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偽金貨の寄付
しおりを挟むチェチーリアの名が、帝都に知られるようになったのは、リンゴ泥棒の一件からほどなくのことだった。
妃でありながら、貧民街を視察し、孤児院に物資を届け、診療所の運営に助言する。
華やかな宮廷とは対極にある行動に、民衆は希望を見出し、宮廷は眉をひそめた。
その風向きが変わったのは、ある朝、帝都南の診療所から届けられた報告だった。
「……妃殿下の名で寄付された金貨の半数が、偽物であったと……」
側近がそう告げたとき、チェチーリアは一瞬言葉を失った。
「偽物……? 私、あの寄付には一切……」
誰かが仕組んだのだと、すぐに察した。
けれど、事情を知らぬ者から見れば“民の信用を裏切った妃”にしか映らない。
宮廷ではすぐさま緊急会議が開かれた。
玉座の間には、重臣や妃たちが集まり、ざわめきが渦を巻いていた。
「これは重大な背信でございます。帝室の名を騙った詐欺――即刻の処分が妥当かと」
「処分など、とんでもない。偽金貨を流通させたなどという疑いがかけられた時点で、帝室の信用に関わります」
声を荒らげる者、冷ややかに見守る者、その中でチェチーリアは毅然と立ち、告げた。
「私は、寄付の事実も金貨の出所も、まったく関与しておりません。しかし、私の名が使われた以上、責任は感じております」
沈黙のなか、玉座の上で国王フリードリヒが重々しく口を開いた。
「……妃とは、“名”を持つ存在だ。知らなかったでは済まぬ。それが帝室に連なるということだ」
視線は冷たく、言葉は一分の情けもなかった。
「愚かであったことを、まず認めよ。次に、自らの手で正せ。……それができねば、民の前に立つ資格はない」
その言葉は、処分ではなかった。だが、それ以上に重かった。
謁見の後、アメリアが焦った様子でチェチーリアに声をかける。
「妃殿下……このままでは、すべてを失ってしまいます。犯人を突き止めるにも、時間が……」
チェチーリアは静かに首を振った。
「大丈夫。私、逃げるつもりはないの。信じてもらえるとは思ってない。でも考えを止めてはいけない。この立場で、何ができるかを」
アメリアはしばらく彼女を見つめ、やがて深く頭を下げた。
「お供しますわ、どこまでも」
数日後、帝都南部にいた会計係のひとりが不審死を遂げた。
捜査の過程で、金貨を鋳造した工房の一部が、侯爵令嬢オルガの家と密かに関係していることが判明する。
だが、証拠はあまりに曖昧で、表沙汰にすることはできなかった。
事件は“妃の過失による混乱”として、静かに幕が引かれる。
チェチーリアは潔白とわかったにもかかわらず、称賛も擁護もされることはなかった。
だが、民の中には彼女を信じる者も確かにいた。
それを知っていたのは、王宮の高塔からすべてを見下ろしていたフリードリヒだった。
「……未熟者だ。だが――」
彼の指先が、無意識に拳を握る。
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