『婚約破棄から始まる物語』へ転生したってか？【完】

王太子同士の晩餐

広いテーブルに並べられた豪華な晩餐。
サンライズ王太子のハロルドはにこやかに席についた。


「何だか申し訳ないね。突然お仕掛けたのは私なのに。」

全く申し訳なさそうな表情ではないハロルドをレイモンドは後方から軽く睨みつけた。


「こちらこそ、此度はわざわざご心配をいただき申し訳ない。」


ゆっくりとグラスに注がれる果樹酒を眺めながらアレクセイは皆のグラスに注がれたのを確認すると軽くグラスを上げると柔らかい表情で口を付けた。


…。


ヴィクトリアは、いや正確には麻子はこの世界に転生してから酒は控えている。記憶を無くす程の量を飲んだつもりはないが現に記憶を失い目覚めたらこれだ。


目の前のグラスを凝視すると恐る恐る手を伸ばし慎重に口へ運ぶ。


…甘っ！


口を潤す程度を口に流し込むとヴィクトリアはすぐにテーブルへグラスを戻した。


「あれ？ヴィッキーお酒飲めないの？」


ハロルドはヴィッキーを覗き込むとヴィクトリアは苦笑いをし頷いた。



…。



アレクセイはヴィクトリアを凝視しながら喉を潤していく。


「にしても驚きました。隣国の王太子であろうお方が早馬など…家臣も驚いたのでは？」


ハロルドはケラケラと笑うと


「彼らも慣れておるでしょう。」


レイモンドは訝しそうにハロルドを後方から睨みつけているのは変わらない。


「ヴィッキー、ロマニア王国から戻り次第トンプソン領へ戻るのではなかったの？待てど暮らせど来ないからさ心配してたらこれでしょう？生きた心地しなかったよ!」


ヴィクトリアは甘すぎるお酒と格闘しながらも微笑み


「落ち着くまではトンプソン領へは行けそうもないの。」

歯切れの悪いヴィクトリアに代わりアレクセイが

「我が国も立て込んでいてね、ヴィクトリアの護衛が十分に用意出来るまではね…。」


ハロルドはニコリと笑うとヴィクトリアに視線を戻し


「では我々と帰ろう。見ての通り数だけは揃えてあるからね？これならば心配無用だから。」


ハロルドの言葉はヴィクトリアの表情を明るくさせたがアレクセイは

「いやいやそこまでして頂かなくても結構ですよ。トンプソン領へはヴィクトリアでなく遣いを出しておりますから。」



…そもそも帰るって何だよ？


後方のレイモンドはまだ眉間にシワを寄せている。


「でもさ、ヴィッキーが来たほうが現地も捗るしヴィッキーだって見ておきたいだろ？」


ヴィクトリアは大きく頷くとアレクセイを見た。アレクセイは小さくため息を付くと


「そうだね、少し考えるよ。」


アレクセイの言葉に嬉しそうにヴィクトリアは微笑むと安堵からか頭がふわふわと浮かんでいるような錯覚に陥った。


…マズイわ。久々だから酔が回ってきたのかしら？


赤ら顔のヴィクトリアを見るとアレクセイはレイモンドに


「ヴィクトリアを部屋へ頼む。」


レイモンドはアレクセイの言葉を受けるとヴィクトリアを促しその場を後にした。



2人になった王太子たち。先に口を開くはハロルド。ハロルドは大きく息を吐くと


「ようやく解放されたよ。なんでも後方からの痛い視線がたまらなくてね。何であんなに仏頂面なのさ？彼はいつもそう？」


ハロルドの言葉にアレクセイは小さく首を振った。



「貴殿は私が邪魔であろうな？」


ハロルドは驚いたように


「は？いきなりどうしたの？我が国はそこまでの野心はないよ？」


「そうではない。貴殿自らわざわざヴィクトリアを案じてここまで来たということは、その、アレだろ？」


ハロルドはしばらくアレクセイを見つめているとハッとしたように


「何？貴殿の真実の愛を奪いに来たとでも？」


…。


「貴殿があのステファニー嬢との婚約を破棄してまで手に入れた妃だもんね。そりゃ心配もするか。」


ステファニーを捨ててまで娶ったヴィクトリアはもう居ない。あの甘い口調でアレクセイを見つめるヴィクトリアはどこにも居ない。アレクセイは否が応でも現実をみせつけられた。あの可憐なヴィクトリアの本性はただ単に王太子妃になりたいだけの偽のヴィクトリアであった。


王太子妃教育も匙を投げ、王宮を逃げるように出ていき連れ戻されたヴィクトリアはやつれ果てていた。ヒステリーを起こし王宮で贅を尽くし悪態をついていたヴィクトリア。これが本性だとアレクセイは自分の眼を呪っていたのだ。


そのヴィクトリアが今度は何を企むのか記憶喪失だと言い、アレクセイの知らないヴィクトリアがまたも誕生したのだ。


アレクセイはハロルドに返す言葉も無くグラスを空けた。