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第14章 別に発狂してない宇宙
第76話:別に発狂してない宇宙・3
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汎将が虹色に輝き、宙をくるくると回り出す。
その形状は球だが、完全な真球ではない。僅かに縦に長く寸胴な楕円型をしている。すなわちそれは卵の形。何もないところから何もかもを生み出す可能性の象徴。
殻に罅が走る。虹色の表面を突き破り、ごつごつした灰色の枝が突き出す。それは指だ。もっと巨大な手の、腕の、胴体の、僅か先端。岩の巨体が体積を無視して卵から溢れ出す。展望台を押しのけて、鉄骨を飴細工のようにへし折り、大口が咆哮する。
大怪獣・悪食が降臨する。怪獣が跋扈する世界から汎将が模倣した、全てを食らって消化する悪の化身。
タワーと並ぶ大きさの悪食が彼方を目がけてビルほどに太い腕を振り下ろす。彼方は素早く床を転がって避け、そのまま東京タワーから飛び降りた。
「起動せよ、魔神機デモンドゥーム!」
彼方の胸から黒い結晶コアが浮かび上がった。結晶から溢れ出した紐状のエネルギーが悪食の腕を弾き飛ばす。
結晶コアが回転するたびに飛び出した黒い液体が空間に充填され、触手の鞭が光を反射して浮かび上がる。数十キロに及ぶ長い長い触手が八本も蠢めいている。そしてドームのように巨大な丸い頭部。光を飲み込む漆黒の機体が動き出し、大地の全てをひき潰していく。
タコ型迷彩機動兵器・デモンドゥームが顕現する。これは魔法少女が活躍する世界で彼方が敵幹部から強奪した兵器、悪の道を進む敵幹部が扱う魔の神の機の一つである。
悪食とデモンドゥームが激突する。いまや東京中が戦いの舞台だった。
悪食が太い尻尾を振り回してデモンドゥームの頭部へ強烈なスイングを叩き込む。デモンドゥームは大きく吹き飛ばされるが、八本の足で踏み留まって素早く触手を絡ませる。
悪食は迷わず黒い触手に思い切り噛み付いた。三度噛んだだけで触手は悪食の身体に取り込まれ、今度は悪食の尻尾が鞭のように長く変化する。
「あははは、ビジュアルが逆だろ! 私がヴィラン側なのに、これじゃあ怪獣退治の超兵器みたいじゃないか!」
彼方は心の底から笑った。こんなに楽しかったことは今まで一度もなかった。
世界に君臨する組織の奥の手を出しても、神威は一切物怖じしないどころか大怪獣で正面から対抗してくる。どこまでも神威は追ってくる、神威のおかげで私はまだまだ強くなれる。もっと先へ、もっと先へ!
体長数百メートルものロボと怪獣が殴り合うその上で、彼方と神威も戦闘を開始する。
デモンドゥームの触手が真下から神威を次々に襲い来る。その全てを虹色の長刀で切断し、神威は彼方に向けて走る。彼方の足元でも悪食の尻尾が唸る。迫る棘をローラーブレードで叩き折り、そのまま神威の刀を蹴り飛ばして受け流す。
「彼方はほんとに神威ちゃんが好きなんやな。あんな楽しそうなの初めて見たわ」
「そーかな。私は見飽きちゃった。いつもあんなもんだし」
此岸は鉄骨の上に座って頬杖を突いていた。その隣に妖精サイズの灰火がふわふわと浮かぶ。
もう展望台の床は消し飛んでいる。赤く塗られた鉄骨が唯一の足場だ。タワーは十数か所も寸断されていたが、崩落せずに奇妙なバランスで凍り付いている。此岸が「不壊」と走り書きした世界便を隙間に差し込んだからだ。
「灰火ちゃんは彼方と仲良うやっとるんか? いつも一緒なんやろ」
「私と彼方の間にそーいう評価軸はないよ。同一人物だからね。考えも感覚も好感度もいつでもわかるよーな相手とどーこーなれるわけないんだ。あれ、てことは此岸も私の義理のお姉ちゃんってことになるのかな」
