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第14章 別に発狂してない宇宙
第77話:別に発狂してない宇宙・4
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もう何度目か。世界をアセンションするのは。
彼方は机の前に一人座っていた。とても大きな四角い木の机は数十脚もの椅子に囲まれており、同じ机と椅子のセットが大広間にいくつも整然と並んでいる。
しかし人の気配は全く無く、代わりに成熟した木の香りがあたりをうっすらと包んでいるばかりだ。壁一面に並んだ本の背表紙は偏執的に整頓されて凸凹一つなく、天井から下りるシャンデリアから釣り下がるツタでさえ律儀に切り揃えられている。
静寂に包まれた中、カチカチという歯車の乾いた音だけが響いている。周期の異なる系列が数千以上も重なり、繰り返しのないアトランダムな音を構成していた。メロディというには味不足だが、澄んだ響きは心地よく頭に入ってくる。
「……」
音の発生源は機械仕掛けのからくり人形たちだ。
あちらこちらで動き回っている人形は茶色とも銀色とも付かない、ステンレスと木材の合いの子のような奇妙な素材で出来ていた。同心円状の年輪模様が入った木材と、曇りなく光を反射する金属がマーブル状に混じり合っているのだ。二つの素材の間には境界がなく、全くの異種が融合して連続的に変化している。
どの人形も館内を歩き回っている。彼方のように椅子に座っているものは一体もいない。皆が本を持ったり置いたりしながら、空中にかかった回廊や無数の棚の前をせかせかと動き回っている。利用者というよりは管理人か司書的なものかもしれないと思ったとき、案の定、きょろきょろしている彼方の姿を認めた人形の一体が近付いてきた。
「何カオ探シデすか?」
聞き取りやすい合成音声を発する人形。
その顔には目や口のパーツが付いてはいるが、発声に連動して動くことはない。移動する軌道も反復的で遊びが無いものだった。親切に声をかける割にはコミュニケーション動作が組み込まれていない。サイバーパンク世界にありがちな、無用な人間臭さを求めるフェチズムは見られない。
「フィクションを探している」
「ドノヨウナ?」
「世界一高い赤い塔、空より訪れる恐怖の大魔王、ストリートファッションの流行……」
「検索結果16件。絞リ込ミます。空ノ色ハ?」
「青」
「フロートフォンハ存在シますカ? モシクハ、クラウドフォン」
「ない。二つ折りの物理携帯」
「検索完了シマした。コチラヘ」
歩き出す人形に付いていく。歯車が導く二足歩行はスムーズだ。
近くで見れば、その内部構造は思ったよりも緻密にできている。身体の構造を保つ最低限だけがフレームで与えられ、内側では一ミリにも満たない微小な歯車が綺麗に噛み合って回っている。身体の内側で回転する大小様々な歯車の動力を緑色のツルが伝達していた。有機と無機が混じり合った部品が滑らかに連動して人形を動かす。
人形と彼方は壁際の大きな棚の前で止まった。棚には本がズレなく詰まっており、どの背表紙にも何も記載されていない。人形は円筒状の腕を直線に伸ばし、上から二段目の本を回収して彼方に渡した。
「ドウゾ」
「どうも」
受け取った本は木製カバー、まるで小さな木箱のようだ。
表紙を開くと内側は白い紙にカラー印刷。そこには先ほどまでいた世界の地図や文化が詳細に記載されている。1999年の東京、ようやく日本にインターネットが普及し始めた時代。携帯端末にもウェブ閲覧機能が搭載され、大型掲示板が稼働し始めた頃。とはいえ、既に滅ぼされてしまった世界ではそこが終着点だ。
「エモ。これは架空旅行記みたいなやつかな、作者の記載がないけど」
気付けば背中に翅を生やした小さな灰火が本を覗き込んでいた。
「それも創造の形の一つだ。作者不詳の物語なんて山ほどある」
「まー何でもいいけどね。どーせこの世界でもいきなり意味不明で独りよがりな宣戦布告をして、図書館に火をつけて人形を全部叩き壊したらゲームクリアだから」
