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第4章 アルカリ決闘戦
第19話:アルカリ決闘戦・2
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今日は朝から雨だった。それでも魔獣退治のルーチンは変わらない。
朝九時頃にはグループラインに芽愛から魔獣出没情報が流れてくる。今日の出現場所は中学校の屋上だった。この場所には先週の水曜日にも出ている。これで三度目だ。
まずは中学校に連絡を入れ、部活で来ている生徒には校舎から出ないように校内放送してもらう。そして御息と芽愛と麗華の三人で現地集合して屋上に出た。
屋上にいたのはトカゲ型の魔獣だった。これも前回と同じ。
青っぽい体色は水系の魔獣であることを示している。雨が降る屋外は魔獣にとって絶好の環境だったはずだが、圧倒的な戦力差の前では誤差でしかない。
魔法少女たちが扱える魔力は高まる一方だ。マイクの衝撃波はもう百メートル近く離れた場所にまで飛ばせるようになっている。今日もいつも通りに御息がマイクで動きを止め、ゴッドドールが叩き潰す。虫退治のような作業は十分もかからずに終わった。
「私と芽愛は着替えてから帰るから」
「そう、お疲れ様。それじゃ私は先に」
麗華が去ったのを見届けて、御息と芽愛は体育館横にあるプールの更衣室に入った。
もう八月も中盤に差し掛かった。
綺羅が魔獣退治に来なくなってからしばらく経ったが、それでも何の問題もなく魔獣を倒せている。
むしろ人数が減ったことで作業は効率化された。綺羅がいた頃はなんとなく活躍の見せ場を均等に回すように作戦を考えていたのかもしれない。倒すだけならば御息が動きを止めて芽愛がとどめを刺せば十分なのだ。
もう退治したあとに遊びに出かけたり一緒に昼食を取ったりすることもない。険悪になったわけではないが、別に毎日やる必要もないよねと自然消滅しただけだ。思えば今日はどこどこに行きたいと積極的に予定を立てていたのは綺羅だった。
「……」
御息はカジュアルなシャツへの着替えを終え、まだ湿った指先で自身のスマホを開く。
十五分前、ちょうど戦っている最中に一枚の画像が無言で送られてきていた。相手はホークテイマーこと緑山だ。
一週間前、芽愛に渡された連絡先を通じて緑山にメックホークのレーダー画面を送ってもらうように頼んだ。意外なことに、緑山は交換条件を付けることもなくあっさり応じた。それ以降、毎日律儀にレーダーの撮影画像が送られてくる。
今日のレーダーに表示されている光点は六つだ。魔法少女が麗華と御息と綺羅で三人、魔神機が芽愛と緑山で二柱、出現中の魔獣が一匹。それ以外に魔力を持つ者はいない。
緑山を完全に信じたわけではないが、プールで会ったとき嘘を吐いているようには見えなかった。とりあえずはその直感を信じる。
そう、疑うとすれば緑山ではない。
「……」
御息は自分の特異な性質をよく知っていた。すなわち「友人を疑える」という長所にして短所をだ。
正義を追求するあまりに周囲の不正義を見逃せない。その潔癖さは友人すら例外とせずに発動し、御息の人生に時折現れては周囲に膨大な傷跡をまき散らしていった。
最初にそれをやったのは小学三年生の頃にクラスの給食費が盗まれたときだ。
御息は全ての証拠をきっちり揃えて学級会で親友の一人を告発した。いきなり糾弾を受けた生徒は大泣きしたが、教師を巻き込んだ激しい口論の末に真実であることを認めざるを得なかった。給食費を盗んだ生徒は翌日には姿を消し、クラスメイト全員から距離を置かれるようになったのは御息だった。
御息とてこういう振る舞いが決して褒められたものでないとわかっている。真相が何であろうが、友人の告発は人間関係を完膚なきまでに破壊してしまう。疑われた者は心を閉ざし、御息の心は痛むばかりで爽快感などない。
しかし自分を含めた一人二人が苦しむくらいで大勢の人々が救われるなら、そうしなければいけないときはあると思う。この町を守るために必要なコストは喜んで自分が支払おう。
それが正義と秩序を守る魔法少女の責務だから。
「……」
御息はすぐ近くで着替える芽愛を見た。芽愛は濡れた制服から乾いた制服へと着替えているところだった。
出会ってからだいぶ経ったが、芽愛には不可解なところがまだまだ多い。当時と同じ高校生の姿なのは謎のままだし、常に制服しか着ないのもよくわからない、他の服を持っていないのだろうか。どこに住んでいるのかも不明だ。
そしてもし仮に魔獣を生み出す手段があるとして、それを最も使いやすい立場にいるのは芽愛だ。
芽愛は魔獣を探知するレーダーを所持しているため、いつも現場に最も早く到着している。状況証拠だけで言えば芽愛が黒幕である蓋然性は低くない。
だが、それでも芽愛が悪人であるとは御息には全く思えなかった。芽愛と共に戦う中で、彼女は本心から町を心配して活動していると確信したからだ。
戦っている最中に振る舞いの一つ一つから気遣いや配慮が滲み出ている。ゴッドドールで攻撃をするとき、可能な限り道路や建物を傷つけないように細心の注意を払っている。どうしても町を破壊せざるを得ないときは僅かに眉の端が下がる。
芽愛は信頼できる仲間だと思う。これは御息の独断だが、信頼の責任を自分で支払える程度には大人になったと信じたい。
だから意を決して、芽愛が着替えを終えたところを見計らって声をかけた。
「芽愛、少し話がある。これは私の考えすぎっていう前提で聞いてほしいんだけど」
「聞くよ。座ったら?」