「あはは、そりゃええな。でもな、うちは灰火ちゃんのこと嫌いやないけど、それでもうちの妹は彼方だけや。彼方が幸せにやってるのがうちにとって一番大事なことや」
「わかりやすくシスコンだね。私にも妹がいたことはあるけど、此岸の感じとはずいぶん違ったかな」
「お姉ちゃん同盟やんか。過去形なのは突っ込んでもええんか?」
此岸と灰火が座る一メートルほど上を熱線が一閃した。
彼方がマルチツールに改造を重ねて組み込んだ、刃渡り数キロもある超長電子剣である。それは悪食の身体に深い傷を残すが切断するには至らない。
悪食は自らの皮膚に噛み付いた。やはり三噛みで自分の体表を消化し、エネルギーとして自分の身体を再構築する。続いて空中で口を動かして光を食らい、復讐と言わんばかりに彼方目がけて熱線レーザーを放つ。
彼方のローラーブレードに青い魔法陣が浮かび、氷の盾がレーザーを曲げる。曲がったレーザーの直撃を受けた川が一瞬で干上がった。
「別に話してもいーけど、此岸には理解できないと思うよ。姉とか妹とかだって、私にとっては寄生して交われば変わっていくステータスの一つでしかないんだから。気付いたら姉だったはずの私が妹の私にもなってるよーな有様なんだ。もしくは妹だったはずの私が姉の私に」
「それって寂しくないんか? 姉でも妹でもええけど、姉妹がいなくなるのはうちには耐えられん」
「区別の問題だね。私にとっている状態といない状態は全然違うわけじゃない。例えば蛆虫がそうだよ。どんなにいないことを確かめても、どこかにはいそーな気持ち悪さを完璧に消し去れることなんてないんだ。逆にいたらいたで皮膚の下とかに隠れちゃってすぐ見えなくなったりするし。私には線引きなんて見えないよ」
デモンドゥームの触手が大地を削り飛ばし、また鉄骨が大きく揺らいだ。東京タワーは不壊でも足元の地面が破壊されかけているのだ。此岸は胸元から虹色の便箋を新しく取り出すと、投げやりに「安全」と書いて地面に投げつけた。
「この旅だって終わりが来ないわけじゃないけど、終わりが来るわけじゃないんだ。もし完全に終わらないものがあるとしたらそれは無間地獄っていう一つの終わりの形だし、逆に完全に終わるものがあるとしたらそこから何をしても始まりなんだ。これはただの考え方、世界の見え方の話。此岸にはわかるかな?」
「うちにはようわからんわ。ただ、終わるとか終わらんとかいうのがどうでもええってところだけは同じ気持ちかな。彼方が良いならうちは何でもええから」
二人が駄弁っている間にもあたり一面が次々に焦土と化していく。東京に残る文化はもうこのタワーの周囲だけだ。世界便の影響下にあるお土産屋や入口だけが不自然に残り、それ以外は平坦な大地に変わり果てた。
一時間に及ぶ殴り合いの果てに魔神機と悪食は対消滅した。地面に降り立った彼方が終末器を踏みつける。
「このラウンドは一時休止だ。もっと君と遊びたくて仕方ないが、世界を滅ぼさないと君が追ってきてくれない。また会おう、神威。やはり私と張り合えるのは君しかいない。君が追い付いてきたときだけ私の人生は輝く。大好きだ、君のことを愛してる。きっと私たちはもっと強くなるし、世界はもっと始源へ近づく。いつか世界の果ての果てで君を殺す」
空から虹のラインが一本降りてくる。レールの上で停車した次元鉄道の手すりを此岸が掴んだ。乗り込んだ柵越しに灰火に振り返る。
「またな。彼方のことを宜しくって、灰火ちゃんに言ってもあんま意味ないんやろね」
「そーだね。わからないことがわかる人ってそれなりに貴重だから、此岸のこと嫌いじゃないよ。そんじゃーね、暫定お姉ちゃん」
天高くから大きな手が一組降ってきた。
第一撃のパーが東京二十三区を丸ごと圧し潰し、第二撃のグーが深さ数キロに及ぶクレーターを大地に刻んだ。続けて組んで合わせた手が地面に振り下ろされ、生じた亀裂は地殻まで達した。煮え滾る星のマグマが吹き出す。