「それでもいいが、からくり人形が戦闘ユニットなのか背景アセットなのかもまだわかっていない。もう少しくらいはラスボスを探してみるさ」
終末器で世界を移動したときにまずやることは二つある。
一つは転移前の世界の情報を確認すること。創造者の世界を逆創造して転移するのが終末器の機能であり、転移先の世界のどこかには先ほどまでいた世界の情報が必ずフィクションとして存在している。いまやフィクションになった世界の情報を知ったところで得をするわけでもないが、クリアステージの詳細を確認したくなってしまうのはゲーマーのサガだ。
もう一つは転移先の世界でのラスボスを特定すること。こちらは目的に直結した重要な作業だ。世界の最大戦力を倒して滅ぼすことこそ世界のゲームクリアなのだから。とはいえ世界によって手順はまちまちで、決まったパターンはない。しばらくは地道に調べてみて、はっきりしなかったら軽く暴れてみるのがとりあえずのセオリーではある。
彼方は本を閉じた。人形に返しながらいつもの質問を口にする。
「君らにとって一番重要な存在は?」
「こあ・もーたーです。我々ノ身体ハ一ツノもーたーカラ全テノ歯車ガ連動シテ動イテイますノデ」
「私の聞き方が悪かった。集団として最も偉い者か最も強い者、統治者か長のようなものはいるかという意味だ」
「創造主ガオラレます」
「それはどんなやつだ?」
「世界ヲ創始シ、全テヲ始メタ人物です」
人形が再び腕を伸ばして本を棚に返す。本は一分の隙間もなくピッタリと収まり、背表紙が完全な平面を再構成した。どの本がさっきまで読んでいたものか、一度目を離すともうわからなくなる。
「へー良かったね、創造主だって」
「まだわからない。ただちょっと強いだけのやつが増長して創造主を名乗っていることもよくある。それにもし本当にこの世界を創始した者がいたとして、それでも可能性はまだ二つある」
「この世界ローカルの創造主か、私たちが通ってきた世界全てを始めたグローバルな創造主かってこと」
「後者なら嬉しいが、前者なら倒して終わりだ」
「どーせやること変わらないしどっちでもよくないかな」
「正しい。そいつはどこにいる?」
「ワカリマせん。創造主ハコノ世界ヲ創造シタノチ、スグ去ッテシマッタト言ワレテイます」
「手がかりはあるか? 辛うじて会えそうな場所とか、アイテムでも何でもいいが」
「世界ノ創造ヲ記念スルもにゅめんとガアリます」
「案内してもらっても?」
「承知シマした」
人形が再び歩き出す。広間を出て少し狭く入り組んだ廊下へ入っていく。
廊下には装飾の類がさっぱりなかった。カーペットや照明すらなく、床と壁までもが例の木と金属のマーブル模様。上下左右の区別が付きにくく、からくり屋敷を歩いているようだ。数メートルごとにカクカク曲がったり動きが落ち着かない。
しばらく歩くと廊下の壁が四角く空いた場所に行き当たる。扉のない出入口から彼方と灰火と人形は外に出た。
「小学生がてきとーに描いた落書きみたいだね」
「同感」
図書館が建っているのは緑一色の芝生の上、そして雲一つない青空の下。
外から見る図書館の壁面も人形の素材と同じだ。茶と銀が混ざり合ったもので、継ぎ目や構造のようなものも見当たらなかった。建材を組み合わせたというよりは、最初からこんな形でニョキニョキと生えてきたかのようだ。
図書館以外に建物は何も見当たらない。太陽すらもなく、光が何となく降り注いでいるだけだ。芝生は地面に垂直に全く同じ長さで伸びていて、完全に無風の屋外ではさざめくこともない。格子上で等間隔に生えている草は電子部品のように見えた。
足元を軽く蹴るが、土が跳ねたりもしない。芝生は真っ白い平面の上にそのまま生えている。図書館の出入口に扉が無いのは、開け放したところで入ってくる土や虫や風が存在しないからだろう。
「この世界の創造主さんはずいぶん投げやりに作ったみたいだね。あんま彼方と性格合わなさそーだけど、それはそれでボコボコにしやすそーだからいっか」
「やることは変わらない。黒幕がいればいいが、抵抗しないならしないでもいい。神威が来ればいいが来なくてもいい。私は敵を倒して終末器を押すだけだ」
