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第1章 錆びた魔剣
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薄暗い、窓すらない蔵の奥まった一角、そこには鈍い闇がわだかまっていた。ティナはその蔭の中に何かを見出そうとしていた。
何かある、いや、いる、なのか。暗闇に手を伸ばそうとした瞬間……
「危ない!」と挙げられたカイルの声に彼女は身を竦ませた、と、同時に大きな音を立てて金属の塊のようなものが彼女に向かって倒れこんできた。
間一髪、カイルがティナの二の腕を引き寄せて、金属の塊の下敷きになるのを防いだ。
「お、お嬢さん!」
「大丈夫か、ティナ?」
ティナが立っていたところに彼女の身長よりも長い金属の塊が倒れていた。
「あぶな……」とティナは言い、「ありがとう、カイル」
「怪我はありませんか、お嬢さん?」とドーハンが青ざめた。
ティナは足元に倒れた金属塊をじっと見つめた。
見たことがある……
古い記憶の奥で何かが疼いていた。彼女は確かに”それ”を知っていた。
ドーハンが歩み寄ってきて、その金属塊に手をかけた。
「これ、何でしょうね? う、うう、こりゃ、重い!」
「何かの材料じゃないのか? よし、俺も手伝うよ」若いドワーフと人間が力一杯、うんうんと唸りながら持ち上げようとするのに、それは動く気配すら見せない。
「儂も手伝おう」とウィルフレッドが歩み寄ろうとしたとき、
「……貸して」とティナが無表情に声を発した。
「重いですよ、お嬢さん、危ないから……」
言いかけたところでドーハンは息をのんだ。ティナが足元から軽々とその金属塊を持ち上げたのだ。
「え?」
「お嬢さん?」
「ティナ?」
居合わせた男たちが驚きに声を漏らした。
「……軽いよ、すごく軽い。まるで羽根みたい」とティナは応じた。
とりあえずティナはその金属塊を持って、蔵の外に出た。蔵の中は薄暗く、それが何なのか、判別できなかったからだ。残る三人もティナの後に続いて蔵を出ると、陽光の眩さに驚いた。
しかし…… それよりも大きな驚きは己の身長よりも長い金属塊を片手で軽々と持つティナの姿だった。
「いやあ、こりゃ……」とドーハンが持ち上げられた塊に目をやる。「我々ドワーフは人間よりも力持ちですが…… こいつは、まったく、たまげた……!」
ティナはその場に立てるようにして金属塊を支えた。その表面は汚らしく古い錆に覆われている、が、ティナの手元は持ち手のようになっており、ほかの部分よりは少しマシだ。
「柄のようなものがあるようだが……」とウィルフレッドが首をかしげる。
「剣? ですかね、師匠? こんなデカくて重いバスタ…… いや、グレートソードなんか、誰が使うんだろう? 俺たち二人がかりでも持ち上がりませんでしたよ?」
カイルはバスタードソードと言いかけてやめた。バスタードには”雑種”の意もあり、彼はティナを揶揄するその言葉が好きではなかった。
「ううむ、わからん……」
首をかしげる人間たちを後目にドーハンは慎重にその塊を観察している。
「……この表面の錆…… 本物じゃありませんな」と指先で塊を突いた。
「うん?」とウィルフレッドとカイルが目を瞬く。
「錆の塊のように見えますが、細工をしていますよ」言いながら指先で塊の表面を擦ると、ぼろぼろと錆の破片が彼らの足元の地面に落ちた。「錆びた鉄くずに偽装していますな」
「偽装……?」とウィルフレッドはいぶかしげな表情をし、カイルは首を傾げた。
「相当な値打ち物で、盗まれないように偽装していた、とか?」
「謎ですなぁ……」
ティナは相変わらずぼんやりとした様子で、じっと塊を見つめている。
「ティナ、おおい、ティナ? どうした? 大丈夫か?」
カイルの声に彼女は幾度か目を瞬き、ようやくその焦点が合った。
「え? うん、大丈夫だよ」それだけ言うと、彼女は深いため息を漏らした。「ふう、なんだか、変な感じ……」
「お前はいつも変だろ?」とカイルが軽口を返す。
「変じゃない」と応じてから、「ううん…… あたし、これを知っているような気がするよ」
表面の錆の偽装を擦っていたドーハンが目を上げた。
「見てくださいよ、これ……」
皆は彼が示す部分を凝視した。
「すごくきれいな金属ですよ。何て合金なのか、私にもわかりません。ただ、わかるのは相当すごい魔力があるってことくらいで……」
「魔力……」ウィルフレッドが目を上げた。
彼の知る限りでは魔銀を含んだ合金の武器や道具ですら、長期間放置されていれば魔力を温存することなどできはしない、貴族の持ち物の高級品ですら五年かそこら保っていればいい方だ。持ち主か、あるいは管理者が定期的に魔力を通し、メンテナンスしてやらなければ、道具に込められた魔力は枯渇してしまう。
どれほど放置されていたのかは不明だが、蔵の鍵が長らく隠されていたのだから、そこそこの長さだろう。十年か、あるいはそれ以上。もしかしたらティナやドーハンが知らないだけで、ボスコークが時折手を入れていたのかもしれないが……
「剣だとしたら…… すごい業物じゃありませんかね、師匠?」とカイル。
「ああ」
