ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第15章 世界の有機構成

第85話:世界の有機構成・6

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 今頭の中で何か大きな変動が起きようとしていた。ひっくり返った世界がもう一度ひっくり返る?
 いや、そうではない。これは解釈の問題だ。

「……」

 例えば、ゲーム攻略が連想ゲームのように進むことがある。
 「実はガードしながらジャンプ攻撃を重ねれば対空を防げるのでは?」。ある日ふと誰かが呟いたそんな気付きの言葉が、ネットを通じてたくさんのプレイヤーの目に触れる。その着想は別の誰かの中で発芽し、日々のゲームプレイを取り込みながら進化してまた新たな気付きを生む。戦略はアップグレードしながら次々に伝播していく。
 その情報が最初に呟いた人に戻って来たとき、それは何人もの人の手を渡って当初とは全く違う形になっている。そこに刺激を受けてまた新たな気付きを創造し、再びアイデアが流れ始める。こうなるともうどこが出発点だったかもわからない、終着点も誰にもわからない。この創造システムは誰か一人の頭の中ではなく、たくさんのゲーマーを巻き込んだ円環の中で成立しているのだ。
 発想は円環の中を回って変化し続ける。確実にぐるぐるとループして変化していく創造性の流れ。それぞれの発想が攻略を進めるネットワークを産出し、攻略を進めるネットワークがそれぞれの発想を産出する。
 立夏が気にしないのをいいことに、彼方は更に口に出してみる。



 世界の創造関係も同じだ。
 終末器が世界を滅ぼして再起動するたび、どの世界も崩壊することなく僅かずつ変化しているのは間違いないのだ。むしろ根拠なき起源という理不尽を退け、世界群のホメオスタシスを維持しながら発展できる構造は円環の周回しかない。
 創造を繰り返してまた最初に戻ってくること。そして創造された者が創造した者を創造すること。その営みを俯瞰すれば因果の壊れた不条理に思えるが、だからといって刻々と変わる全体を完全に把握している神などいない。
 実際、彼方が一度に滞在できるのは一つの世界だけだ。わかるのは今自分が円環の上のどこかを歩いているらしいということくらいしかない。こうしている今も彼方自身は普通に暮らしているように、実際に不条理の破滅を享受できる人間は誰もいない。
 神も因果も目的も無しで創造の連鎖だけが宇宙を成す、それが自己制作オートポイエーシスの円環構造。

「だとすれば、創造が陳腐化する原因は創造が一周したからではない。それはむしろ創造を生むための前提だ。本当の原因は、単に環が劣化したからだ」
「そういうこともたまにあるね。花壇にあまりにも安定した箱庭が出来ちゃって、時間が経っても何も変わらなくなることは。雨とか猛暑でも全然動じなくなっちゃう」
「それは良くない状態だ。我々は安定システムを提供する製造業者ではなく、創造の発露を楽しむ趣味人なのだから」

 安定と変化はトレードオフだ。環が長くなりすぎると長大な連鎖が色々な衝撃を完全に吸収してしまう。神威がもはや彼方を脅威とみなさなくなったように、彼方が真に創造的な敵に出会わなくなったように。

「本来の創造性を取り戻すためには、円環を新しく作り直すしかない?」
「そだね。でも作り直しは一からじゃなくて二からだよ」
「二?」
「そう。花壇には最低でも同じ種を二粒植えること。まあ別に三粒でも四粒でもいいっちゃいいけど、一粒だけは絶対にダメ」
「最初の一つが支配者になってしまうからか?」
「そだね~。そいつの機嫌一つで花壇全体が左右されるようになっちゃうんだ。そいつが調子良ければ皆元気だし、そいつが死んだら皆死ぬみたいな状態。それは生態系ってよりは独裁帝国だ。全然面白くないから、できるだけ同じように育つ種を二つ植えるのが一番いいね。だいたい同じくらいの力関係で協調したり反発したりする、そういう関係の苗が二つあるのがね」
「確かに、円環の最小構成要素は一ではなく二か。二つあれば行って戻ることができる。ループが成立する」

 かつて二人でブリーフィングをしていたときの記憶が蘇ってくる。攻略の課題に衝突するたびに立夏が魔法のように答えを編み出して彼方を導いたあのときのことを。記憶と違うのは立夏の目に花が刺さっていないことくらいだ。
 顔をじっと見つめられていることに気付いた立夏が手を振る。

「ちょっと、一目惚れしたとかやめてよね~。だいぶ前にもそういう変質者がいて面倒だったんだから」
「いや……ちょっと意外だっただけだ」
「何が?」
「見慣れなかったというか」
「そんなに変な見た目してるかな」
「逆だ。君くらい花が好きなら、目に活けるくらいのことはしていてもおかしくないから」

 それはほんの軽口のつもりだったが、立夏の動きは速かった。手元の花を折り取って何の躊躇もなく目に突き刺す。ただちに眼球が破裂する。

「いっっっ…………だ!」
「おいおい」

 反射的にヒールを使おうと手を伸ばす彼方を立夏は片手で制した。
 立夏は声にならない声で大きく叫ぶ。それは歓喜の声だった。文字通りに血の涙を流しながら大きく息を吸い、生まれて初めて呼吸をするように胸一杯に吸い込む。

「こんなやり方があったんだ! すごいすごい、私に活ければ良かったなんて、なんで今まで気付かなかったんだろう!」
「君がいいならいいが、あとは生花を植えるシリコンベースの義眼でも作るといい。君ならすぐにでも自作できるだろう」
「やけに詳しいね、私以外に目で花を栽培するやつがいるとは思えないけど。もしかして君と私ってどこかで会ったことあったりして?」
「そう、あれから私も……」

 続く言葉を彼方は飲み込んだ。これ以上は駄目だ。もう立ち去るべきだ、これ以上距離が縮まる前に。

「違うんだ。違わないけど、違うことにしないといけない。君ではないが、私は遠い昔に君みたいなやつを串刺しにしたことがあって、それからずっと思っていたことがある。もし私と彼女が違う出会い方をしていたら、私たちは友達にならずに済んだ。今がそのときなんだ。まだお互いに名前も聞いていない。だからここで別れて二度と思い出さないことにしよう」
「いいよ~、そんじゃね。あ、救急車だけ呼んどいてくれる?」

 そこで立夏は地面に倒れて意識を失った。元々体力のない立夏は消耗も早い。
 彼方はデモンドゥームの通信機能から近くの救急車に緊急ダイヤルを飛ばし、フェンスを一歩で飛び越えた。校舎を振り返らずに歩き去る。
 夜の静かな街で蛆虫の声が囁く。

「冷たいねー。せめて救急車が来るくらいまで待ってあげても」
「もう引き際だ。私は立夏を利用するだけの立場でいないといけない。対等な関係を結ぶべきではない」
「ふーん。なんでもいーけど、それでどーするの」
「もうやることは決まっている。世界も花みたいなものだから」
「わは、それって超ポエマー? それとも落語家志望?」
「結局、必要な最小構成要素は二ということだ。私と……」
「私?」
「お前じゃダメだ。そもそも私とお前は同一人物だから要素二つにならないし、お前ほど生態系に縁遠い生き物もいない」
「まーね。私の蛆っていつでもどこでも湧き出せるから環境なんて関係ないし。初動が一匹でも二匹でも十秒待てば蛆だらけ」
「だからやっぱり私にはあいつしかいない」

 ポケベルを打つ。明日卒業式の後、屋上にて待つ。
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