ノストラダムスの予言に導かれ、恐怖の大王が降臨する。この世界を滅ぼし、次のステージへと進むために。
その形状は球だが、完全な真球ではない。僅かに縦に長く寸胴な楕円型をしている。すなわちそれは卵の形。何もないところから何もかもを生み出す可能性の象徴。
殻に罅が走る。虹色の表面を突き破り、ごつごつした灰色の枝が突き出す。それは指だ。もっと巨大な手の、腕の、胴体の、僅か先端。岩の巨体が体積を無視して卵から溢れ出す。展望台を押しのけて、鉄骨を飴細工のようにへし折り、大口が咆哮する。
大怪獣・悪食が降臨する。怪獣が跋扈する世界から汎将が模倣した、全てを食らって消化する悪の化身。
タワーと並ぶ大きさの悪食が彼方を目がけてビルほどに太い腕を振り下ろす。彼方は素早く床を転がって避け、そのまま東京タワーから飛び降りた。
「起動せよ、魔神機デモンドゥーム!」
彼方の胸から黒い結晶コアが浮かび上がった。結晶から溢れ出した紐状のエネルギーが悪食の腕を弾き飛ばす。
結晶コアが回転するたびに飛び出した黒い液体が空間に充填され、触手の鞭が光を反射して浮かび上がる。数十キロに及ぶ長い長い触手が八本も蠢めいている。そしてドームのように巨大な丸い頭部。光を飲み込む漆黒の機体が動き出し、大地の全てをひき潰していく。
タコ型迷彩機動兵器・デモンドゥームが顕現する。これは魔法少女が活躍する世界で彼方が敵幹部から強奪した兵器、悪の道を進む敵幹部が扱う魔の神の機の一つである。
悪食とデモンドゥームが激突する。いまや東京中が戦いの舞台だった。
悪食が太い尻尾を振り回してデモンドゥームの頭部へ強烈なスイングを叩き込む。デモンドゥームは大きく吹き飛ばされるが、八本の足で踏み留まって素早く触手を絡ませる。
悪食は迷わず黒い触手に思い切り噛み付いた。三度噛んだだけで触手は悪食の身体に取り込まれ、今度は悪食の尻尾が鞭のように長く変化する。
「あははは、ビジュアルが逆だろ! 私がヴィラン側なのに、これじゃあ怪獣退治の超兵器みたいじゃないか!」
彼方は心の底から笑った。こんなに楽しかったことは今まで一度もなかった。
世界に君臨する組織の奥の手を出しても、神威は一切物怖じしないどころか大怪獣で正面から対抗してくる。どこまでも神威は追ってくる、神威のおかげで私はまだまだ強くなれる。もっと先へ、もっと先へ!
体長数百メートルものロボと怪獣が殴り合うその上で、彼方と神威も戦闘を開始する。
デモンドゥームの触手が真下から神威を次々に襲い来る。その全てを虹色の長刀で切断し、神威は彼方に向けて走る。彼方の足元でも悪食の尻尾が唸る。迫る棘をローラーブレードで叩き折り、そのまま神威の刀を蹴り飛ばして受け流す。
「彼方はほんとに神威ちゃんが好きなんやな。あんな楽しそうなの初めて見たわ」
「そーかな。私は見飽きちゃった。いつもあんなもんだし」
此岸は鉄骨の上に座って頬杖を突いていた。その隣に妖精サイズの灰火がふわふわと浮かぶ。
もう展望台の床は消し飛んでいる。赤く塗られた鉄骨が唯一の足場だ。タワーは十数か所も寸断されていたが、崩落せずに奇妙なバランスで凍り付いている。此岸が「不壊」と走り書きした世界便を隙間に差し込んだからだ。
「灰火ちゃんは彼方と仲良うやっとるんか? いつも一緒なんやろ」
「私と彼方の間にそーいう評価軸はないよ。同一人物だからね。考えも感覚も好感度もいつでもわかるよーな相手とどーこーなれるわけないんだ。あれ、てことは此岸も私の義理のお姉ちゃんってことになるのかな」
「あはは、そりゃええな。でもな、うちは灰火ちゃんのこと嫌いやないけど、それでもうちの妹は彼方だけや。彼方が幸せにやってるのがうちにとって一番大事なことや」