「……こいつは…… 伝説級の業物かもしれません」とドーハン。「お嬢さん、大丈夫ですか? よければこれを工房の作業台まで運んでもらえませんか? 表面の錆を落としてみましょう」
「うん」とティナは頷いた。
何かある、いや、いる、なのか。暗闇に手を伸ばそうとした瞬間……
「危ない!」と挙げられたカイルの声に彼女は身を竦ませた、と、同時に大きな音を立てて金属の塊のようなものが彼女に向かって倒れこんできた。
間一髪、カイルがティナの二の腕を引き寄せて、金属の塊の下敷きになるのを防いだ。
「お、お嬢さん!」
「大丈夫か、ティナ?」
ティナが立っていたところに彼女の身長よりも長い金属の塊が倒れていた。
「あぶな……」とティナは言い、「ありがとう、カイル」
「怪我はありませんか、お嬢さん?」とドーハンが青ざめた。
ティナは足元に倒れた金属塊をじっと見つめた。
見たことがある……
古い記憶の奥で何かが疼いていた。彼女は確かに”それ”を知っていた。
ドーハンが歩み寄ってきて、その金属塊に手をかけた。
「これ、何でしょうね? う、うう、こりゃ、重い!」
「何かの材料じゃないのか? よし、俺も手伝うよ」若いドワーフと人間が力一杯、うんうんと唸りながら持ち上げようとするのに、それは動く気配すら見せない。
「儂も手伝おう」とウィルフレッドが歩み寄ろうとしたとき、
「……貸して」とティナが無表情に声を発した。
「重いですよ、お嬢さん、危ないから……」
言いかけたところでドーハンは息をのんだ。ティナが足元から軽々とその金属塊を持ち上げたのだ。
「え?」
「お嬢さん?」
「ティナ?」
居合わせた男たちが驚きに声を漏らした。
「……軽いよ、すごく軽い。まるで羽根みたい」とティナは応じた。
とりあえずティナはその金属塊を持って、蔵の外に出た。蔵の中は薄暗く、それが何なのか、判別できなかったからだ。残る三人もティナの後に続いて蔵を出ると、陽光の眩さに驚いた。
しかし…… それよりも大きな驚きは己の身長よりも長い金属塊を片手で軽々と持つティナの姿だった。
「いやあ、こりゃ……」とドーハンが持ち上げられた塊に目をやる。「我々ドワーフは人間よりも力持ちですが…… こいつは、まったく、たまげた……!」
ティナはその場に立てるようにして金属塊を支えた。その表面は汚らしく古い錆に覆われている、が、ティナの手元は持ち手のようになっており、ほかの部分よりは少しマシだ。
「柄のようなものがあるようだが……」とウィルフレッドが首をかしげる。
「剣? ですかね、師匠? こんなデカくて重いバスタ…… いや、グレートソードなんか、誰が使うんだろう? 俺たち二人がかりでも持ち上がりませんでしたよ?」
カイルはバスタードソードと言いかけてやめた。バスタードには”雑種”の意もあり、彼はティナを揶揄するその言葉が好きではなかった。
「ううむ、わからん……」
首をかしげる人間たちを後目にドーハンは慎重にその塊を観察している。
「……この表面の錆…… 本物じゃありませんな」と指先で塊を突いた。
「うん?」とウィルフレッドとカイルが目を瞬く。
「錆の塊のように見えますが、細工をしていますよ」言いながら指先で塊の表面を擦ると、ぼろぼろと錆の破片が彼らの足元の地面に落ちた。「錆びた鉄くずに偽装していますな」
「偽装……?」とウィルフレッドはいぶかしげな表情をし、カイルは首を傾げた。
「相当な値打ち物で、盗まれないように偽装していた、とか?」
「謎ですなぁ……」
ティナは相変わらずぼんやりとした様子で、じっと塊を見つめている。
「ティナ、おおい、ティナ? どうした? 大丈夫か?」
カイルの声に彼女は幾度か目を瞬き、ようやくその焦点が合った。
「え? うん、大丈夫だよ」それだけ言うと、彼女は深いため息を漏らした。「ふう、なんだか、変な感じ……」
「お前はいつも変だろ?」とカイルが軽口を返す。
「変じゃない」と応じてから、「ううん…… あたし、これを知っているような気がするよ」
表面の錆の偽装を擦っていたドーハンが目を上げた。
「見てくださいよ、これ……」
皆は彼が示す部分を凝視した。
「すごくきれいな金属ですよ。何て合金なのか、私にもわかりません。ただ、わかるのは相当すごい魔力があるってことくらいで……」
「魔力……」ウィルフレッドが目を上げた。
彼の知る限りでは魔銀を含んだ合金の武器や道具ですら、長期間放置されていれば魔力を温存することなどできはしない、貴族の持ち物の高級品ですら五年かそこら保っていればいい方だ。持ち主か、あるいは管理者が定期的に魔力を通し、メンテナンスしてやらなければ、道具に込められた魔力は枯渇してしまう。
どれほど放置されていたのかは不明だが、蔵の鍵が長らく隠されていたのだから、そこそこの長さだろう。十年か、あるいはそれ以上。もしかしたらティナやドーハンが知らないだけで、ボスコークが時折手を入れていたのかもしれないが……
「剣だとしたら…… すごい業物じゃありませんかね、師匠?」とカイル。
「ああ」
「……こいつは…… 伝説級の業物かもしれません」とドーハン。「お嬢さん、大丈夫ですか? よければこれを工房の作業台まで運んでもらえませんか? 表面の錆を落としてみましょう」
「うん」とティナは頷いた。
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