「ふーん、今回はいつにもまして行き当たりばったり。この迷路っぽい通路みたいに人生は立ち行かないね」
「そうでもないぜ。私には優秀なセンサーがあるからな」
隣りをふわふわ飛んでいる灰火の小さな身体をむんずと鷲掴みにする。虫の塊の身体は全体としてはモチモチとしていて、毛並みの生えそろっていない動物の赤ちゃんを思い出す。
「うお」
「行ってこい」
そのまま腕をぐるりと回し、真上に向かって全力でブン投げた。小さい身体がロケットのように空高く打ち上がる。
その姿が見えなくなってから、彼方は一秒ほど左目を閉じて視界を同期した。灰火からの視界情報、すなわち世界の鳥瞰図が脳内に流れ込んでくる。
第一印象は「丸い古銭みたいな浮島」だった。この図書館は芝生の緑一色で描かれた真円の上に建っている。緑の外側はどこまでも真っ黒に塗り潰されており、外には黒い何かがあるのか、何もないのか、立ち入れるのかどうかもよくわからない。
円の中心あたりにあるマーブル色の四角い正方形がこの図書館だ。少々入り組んだ形をしているが、全体としては概ね四辺で囲ったロの字型をしている。今いるのは図書館が囲む吹き抜けのような中庭だった。
「なるほど。これが創造を記念するモニュメントか」
彼方は人形を追い越し、ミニマップを頼りに中庭の中央部に移動する。そこには大きな台座があった。
上空の蛆虫から見れば小さな正方形だが、すぐ近くの彼方から見れば約三メートル四方で腰までの高さの土台。その上には小さな木箱が一つ乗っている。他のオブジェクトと同じで装飾は何一つ付いていない無骨な直方体。安置された供物のようにも見えるし、取るに取らない忘れ物か何かのようにも見える。
しかしわざわざ世界の中心にあるものだ。調べてみる価値はある。
「これはどのくらい前からここにある?」
「ワカリマせん。我々ガ持ツ時間型ノ下限ヨリモ古イカラです」
「調べても?」
「構イマせん」
彼方は木箱を手に取った。一応人形の方をちらと振り向くが、特に止めようという素振りもなく突っ立ったままだ。そのまま蓋を外して開ける。
「これは……タブレット?」
彼方は机の前に一人座っていた。とても大きな四角い木の机は数十脚もの椅子に囲まれており、同じ机と椅子のセットが大広間にいくつも整然と並んでいる。
しかし人の気配は全く無く、代わりに成熟した木の香りがあたりをうっすらと包んでいるばかりだ。壁一面に並んだ本の背表紙は偏執的に整頓されて凸凹一つなく、天井から下りるシャンデリアから釣り下がるツタでさえ律儀に切り揃えられている。
静寂に包まれた中、カチカチという歯車の乾いた音だけが響いている。周期の異なる系列が数千以上も重なり、繰り返しのないアトランダムな音を構成していた。メロディというには味不足だが、澄んだ響きは心地よく頭に入ってくる。
「……」
音の発生源は機械仕掛けのからくり人形たちだ。
あちらこちらで動き回っている人形は茶色とも銀色とも付かない、ステンレスと木材の合いの子のような奇妙な素材で出来ていた。同心円状の年輪模様が入った木材と、曇りなく光を反射する金属がマーブル状に混じり合っているのだ。二つの素材の間には境界がなく、全くの異種が融合して連続的に変化している。
どの人形も館内を歩き回っている。彼方のように椅子に座っているものは一体もいない。皆が本を持ったり置いたりしながら、空中にかかった回廊や無数の棚の前をせかせかと動き回っている。利用者というよりは管理人か司書的なものかもしれないと思ったとき、案の定、きょろきょろしている彼方の姿を認めた人形の一体が近付いてきた。
「何カオ探シデすか?」
聞き取りやすい合成音声を発する人形。
その顔には目や口のパーツが付いてはいるが、発声に連動して動くことはない。移動する軌道も反復的で遊びが無いものだった。親切に声をかける割にはコミュニケーション動作が組み込まれていない。サイバーパンク世界にありがちな、無用な人間臭さを求めるフェチズムは見られない。
「フィクションを探している」