「わかりやすくシスコンだね。私にも妹がいたことはあるけど、此岸の感じとはずいぶん違ったかな」
「お姉ちゃん同盟やんか。過去形なのは突っ込んでもええんか?」
此岸と灰火が座る一メートルほど上を熱線が一閃した。
彼方がマルチツールに改造を重ねて組み込んだ、刃渡り数キロもある超長電子剣である。それは悪食の身体に深い傷を残すが切断するには至らない。
悪食は自らの皮膚に噛み付いた。やはり三噛みで自分の体表を消化し、エネルギーとして自分の身体を再構築する。続いて空中で口を動かして光を食らい、復讐と言わんばかりに彼方目がけて熱線レーザーを放つ。
彼方のローラーブレードに青い魔法陣が浮かび、氷の盾がレーザーを曲げる。曲がったレーザーの直撃を受けた川が一瞬で干上がった。
「別に話してもいーけど、此岸には理解できないと思うよ。姉とか妹とかだって、私にとっては寄生して交われば変わっていくステータスの一つでしかないんだから。気付いたら姉だったはずの私が妹の私にもなってるよーな有様なんだ。もしくは妹だったはずの私が姉の私に」
「それって寂しくないんか? 姉でも妹でもええけど、姉妹がいなくなるのはうちには耐えられん」
「区別の問題だね。私にとっている状態といない状態は全然違うわけじゃない。例えば蛆虫がそうだよ。どんなにいないことを確かめても、どこかにはいそーな気持ち悪さを完璧に消し去れることなんてないんだ。逆にいたらいたで皮膚の下とかに隠れちゃってすぐ見えなくなったりするし。私には線引きなんて見えないよ」
デモンドゥームの触手が大地を削り飛ばし、また鉄骨が大きく揺らいだ。東京タワーは不壊でも足元の地面が破壊されかけているのだ。此岸は胸元から虹色の便箋を新しく取り出すと、投げやりに「安全」と書いて地面に投げつけた。
「この旅だって終わりが来ないわけじゃないけど、終わりが来るわけじゃないんだ。もし完全に終わらないものがあるとしたらそれは無間地獄っていう一つの終わりの形だし、逆に完全に終わるものがあるとしたらそこから何をしても始まりなんだ。これはただの考え方、世界の見え方の話。此岸にはわかるかな?」
「うちにはようわからんわ。ただ、終わるとか終わらんとかいうのがどうでもええってところだけは同じ気持ちかな。彼方が良いならうちは何でもええから」
二人が駄弁っている間にもあたり一面が次々に焦土と化していく。東京に残る文化はもうこのタワーの周囲だけだ。世界便の影響下にあるお土産屋や入口だけが不自然に残り、それ以外は平坦な大地に変わり果てた。
一時間に及ぶ殴り合いの果てに魔神機と悪食は対消滅した。地面に降り立った彼方が終末器を踏みつける。
「このラウンドは一時休止だ。もっと君と遊びたくて仕方ないが、世界を滅ぼさないと君が追ってきてくれない。また会おう、神威。やはり私と張り合えるのは君しかいない。君が追い付いてきたときだけ私の人生は輝く。大好きだ、君のことを愛してる。きっと私たちはもっと強くなるし、世界はもっと始源へ近づく。いつか世界の果ての果てで君を殺す」
空から虹のラインが一本降りてくる。レールの上で停車した次元鉄道の手すりを此岸が掴んだ。乗り込んだ柵越しに灰火に振り返る。
「またな。彼方のことを宜しくって、灰火ちゃんに言ってもあんま意味ないんやろね」
「そーだね。わからないことがわかる人ってそれなりに貴重だから、此岸のこと嫌いじゃないよ。そんじゃーね、暫定お姉ちゃん」
天高くから大きな手が一組降ってきた。
第一撃のパーが東京二十三区を丸ごと圧し潰し、第二撃のグーが深さ数キロに及ぶクレーターを大地に刻んだ。続けて組んで合わせた手が地面に振り下ろされ、生じた亀裂は地殻まで達した。煮え滾る星のマグマが吹き出す。
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