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第7章 放課後のアクエリアス

第39話:放課後のアクエリアス・6

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 首に当てたナイフを引き切ろうとしたまさにその瞬間、地面から声が上がる。

「いやちょっと待った! ストップストップ」
「なに……ようやく言う気になった? それとも命乞い?」
「今の言葉をもう一回言ってくれ」
「マジカルレッドでもきっとこう……ちょっとあの、とどめの台詞を復唱するの恥ずかしいんだけど」
「恥を抑えて、その一つ前を」
「私だってあなたのことが好きだけど……」
「二階のベッドの裏」
「は?」
「妖精の死体は二階のベッドの裏に隠した。どうせどこでも大して変わらないかなと思って、割とベタな場所に」
「何いきなり、さっきまでの啖呵はどうしたの? 嘘で誤魔化すつもり?」
「そのフェイズは終わったね。全部解決したからもう別にいいんだ」
「どういうこと?」
「私は君が好き、君は私が好き。目標を達成したから、もう魔法の国を続ける理由がなくなった」

 芽愛の手が緩んだ。僅かに上を見て目を瞑り、そして下を見て目を開く。麗華は相変わらず汗まみれで息も荒いが、もういつもの読めない表情で転がっているばかり。

「まさかとは思うけど、魔法の夏をやり直したのは……」
「告白をやり直すためだ、こんな今際の際みたいなシチュエーションだとは思っていなかったけれど。だって君が言ったんじゃないか、『君と私は魔法の夏でしか出会わない関係だった』って。名前も住所も知らないし、君にまた出会うためには魔法の夏をもう一度始めるしかない。七年前は引き気味に断られたけど、今度こそ絶対に口説き落としてみせるって決意と一緒に」
「……いや、引いてたつもりはなかったんだけど。当時でも割と嬉しかった寄りだし」
「返答までが早かったじゃないか、三秒くらいしか考えてなかった。小学生の私はけっこう傷付いたんだぜ」
「だって、こっちは高校生だったし。小学生とはあんまり付き合わなくない?」
「そう、そこは少しネックだった。君が『高校生と小学生ってなかなか付き合わないしね』なんて言うから、そういう風潮を変えないといけなくてね。『あれ、高校生と小学生が付き合うのって割と普通じゃない?』みたいな雰囲気を作っておけば、君も考えを変えるかもしれないと思った」
「えっ……あのロリコン不審者活動ってそういうことだったの?」
「そういうことだよ。愛に年齢差なんて関係ないって証明したかったんだ」
「そんなの、こっちだって無理やり年齢を戻して合わせてたんだけど。二十四歳はちょっと趣味じゃないかなと思って」
「……思い出した。確かに『高校生が好きなの?』と聞かれて頷いたような記憶はあるけども」
「そう、それで小学生の癖に女子高生が大好きなのかなと思って。そもそもマジカルレッドが告白してきたのって高校生の私だし、そこだけがストライクゾーンだったら困るでしょ。だから朝起きたら十七歳に戻って制服着てから出かけてた。コスチュームは燃やしちゃったし、高校生の頃はそれしか服持ってなかったし」
「そんな相手の趣味に合わせて髪をセットするみたいなノリで年齢を下げるなよ。それにいくらなんでも女子高生が大好きな変態女子小学生だったわけなくないか? 会話の流れというか、そう聞かれたらそうかもしれないっていうだけで」
「私だって別に、七歳下が絶対NGって言ったつもりはなかったんだけど。断る理由にちょっと添えただけで」

 呻きながら上体を起こした。まだ肩から先は全く動かせないし、身体が揺れるだけでかきむしられるように痛い。

「結局、私たちはお互いに年の差を気にして埋め合わせようとしていたのか。それも相手がどうでもいいと思っていることを必死になって……」
「そもそも、もっと早くにちゃんと伝えていればこの戦いもやらなくて良くなかった?」
「そうだね。この話は夏休みの初日で終わっていてもよかった」

 馬乗りになっている芽愛にもたれかかる。紅潮した首元からはラベンダーと紅茶が混ざったような香りが漂っている。痛みを堪えて、腹いせのように顔をぐりぐり押し付けて喋る。

「私は再会した日からずっと君のことを全力で口説いているつもりだったんだけども。魅力的だ可愛いねって、何回言ったと思ってる」
「そういう声かけは撮影で慣れてたから、昔キッズモデルやってて。ドキドキしたけど勘違いかなって思ってた。小学生にもずっとそんな調子だし」
「確かに、それは私もちょっと悪かったよ。いやでも、綺羅や御息にはやらないじゃないか。そのくらいの分別はあるんだぜ」
「遠回しに褒めてないで、もっとはっきり言ってくれれば良かったのに。『まだ私のこと好き?』ってちゃんと聞いても答えなかったじゃん、会った日に」
「それは……『まだ』っていうのが引っかかってさ。当時は当時で一旦脇に置いといて、いま好きなことは態度で伝わってるかなと思って」
「はっきり言葉にしないと伝わらなくない?」
「お互いにね。私と付き合いませんか?」
「いいよ」
「ありがとう。じゃあ魔法の話はこれで終わって、あとは未来の話をしよう。子供は何人欲しい?」
「二人だけど……いや、何も解決してなくない? 魔法の方の話!」

 麗華の背中に回しかけていた腕を思わず跳ね上げた。その衝撃で麗華が呻き、ごめんと小さく謝ってから言葉を続ける。

「『妖精の魔法フェアリーギフト』は自分でも完全には打ち消せないんでしょ? だったら結局『破産魔法ロールバースト』でリセットするか、殺すかしかない」
「あるよ、全然ある。新しい設定もアイテムも必要ない。君も私も死なずに、『破産魔法ロールバースト』とやらも使わずに、魔法の国を終わらせるハッピーエンドがある。だからもう終わりって言ったんだ。私は愛と情熱のマジカルレッドだぜ。愛にできないことは何もないんだ」
「あなたを信じてないわけじゃないけど、そう言われても」
「話をちょっと戻そうか。そもそも『妖精の魔法フェアリーギフト』のアクティベートってどうやったと思う? 妖精の死体はもうただの無機物で、魔法を使うことなんて出来やしない」
「妖精を蘇生した?」
「違うよ。蘇生魔法なんて知らないし、もしあったとしてもまずそれを使うための魔力がないんだ。祈りとかそういうのでもなくて、もっと物理的で現実的な方法が必要だ」
「妖精を人形みたいに操るとか。糸と木でマリオネットみたいに」
「惜しい。ただ、命を吹き込むっていう方向性は間違ってないよ。でもどちらかと言うと逆かな。私が妖精に命を吹き込むんじゃなくて、妖精を私の命に吹き込むイメージだ。これが最大のヒント」
「……いや、わからないけど」
「正解は食事だ」
「何の?」
「妖精の。妖精の死体を食べれば『妖精の魔法フェアリーギフト』が使えるようになる。それが私が発見した唯一の方法」
「まさか、メルリンに翼が無かったのって」
「私がちょっとずつ食べていたからさ、まずは取り外しやすいところからね。覚えてる? 君と会った日に私が食べていたミートパイ、あれにも翼が入ってた。そういうわけだからとりあえず」

 麗華は芽愛の肩に顎を乗せた。

「一緒に食べようぜ。可愛い友達の死体を」
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