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第2章 奴隷の兄妹
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衛兵に突き出すこともできたのだが、元より正義感の強い元騎士団長のウィルフレッドの義侠心が刺激されてしまった。奴隷などと聞いてしまっては、放って置くことができなくなったのだ。
彼は宿屋を探して戻ってきたジーンと合流すると兄妹を連れて、まずは宿屋で二人の垢を落とさせた。宿屋の裏手の井戸の水で流しただけでも大分マシになり、ジーンが急遽用意した服を着せると、見てくれだけはよくなった。
それから宿屋の食堂へと向かった。兄妹はこれが人生最後の食事でも後悔しないくらいによく食べた。
人心地ついて宿屋の部屋に戻る。三人で泊まるつもりの古びた宿屋の部屋は予期せぬ客人に少し手狭になった。
「悪いな、ティナ。こんな子供たちが奴隷だなどと聞いては、放っては置けなくてな」とウィルフレッドはティナに言った。
「全然! あたしだって、気になるよ。だって、奴隷の売買なんて大分前に禁止されていたでしょ?」
「そうだ。今の国王陛下の王位継承とともに禁止とされたのだ。陛下は人間は家畜のように売買されるべきではないとお考えなのだ。……しかし、闇ルートではまだ奴隷売買が行われている、これは正さなくてはならない」
そしてまだ怯えの消えてはいない兄妹に向き直った。
「そこに座りなさい」と彼は兄妹に質素なソファを示した。「お前たちの話を聞かせてくれ」
兄妹は顔を見合わせると指示されたとおりにソファに座った。
「儂はウィルフレッド、お前たちの名は?」
「僕はダニー、妹はメアと言います」と兄が答えた。「あ、あの、ごめんなさい。腹が減ってたとはいえ、人の物を盗もうとするなんて。本当にごめんなさい」
ウィルフレッドはティナの方を向いた。
「いいよ、怒ってないから。あたしはティナ。仲よくしよう?」
彼女の言葉に兄妹はにわかに緊張を解いた。
「お前たちは生まれつき奴隷だったのか?」とウィルフレッドは尋ねた。
「いいえ……」とダニーは答え、病弱な母の薬を買うために父が借金したこと、その甲斐もなく母が死んだこと、そしていくら働いても利子が膨れ上がってとうとう返せなくなり、三人とも奴隷商人に売られてしまったことなどを話した。
「父親はどうして死んだのだ?」とウィルフレッドは尋ねた。
「山に行って、大怪我をして死んでしまいました」と少年は答えた。
「山……?」
ウィルフレッドはちらりとジーンを見やった。ジーンはかすかに表情を強張らせた。
「鉱山の採掘かい?」とジーン。
「そうです。父が死んだので、今度は僕が山に行くようにと言われました。そして……」
「うん?」とウィルフレッドは促した。
「……その…… 妹に、その……」
メアはそっと目を伏せた。
「そうか、言わなくていい」とウィルフレッドは少年の言葉を遮った。「この辺りの農園といえば……」
「この辺一帯はゴルドウィン公爵家の領地です」とジーンが応じた。「公爵様は長らく引き篭っておいでとか」
「ううむ……」
「その、なんとか言う貴族様が悪いことしてるの?」ティナが直に尋ねた。
「まだわからぬな」とウィルフレッド。「ゴルドウィン公爵家は古い家柄だ、元々王家の傍流だったので、かつてミスリル採掘で栄えていたこの一帯の領有を認められたのだ」
「ふうん?」
「とはいえ、ミスリルが採れなくなって久しい、ゴルドウィン家の栄光も今では翳ってしまった」
ティナは首を捻った。
「ええと、でも、まだ採掘しているから、ダニーのお父さんは採掘場で怪我したんだよね……?」
「それが問題なんですよ」とジーンが言った。「裏鉱山かもしれません」
「裏鉱山?」
「ミスリルは貴重な鉱物だ」とウィルフレッドがティナに言った。「もしも新たに鉱脈が見つかれば、それは領主に知らせなくてはならないし、領主も国王陛下に報告が義務付けられている。それをせずに裏ルートで取引するのは大罪なのだ」
「……なるほど……」とティナは頷いた。「そういえば、ドーハンも言ってたね、ミスリル細工は王家御用達くらいだって……」
「そういうことだ」
「闇ルートで外国に持ち出されたら最後、もう追いかけようがありません。大切な国の財産が他国に流れてしまうということですよ」ジーンは言い、ダニーを向いた。「お父さんが鉱山に連れて行かれたのはいつ頃かな?」
「ええと…… 一年位前からです」
ジーンは表情を硬くした。
「公爵様が王都においでにならなくなったのも、一年かそこら前だったと思います」
「……詳しいな?」
