謡う魔剣と少女の物語

たまぞう

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第2章 奴隷の兄妹

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 日の落ちた農道を小屋へと進んでいく二人の目の前に、馬に乗った男の姿が現れた。居丈高な肥え太った冷淡な顔、この農場の管理を任されている男だ。
「死体は片付けたか?」と男は少年に尋ねた。
「はい」と少年は答えた。
「そうか。明日からはお前が山に行け」と男。
 その言葉に兄妹は思わず顔を上げた。
「うん?」と男は持っていた鞭を妹の方に向けた。兄は咄嗟に妹を背に隠すように庇った、が、ぴしゃりと音を立てて、少年の頬に鞭が飛んだ。
「!」
 少年は思わずよろけた。それを後目に男は鞭を怯える妹に向け、その顎を上げさせた。
「……いくつだ?」
「……」
「歳を聞いている、さっさと答えろ」
「じゅ、13……」
 男は下卑た表情でにやりと笑った。
「後で部屋に来い。待てよ…… 臭いな。裏の川で体を洗ってこい」
「旦那様、どうか、妹だけは……!」
 兄が縋ろうとするのを、男は蹴り倒した。
「ぐだぐだ抜かすと晩飯を抜くぞ! ほれ、さっさと川で体を洗ってこい!」
 男は軽く馬の脇を蹴り、馬を歩かせ去っていった。
「兄ちゃん……」
「……」
「暗いから川までついて来てよ」
 これから行われようとしていることに妹が気付いているのか、いないのか、兄にはわからなかった。二人は連れ立って暗い道を川へと歩いていく。まばらな木立が彼らの姿を隠した。
「……逃げよう」と兄が囁いた。
 妹は顔を上げた、その眼には怯えがある。
「だめだよ、見つかったら、また鞭で……」
 妹の言葉を待つ気はなかった。兄は妹の腕を強く掴むと走り出した……

 どこをどう走ったのか、憶えてはいなかった。
 すぐに農場から追手がかかったが、猟犬の鼻は川でごまかした。兄は妹が傷つかないように体を覆うように抱きしめ、茨の茂みに身を潜めた。
「畜生、たかが奴隷のガキを追うために面倒くせぇ」追手の一人が吐き出すように言った。
「犬どもも川の水で臭いを追えねえな。適当にそこら辺を回って、さっさと帰ろうぜ。どうせ助平心を起こしてガキに手を出しただけだろ?」
「違ぇねえ。へっへっへ、鬼婆みてぇな奥方にバレたらまずいから、人手も割けねえってことさ!」と男は鼻先で笑った。「どれ、川下に行くか。ガキが流されたかもしれねえ」
「面倒くせぇなあ」
 追手の男たちは猟犬を引いて去っていく。兄妹はそっと安堵の吐息を漏らした。すっかり追手の気配が消え去るまで二人はじっと息をひそめ続けた。
「そろそろ行こう。棘に気を付けて……」
 二人は連れ立って林の中へと足を進めた。月の光も弱い木々の隙間を縫うようにただただ走り続けた。遠くで狼の遠吠えを聞き、闇に潜む獣の気配を感じつつ、それでも二人は足を緩めなかった。走って、走って、東の空を曙光が染める頃、ようやく彼らは足を止めた。
 二人で息を切らしながら、木の根に身を隠すようにしゃがみ込んだ。ひどく汗をかいているというのに、身体はがたがたと震えが止まらない。妹の顔を見ると目元に涙がにじんでいた。兄は言葉なく妹を抱きしめた。
「あんな奴の言いなりになるくらいなら…… 二人で死のう。父ちゃんと母ちゃんのいるところに行こう」
「兄ちゃん……」
 ようやく妹が表情を緩めた。
「死なないよ。兄ちゃんと私と…… 二人で生きていこうよ」
「メア……」兄はようやく体の震えがおさまってくるのを感じた。「このまま、森を歩いて近くの町まで行こう、そして仕事を見つけて静かに暮らそう」
「うん」と妹は頷いた。
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