決められた運命

野々村

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取り戻す為に

取り戻す為に

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 武器屋の奥にある工房の二階にリリーシャは立っていた。
 下から吹き上げてくる熱気に青紫の宝石タンザナイトを思わせる眼を細めて耐えたリリーシャは、職人達が操る赤々と光る鉄の塊を見つめ続けた。
 元々レモンイエローの鮮やかな髪は鉄の燃える色でオレンジ色に見える。熱気で長い髪がゆっくり優しく揺れた。
 鉄を打つ高い音が耳を突き抜けて脳を揺らす。
 何時の頃からかは忘れてしまったが、その音をリリーシャは好きになっていた。
 理由は簡単だ。その音の先にはリリーシャが望む物が作られるから。魔物達を殲滅する武器になるから。
「………」
 その音を全身で感じるように眼を閉じると、下の方から鋭く大きな声で名前を呼ばれた。
「リリーシャ!」
「……コルマ」
 下を見ればリリーシャより少し年上のつり目の青年。今にも怒鳴りつけそうなその雰囲気を醸し出す青年を職人たちは一瞥するだけで、作業の手を止める事はない。いつもの事だと顔が言っている。
 錆びた梯子はしごを力強く握り締め、音を立てるように登ってくるコルマを不思議な顔で見つめていると、登りきった瞬間彼に似つかわしくない大きな声で怒られた。
「お前、本当に行くのかよ!」
 その言葉に悟ったのか、睨みつける鮮やかな赤茶の瞳から逃げる様に視線を逸らして呟いた。
「……コルマには関係ない」
「まだ、諦めてないって事だな」
「『諦める』? 馬鹿言わないで、ただ取り戻しに行くだけよ」
 ……奪われたものを。
 小さく呟かれた言葉を、コルマは聞かないフリをした。
 五年前、リリーシャの双子の弟は村を襲った魔物の軍団に連れ去られた。まだ十二歳の頃の事だ。
 あんなに自分を守る大人の手が煩わしいと思ったのは初めてで、目の前で昏倒した弟が荷物のように担がれ奪われたのは記憶から消し去ることは出来ない。
 他に家族が居ないリリーシャを家族として迎え入れようとしてくれる村の人も居たが、頑なに頷くことはなかった。
『どうして一人になった時だけこんなに優しくなるの? 私にだけ優しくする皆なんて……』
 二人のときは見て見ぬふりをして、一人でいるときは話しかけてくる村人を嫌だと思っていたが、邪険には出来なかった。
 まだ剣も持てない子供だったから。
 それからは家族の残してくれた畑で野菜を作って、簡単な罠で野ウサギを捕まえて必死に一人で暮らした。
 ただ、大切な弟を取り戻す為に。
「私がここに居る意味はもう無くなった」
「強くなったからか?」
「それもあるけど、やっと手がかりを見つけたのよ」
「手がかり?」
 錆びの付いた掌をズボンで拭っていたコルマに四つ折りした古ぼけた紙切れを渡すと、話は終ったと言いたげにリリーシャ一階へと飛び降りる。
 梯子を使うことなく降りる姿に、コルマは唖然とした。
「あ、おい……全く」
 咎める言葉を発そうとしたが、何を言っても仕方が無いと思ったのか、小さく溜息を吐いて薄茶色の髪を苛立たしげにかき混ぜる。それに紙の内容が気になるのだろう、直ぐに視線は折り曲げられた紙の方に向けられた。
 まるで近所のおばさんのように口を出してくるコルマをやり過ごせたと薄く笑う。
 だが、そんな彼女に苦笑いで声を掛けたのは工房の親方だ。
 彼は昔、旅をしていた武器商人だったが、何を思ったのか三年前にこの町で工房を立ち上げ、今ではたくさんのお弟子さんを抱えている人だ。
「リリーシャ、危ないから止めろといつも言ってるだろ」
「大丈夫、それにもうここに戻ってくる気は無いから」
「戻らないって、まさか……弟さんか」
「えぇ、やっと手がかりを見つけたの」
 笑みを浮べるリリーシャに親方は力なく肩を落とすと首を振った。
「気持ちは分からんでもないが、寂しくなるな」
 彼もまた、この町で大切な人を見つけ、守る者がいる人間になった。だからだろうか、リリーシャの弟の話を唯一親身になって聞いてくれる人だ。
「しかし」
 そう呟くと上で紙を見つめているコルマに視線をずらした。未だに紙を眺めては苦い顔をしている。
「……あいつはどうするんだ?」
「アイツ?」
「コルマだよ」
「……?」
 何の事だか分からずに首を傾げるリリーシャに溜息を吐くと「あいつもかわいそうに」と呟いて頬を流れる汗を拭って端に置いてある剣を指した。
 先日作ったばかりの新しい剣だ。グリップの部分は握りやすく、馬の皮を使っている。鞘も刃こぼれしないよう作られていて最高の出来だと言っていたのを聞いた覚えがある。
「やるよ」
「え?」
「あんなナマクラじゃあ直ぐに折れちまうからな、大切なモンを探しに行くならこれくらいは持っていかないと」
「……ありがとう」
 ぶっきらぼうに呟くと親方は嬉しそうに笑って「前祝だ」と言って背を向けた。
「弟さんを取り戻したら俺の所に連れてこいよ。そいつに合った立派な武器を作ってやる」
「……うん」
 この町に戻ってくるようにと、言ってくれるのが少し嬉しかった。
 そのまま振り返ることなく作業へと戻っていった彼にリリーシャは静かに軽く頭を下げると、端に立て掛けてある剣を取った。
 鞘からゆっくり抜くと、それは自分が持っている安物の剣とは違い、しっかりとした厚さがあり、だが思ったよりも重さを感じない。
「これ、とても高いんじゃ……」
 村の安い剣の値段を思い出して、貰った剣と換算すると身震いがしたリリーシャは大きく首を振って考える事をやめた。
 そしてやっと読み終えたのか、二階から降りてきたコルマはリリーシャに紙を返してやはり嫌そうに口を開いた。
「情報って言っても他の村や町で子供が攫われたって情報だろ? それとお前の弟との関係があるとは……」
「あるわよ、絶対」
 最後まで言わさずに返したのは否定されたくなかったからだ。
 やっと見つけた情報だ。数パーセントの確立でも弟の手がかりになるのなら賭けたかった。
「隣街の壁に何枚も貼ってあったって野菜売りの人がくれたの。ガセの確立は無いでしょう」
「けど、それがお前の弟と……」
「とにかく! 私は決めたの、此処にいたって奪われたものは戻ってこないし、自分の手で探しに行かなきゃダメだって! だから」
 工房の入り口から入り込む風は冷たくてきもちがいい。
 きっと、弟はこの優しく頬を撫でる風すら吹き込まない場所に居るのかもしれない。そう思うと、リリーシャは今すぐにでも駆け出したくなる気持ちでいっぱいだった。
 だがリリーシャは知っている。気持ちだけ先走っていても大切なものは取り戻せないことを。
「私は誰がなんと言おうと旅に出るわ」
「………」
 この場所から見えるのは町の風景と凪いだ海。その端には叫びの森があり、子供たちの肝試しスポットにもなっている場所でもある。
 リリーシャはその森を睨むようにみつめ、辛そうに視線を外してコルマを避けるように自宅へ足早に帰った。
「……諦めろよ、もう」
 残されたコルマは唾を吐くようにそう言うと面倒くさそうに頭を掻くのだった。

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