「ドノヨウナ?」
「世界一高い赤い塔、空より訪れる恐怖の大魔王、ストリートファッションの流行……」
「検索結果16件。絞リ込ミます。空ノ色ハ?」
「青」
「フロートフォンハ存在シますカ? モシクハ、クラウドフォン」
「ない。二つ折りの物理携帯」
「検索完了シマした。コチラヘ」
歩き出す人形に付いていく。歯車が導く二足歩行はスムーズだ。
近くで見れば、その内部構造は思ったよりも緻密にできている。身体の構造を保つ最低限だけがフレームで与えられ、内側では一ミリにも満たない微小な歯車が綺麗に噛み合って回っている。身体の内側で回転する大小様々な歯車の動力を緑色のツルが伝達していた。有機と無機が混じり合った部品が滑らかに連動して人形を動かす。
人形と彼方は壁際の大きな棚の前で止まった。棚には本がズレなく詰まっており、どの背表紙にも何も記載されていない。人形は円筒状の腕を直線に伸ばし、上から二段目の本を回収して彼方に渡した。
「ドウゾ」
「どうも」
受け取った本は木製カバー、まるで小さな木箱のようだ。
表紙を開くと内側は白い紙にカラー印刷。そこには先ほどまでいた世界の地図や文化が詳細に記載されている。1999年の東京、ようやく日本にインターネットが普及し始めた時代。携帯端末にもウェブ閲覧機能が搭載され、大型掲示板が稼働し始めた頃。とはいえ、既に滅ぼされてしまった世界ではそこが終着点だ。
「エモ。これは架空旅行記みたいなやつかな、作者の記載がないけど」
気付けば背中に翅を生やした小さな灰火が本を覗き込んでいた。
「それも創造の形の一つだ。作者不詳の物語なんて山ほどある」
「まー何でもいいけどね。どーせこの世界でもいきなり意味不明で独りよがりな宣戦布告をして、図書館に火をつけて人形を全部叩き壊したらゲームクリアだから」
「それでもいいが、からくり人形が戦闘ユニットなのか背景アセットなのかもまだわかっていない。もう少しくらいはラスボスを探してみるさ」
終末器で世界を移動したときにまずやることは二つある。
一つは転移前の世界の情報を確認すること。創造者の世界を逆創造して転移するのが終末器の機能であり、転移先の世界のどこかには先ほどまでいた世界の情報が必ずフィクションとして存在している。いまやフィクションになった世界の情報を知ったところで得をするわけでもないが、クリアステージの詳細を確認したくなってしまうのはゲーマーのサガだ。
もう一つは転移先の世界でのラスボスを特定すること。こちらは目的に直結した重要な作業だ。世界の最大戦力を倒して滅ぼすことこそ世界のゲームクリアなのだから。とはいえ世界によって手順はまちまちで、決まったパターンはない。しばらくは地道に調べてみて、はっきりしなかったら軽く暴れてみるのがとりあえずのセオリーではある。
彼方は本を閉じた。人形に返しながらいつもの質問を口にする。
「君らにとって一番重要な存在は?」
「こあ・もーたーです。我々ノ身体ハ一ツノもーたーカラ全テノ歯車ガ連動シテ動イテイますノデ」
「私の聞き方が悪かった。集団として最も偉い者か最も強い者、統治者か長のようなものはいるかという意味だ」
「創造主ガオラレます」
「それはどんなやつだ?」
「世界ヲ創始シ、全テヲ始メタ人物です」
人形が再び腕を伸ばして本を棚に返す。本は一分の隙間もなくピッタリと収まり、背表紙が完全な平面を再構成した。どの本がさっきまで読んでいたものか、一度目を離すともうわからなくなる。
「へー良かったね、創造主だって」
「まだわからない。ただちょっと強いだけのやつが増長して創造主を名乗っていることもよくある。それにもし本当にこの世界を創始した者がいたとして、それでも可能性はまだ二つある」
「この世界ローカルの創造主か、私たちが通ってきた世界全てを始めたグローバルな創造主かってこと」
「後者なら嬉しいが、前者なら倒して終わりだ」
「どーせやること変わらないしどっちでもよくないかな」
「正しい。そいつはどこにいる?」
「ワカリマせん。創造主ハコノ世界ヲ創造シタノチ、スグ去ッテシマッタト言ワレテイます」
