールの各地点での歪みと将来的な劣化予測までもが頭に入っていた。VAIS一人でもゼロから新たな鉄道を敷けると豪語し、誰もそれを疑わなかった。
 VAISの真骨頂は杓子定規な決定というよりはむしろ瞬時に行われる柔軟な采配にあった。僅かでも遅延が生じれば、膨大な知識と的確なモニタリングから原因を瞬時に特定し、キロ単位での燃料調整やセンチ単位での機関修復を指示してすぐにダイヤを戻した。
 VAISは文明の水晶振動子だった。
 州全体がすぐに運送技術を大いに利用するようになり、その全てがVAIS一人の指令を基準として正確な時を刻んだ。自分の優れた秩序と制御によって人々の生活がどんどん改善されていく様子を見るのがVAISの楽しみだった。

「その日は新車両の公開試験走行会でした。安全性を向上させながら速度を倍にまで上げた新車両をVAISが制作したのです。今までの蒸気機関車が箱型の四角い形状だったのに対して、新車両は円形の意匠が目を引くものでした」

 新車両のお披露目には大勢の人々が詰めかけた。
 その斬新な外見に驚嘆した誰もが新時代の幕開けを確信し、それが実際に動き出すまで口々に夢を話し合った。
 州知事がテープを切って試験走行を開始したとき、VAISはスタート三キロ地点で待機していた。そこがちょうど最高速度までスピードが乗る場所で、簡易な見学会場が作られて大勢の要人が集まっていた。
 鉄道会社の上層部はもちろん、顧客となる運送会社の幹部、他国の使節までもが新車両を待ちわびた。それは運送技術に膨大な利権が絡んでいることの証左でもあったが、誰もが一旦はそんなことを忘れて、子供のように目を輝かせて新しい技術が走ってくるのを待っていた。
 走行開始から三分後。土煙を上げてこちらに走ってくる車両。
 それは僅かに傾いており、その角度は許容限界値を五パーセントも超えていることにVAISだけが気付いた。
 瞬間、VAISは反射的に座席を飛び出し、右斜め前の椅子の下に転がり込んで身体を丸めた。行動から遅れて自分が何故そうしたのか理解した。
 ただ一目見ただけで、VAISの脳は五秒後の惨事を完全にシミュレートしたのだ。半径百メートル以内で五秒後の平均死亡確率は99.6%。
 ただし、今VAISが横たわるこの場所だけは7.6%の確率で生存できる。VAISの身体は本能的に生存確率が最も高い場所に飛び込んだのだ。VAISの奇行に気付いたのは周囲の数名だけで、ほとんどの人は車両の傾きに気付きもせず身を乗り出して線路を見ていた。
 VAISは地面に伏せたまま地獄の五秒を耐えた。
 VAISの計算能力は何度も何度も自分の生存オッズの低さを脳髄に刻み付けた。品質検査ならば絶対に通さない確率に自分の命を賭けている。走馬灯はとうに何度も通りすぎ、目の前の砂粒の形が脳味噌に焼き付く。時間間隔は完全に失われ、どれだけ待てば五秒が経つのかわからない。長い長い五秒の間にVAISは三十回は吐き気を催した。
 轟音と共に頭に降りかかる肉片の感触に奇妙な安堵が生じなかったと言えば嘘になる。ようやく計算通りに脱線事故が発生したことを知ったから。
 立ち上がったとき、シミュレート通りの風景が目の前に広がっていた。
 スピードが乗り切ったところで線路を飛び出した車両は横転したまま宙を滑るように進み、観客数百人を綺麗に横向きにひき潰して肉塊にした。VAIS以外の人々は全員が地面で赤いラインになった。
 VAISただ一人だけが無傷だった。そこに生存の祝福などない。死の足音だけをVAISの脳裏に刻み付け、世紀の大事故は378人の犠牲者を出して幕を閉じた。

「しかし責任者のVAISは罪には問われませんでした。いくつかの奇跡が重なったことは前提として、事情を知る関係者の全員がVAISを守るべく表と裏で手を尽くしたのです。人類の発展のために」

 VAISと鉄道をよく知る者たちは、何としてもVAISの立場を守ることを即決した。
 VAISでも防げない事故は他の誰にも防げなかっただろうし、原因を究明できる者もVAIS以外にはいないに決まっているからだ。社長以下幹部十数名は事故原因を絶対に突き止めるようVAISに厳命し、その翌日に揃って首を吊った。
 VAISはまず事故現場の正面に小屋を建てた。そこに住み込み、たった一人で原因調査を開始した。車両の全パーツを分解して破損度合いを調べ、大破した会場の破片はもちろん、轢死体に至るまでを調べ尽くした。三日連続で徹夜し、いきなり気絶してまた起きては徹夜する生活を三年続け、VAISは原因を特定した。
 いや、本当は一週間で気付いていた。だが認めたくなかったのだ。他の全ての可能性を潰すために二年と十一ヶ月と四週間を費やし、その果てに遂に認めざるを得なかった。
 事故の原因はただのボロ布一枚だった。たかだか五センチ四方しかない、薄汚れた布切れがレールに噛んだことで世紀の大事故が引き起こされたのだと。
 それは誰かの悪戯ですらなかった。機関車はスラム街も横切っており、どこにでもあるゴミがレールに乗るくらいのことはある。通常は全く問題にならないはずが、たまたま運悪く最悪なタイミングで最悪な位置に噛んでしまった。それだけのことで人生を懸けて開発した機関車は脱線した。
 この原因を踏まえて鉄道を改善することはできる。このボロ布が噛んでも脱線しないレールの形状案をVAISは百個は思い付いた。
 だが、そんなことには何の意味も無いのだ。
 ボロ布は噛んでも大丈夫だとして、たまたま最悪な角度で鳥が衝突したらどうする? 最悪な形状のボールが飛んで来たら? 現状で知りもしない最悪の何かがどうかしたら? 全ての最悪に対策を施すことはできない。
 。それが本質。
 世界は概ね正しく回っているが、一度ボロ布が噛むだけで全てはいつでもどこでも御破算になる。本当に世界を支配しているのはコスモスではなくカオスだ。予想内は予想外に対して完璧に無力だが、予想外は常に予想内を超えることがその定義なのだから。
 やるべきことは全く逆だった。そう直観したとき、VAISは次元鉄道エルラインの主になった。

 今までは世界のルールになろうとしていた。しかしこれからは世界のバグになろう。
 秩序ではなく、予測から逃れ続ける想像力を求めよう。制御ではなく、法則を一方的に破壊する暴力を求めよう。
 想像力と暴力で世界を気ままに回って滅ぼそう。そして自分と同じバグを見つけて育てよう。
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