芽愛は手近な長椅子に座った。更衣室の細長い椅子では向かい合うのではなく隣り合う座り方になる。
「私は綺羅が怪しいと思ってる」
朝九時頃にはグループラインに芽愛から魔獣出没情報が流れてくる。今日の出現場所は中学校の屋上だった。この場所には先週の水曜日にも出ている。これで三度目だ。
まずは中学校に連絡を入れ、部活で来ている生徒には校舎から出ないように校内放送してもらう。そして御息と芽愛と麗華の三人で現地集合して屋上に出た。
屋上にいたのはトカゲ型の魔獣だった。これも前回と同じ。
青っぽい体色は水系の魔獣であることを示している。雨が降る屋外は魔獣にとって絶好の環境だったはずだが、圧倒的な戦力差の前では誤差でしかない。
魔法少女たちが扱える魔力は高まる一方だ。マイクの衝撃波はもう百メートル近く離れた場所にまで飛ばせるようになっている。今日もいつも通りに御息がマイクで動きを止め、ゴッドドールが叩き潰す。虫退治のような作業は十分もかからずに終わった。
「私と芽愛は着替えてから帰るから」
「そう、お疲れ様。それじゃ私は先に」
麗華が去ったのを見届けて、御息と芽愛は体育館横にあるプールの更衣室に入った。
もう八月も中盤に差し掛かった。
綺羅が魔獣退治に来なくなってからしばらく経ったが、それでも何の問題もなく魔獣を倒せている。
むしろ人数が減ったことで作業は効率化された。綺羅がいた頃はなんとなく活躍の見せ場を均等に回すように作戦を考えていたのかもしれない。倒すだけならば御息が動きを止めて芽愛がとどめを刺せば十分なのだ。
もう退治したあとに遊びに出かけたり一緒に昼食を取ったりすることもない。険悪になったわけではないが、別に毎日やる必要もないよねと自然消滅しただけだ。思えば今日はどこどこに行きたいと積極的に予定を立てていたのは綺羅だった。
「……」
御息はカジュアルなシャツへの着替えを終え、まだ湿った指先で自身のスマホを開く。
十五分前、ちょうど戦っている最中に一枚の画像が無言で送られてきていた。相手はホークテイマーこと緑山だ。
一週間前、芽愛に渡された連絡先を通じて緑山にメックホークのレーダー画面を送ってもらうように頼んだ。意外なことに、緑山は交換条件を付けることもなくあっさり応じた。それ以降、毎日律儀にレーダーの撮影画像が送られてくる。
今日のレーダーに表示されている光点は六つだ。魔法少女が麗華と御息と綺羅で三人、魔神機が芽愛と緑山で二柱、出現中の魔獣が一匹。それ以外に魔力を持つ者はいない。
緑山を完全に信じたわけではないが、プールで会ったとき嘘を吐いているようには見えなかった。とりあえずはその直感を信じる。
そう、疑うとすれば緑山ではない。
「……」
御息は自分の特異な性質をよく知っていた。すなわち「友人を疑える」という長所にして短所をだ。
正義を追求するあまりに周囲の不正義を見逃せない。その潔癖さは友人すら例外とせずに発動し、御息の人生に時折現れては周囲に膨大な傷跡をまき散らしていった。
最初にそれをやったのは小学三年生の頃にクラスの給食費が盗まれたときだ。
御息は全ての証拠をきっちり揃えて学級会で親友の一人を告発した。いきなり糾弾を受けた生徒は大泣きしたが、教師を巻き込んだ激しい口論の末に真実であることを認めざるを得なかった。給食費を盗んだ生徒は翌日には姿を消し、クラスメイト全員から距離を置かれるようになったのは御息だった。
御息とてこういう振る舞いが決して褒められたものでないとわかっている。真相が何であろうが、友人の告発は人間関係を完膚なきまでに破壊してしまう。疑われた者は心を閉ざし、御息の心は痛むばかりで爽快感などない。
しかし自分を含めた一人二人が苦しむくらいで大勢の人々が救われるなら、そうしなければいけないときはあると思う。この町を守るために必要なコストは喜んで自分が支払おう。
それが正義と秩序を守る魔法少女の責務だから。
「……」
御息はすぐ近くで着替える芽愛を見た。芽愛は濡れた制服から乾いた制服へと着替えているところだった。
出会ってからだいぶ経ったが、芽愛には不可解なところがまだまだ多い。当時と同じ高校生の姿なのは謎のままだし、常に制服しか着ないのもよくわからない、他の服を持っていないのだろうか。どこに住んでいるのかも不明だ。
そしてもし仮に魔獣を生み出す手段があるとして、それを最も使いやすい立場にいるのは芽愛だ。
芽愛は魔獣を探知するレーダーを所持しているため、いつも現場に最も早く到着している。状況証拠だけで言えば芽愛が黒幕である蓋然性は低くない。
だが、それでも芽愛が悪人であるとは御息には全く思えなかった。芽愛と共に戦う中で、彼女は本心から町を心配して活動していると確信したからだ。
戦っている最中に振る舞いの一つ一つから気遣いや配慮が滲み出ている。ゴッドドールで攻撃をするとき、可能な限り道路や建物を傷つけないように細心の注意を払っている。どうしても町を破壊せざるを得ないときは僅かに眉の端が下がる。
芽愛は信頼できる仲間だと思う。これは御息の独断だが、信頼の責任を自分で支払える程度には大人になったと信じたい。
だから意を決して、芽愛が着替えを終えたところを見計らって声をかけた。
「芽愛、少し話がある。これは私の考えすぎっていう前提で聞いてほしいんだけど」
「聞くよ。座ったら?」
芽愛は手近な長椅子に座った。更衣室の細長い椅子では向かい合うのではなく隣り合う座り方になる。
「私は綺羅が怪しいと思ってる」
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