「手がかりはあるか? 辛うじて会えそうな場所とか、アイテムでも何でもいいが」
「世界ノ創造ヲ記念スルもにゅめんとガアリます」
「案内してもらっても?」
「承知シマした」
人形が再び歩き出す。広間を出て少し狭く入り組んだ廊下へ入っていく。
廊下には装飾の類がさっぱりなかった。カーペットや照明すらなく、床と壁までもが例の木と金属のマーブル模様。上下左右の区別が付きにくく、からくり屋敷を歩いているようだ。数メートルごとにカクカク曲がったり動きが落ち着かない。
しばらく歩くと廊下の壁が四角く空いた場所に行き当たる。扉のない出入口から彼方と灰火と人形は外に出た。
「小学生がてきとーに描いた落書きみたいだね」
「同感」
図書館が建っているのは緑一色の芝生の上、そして雲一つない青空の下。
外から見る図書館の壁面も人形の素材と同じだ。茶と銀が混ざり合ったもので、継ぎ目や構造のようなものも見当たらなかった。建材を組み合わせたというよりは、最初からこんな形でニョキニョキと生えてきたかのようだ。
図書館以外に建物は何も見当たらない。太陽すらもなく、光が何となく降り注いでいるだけだ。芝生は地面に垂直に全く同じ長さで伸びていて、完全に無風の屋外ではさざめくこともない。格子上で等間隔に生えている草は電子部品のように見えた。
足元を軽く蹴るが、土が跳ねたりもしない。芝生は真っ白い平面の上にそのまま生えている。図書館の出入口に扉が無いのは、開け放したところで入ってくる土や虫や風が存在しないからだろう。
「この世界の創造主さんはずいぶん投げやりに作ったみたいだね。あんま彼方と性格合わなさそーだけど、それはそれでボコボコにしやすそーだからいっか」
「やることは変わらない。黒幕がいればいいが、抵抗しないならしないでもいい。神威が来ればいいが来なくてもいい。私は敵を倒して終末器を押すだけだ」
「ふーん、今回はいつにもまして行き当たりばったり。この迷路っぽい通路みたいに人生は立ち行かないね」
「そうでもないぜ。私には優秀なセンサーがあるからな」
隣りをふわふわ飛んでいる灰火の小さな身体をむんずと鷲掴みにする。虫の塊の身体は全体としてはモチモチとしていて、毛並みの生えそろっていない動物の赤ちゃんを思い出す。
「うお」
「行ってこい」
そのまま腕をぐるりと回し、真上に向かって全力でブン投げた。小さい身体がロケットのように空高く打ち上がる。
その姿が見えなくなってから、彼方は一秒ほど左目を閉じて視界を同期した。灰火からの視界情報、すなわち世界の鳥瞰図が脳内に流れ込んでくる。
第一印象は「丸い古銭みたいな浮島」だった。この図書館は芝生の緑一色で描かれた真円の上に建っている。緑の外側はどこまでも真っ黒に塗り潰されており、外には黒い何かがあるのか、何もないのか、立ち入れるのかどうかもよくわからない。
円の中心あたりにあるマーブル色の四角い正方形がこの図書館だ。少々入り組んだ形をしているが、全体としては概ね四辺で囲ったロの字型をしている。今いるのは図書館が囲む吹き抜けのような中庭だった。
「なるほど。これが創造を記念するモニュメントか」
彼方は人形を追い越し、ミニマップを頼りに中庭の中央部に移動する。そこには大きな台座があった。
上空の蛆虫から見れば小さな正方形だが、すぐ近くの彼方から見れば約三メートル四方で腰までの高さの土台。その上には小さな木箱が一つ乗っている。他のオブジェクトと同じで装飾は何一つ付いていない無骨な直方体。安置された供物のようにも見えるし、取るに取らない忘れ物か何かのようにも見える。
しかしわざわざ世界の中心にあるものだ。調べてみる価値はある。
「これはどのくらい前からここにある?」
「ワカリマせん。我々ガ持ツ時間型ノ下限ヨリモ古イカラです」
「調べても?」
「構イマせん」
彼方は木箱を手に取った。一応人形の方をちらと振り向くが、特に止めようという素振りもなく突っ立ったままだ。そのまま蓋を外して開ける。
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