「はい、上位の貴族の動向くらいは憶えておくように親父に叩き込まれておりますんで」とジーンは笑みを見せた。
「ティナ、剣のことで気が急くのはわかるが…… しばらく時間をもらうぞ、捨て置くわけにはいかない」
「うん、先生ならそう言うと思ったよ」と彼女は頷いた。
彼は宿屋を探して戻ってきたジーンと合流すると兄妹を連れて、まずは宿屋で二人の垢を落とさせた。宿屋の裏手の井戸の水で流しただけでも大分マシになり、ジーンが急遽用意した服を着せると、見てくれだけはよくなった。
それから宿屋の食堂へと向かった。兄妹はこれが人生最後の食事でも後悔しないくらいによく食べた。
人心地ついて宿屋の部屋に戻る。三人で泊まるつもりの古びた宿屋の部屋は予期せぬ客人に少し手狭になった。
「悪いな、ティナ。こんな子供たちが奴隷だなどと聞いては、放っては置けなくてな」とウィルフレッドはティナに言った。
「全然! あたしだって、気になるよ。だって、奴隷の売買なんて大分前に禁止されていたでしょ?」
「そうだ。今の国王陛下の王位継承とともに禁止とされたのだ。陛下は人間は家畜のように売買されるべきではないとお考えなのだ。……しかし、闇ルートではまだ奴隷売買が行われている、これは正さなくてはならない」
そしてまだ怯えの消えてはいない兄妹に向き直った。
「そこに座りなさい」と彼は兄妹に質素なソファを示した。「お前たちの話を聞かせてくれ」
兄妹は顔を見合わせると指示されたとおりにソファに座った。
「儂はウィルフレッド、お前たちの名は?」
「僕はダニー、妹はメアと言います」と兄が答えた。「あ、あの、ごめんなさい。腹が減ってたとはいえ、人の物を盗もうとするなんて。本当にごめんなさい」
ウィルフレッドはティナの方を向いた。
「いいよ、怒ってないから。あたしはティナ。仲よくしよう?」
彼女の言葉に兄妹はにわかに緊張を解いた。
「お前たちは生まれつき奴隷だったのか?」とウィルフレッドは尋ねた。
「いいえ……」とダニーは答え、病弱な母の薬を買うために父が借金したこと、その甲斐もなく母が死んだこと、そしていくら働いても利子が膨れ上がってとうとう返せなくなり、三人とも奴隷商人に売られてしまったことなどを話した。
「父親はどうして死んだのだ?」とウィルフレッドは尋ねた。
「山に行って、大怪我をして死んでしまいました」と少年は答えた。
「山……?」
ウィルフレッドはちらりとジーンを見やった。ジーンはかすかに表情を強張らせた。
「鉱山の採掘かい?」とジーン。
「そうです。父が死んだので、今度は僕が山に行くようにと言われました。そして……」
「うん?」とウィルフレッドは促した。
「……その…… 妹に、その……」
メアはそっと目を伏せた。
「そうか、言わなくていい」とウィルフレッドは少年の言葉を遮った。「この辺りの農園といえば……」
「この辺一帯はゴルドウィン公爵家の領地です」とジーンが応じた。「公爵様は長らく引き篭っておいでとか」
「ううむ……」
「その、なんとか言う貴族様が悪いことしてるの?」ティナが直に尋ねた。
「まだわからぬな」とウィルフレッド。「ゴルドウィン公爵家は古い家柄だ、元々王家の傍流だったので、かつてミスリル採掘で栄えていたこの一帯の領有を認められたのだ」
「ふうん?」
「とはいえ、ミスリルが採れなくなって久しい、ゴルドウィン家の栄光も今では翳ってしまった」
ティナは首を捻った。
「ええと、でも、まだ採掘しているから、ダニーのお父さんは採掘場で怪我したんだよね……?」
「それが問題なんですよ」とジーンが言った。「裏鉱山かもしれません」
「裏鉱山?」
「ミスリルは貴重な鉱物だ」とウィルフレッドがティナに言った。「もしも新たに鉱脈が見つかれば、それは領主に知らせなくてはならないし、領主も国王陛下に報告が義務付けられている。それをせずに裏ルートで取引するのは大罪なのだ」
「……なるほど……」とティナは頷いた。「そういえば、ドーハンも言ってたね、ミスリル細工は王家御用達くらいだって……」
「そういうことだ」
「闇ルートで外国に持ち出されたら最後、もう追いかけようがありません。大切な国の財産が他国に流れてしまうということですよ」ジーンは言い、ダニーを向いた。「お父さんが鉱山に連れて行かれたのはいつ頃かな?」
「ええと…… 一年位前からです」
ジーンは表情を硬くした。
「公爵様が王都においでにならなくなったのも、一年かそこら前だったと思います」
「……詳しいな?」
「はい、上位の貴族の動向くらいは憶えておくように親父に叩き込まれておりますんで」とジーンは笑みを見せた。
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