13 / 27
未熟ゆえ
しおりを挟む
偽金貨事件が、表向き“妃の過失”として収束してから数日後――
チェチーリアが王宮内の廊下を歩くと、すれ違う侍女たちが小声で何かを囁き合う。
声に出すほど露骨ではない。だが、はっきりとわかる。
(ああ、噂って……こうして広がるのね)
いつも通りの微笑を保ったまま歩を進めるが、扉一枚越しの視線や、わざとらしい沈黙が、じわじわと肌に刺さる。
昼下がり、妃たちの応接間。
南向きの窓から柔らかい陽光が差し込む中、ティーカップを持つ手の動きすら優雅に――しかし、言葉の棘は容赦なかった。
「まあ、怖いわよね。信じて寄付された方たち……気の毒だったわ」
「けれど妃殿下はご立派よ。『逃げない』と仰っていたんですって? その勇気には、感服しますわ」
「ねぇ、本当に“知らなかった”のかしら? あれだけ自信満々に振る舞っていれば、勘違いもされるわよね」
向けられる言葉は、皮肉と憐れみに満ちていた。
それでもチェチーリアは、ひとつひとつに丁寧に微笑みで返す。
「皆様、ご心配いただいてありがとうございます。でも、私自身の力不足です。反省しております」
沈黙。
誰もが一瞬、言葉を失った。
口では謝罪しながらも、背筋を伸ばして堂々と座る彼女の姿に、また一層の嫉妬が火を灯す。
その晩、彼女の部屋の花瓶が倒され、贈られた果物に針が仕込まれているのが見つかった。
明らかな“警告”。だが、それを騒ぎ立てれば「被害者ぶっている」と言われるだろう。
「これも……きっと、想定の範囲内よね」
チェチーリアはそう呟き、果物をアメリアに処分させただけだった。
さすがのチェチーリアも、心身ともに疲れ果てていた。
自ら望んでこの地に来たわけではない。
ただ、それが自分の“定め”だと受け入れ、覚悟を決めて帝国の地を踏んだにすぎなかった。
もともと彼女は控えめな性格で、承認欲求とは無縁だった。
それなのに、今や“目立ちたがりの妃”“同情を買おうとする偽善者”と揶揄され、承認欲求の象徴のように語られている。
(ただ、自分にできることを模索していただけなのに……)
それだけのつもりだった。
王宮の華やかな世界とは真逆にある現実に手を差し伸べ、少しでも誰かの助けになればと思っただけだった。
けれど――
手を差し出したその先から、あまりにも多くの冷たい視線と怒りが返ってきた。
「……私が未熟だったのね」
チェチーリアは静かに目を伏せ、そう呟いた。
自分の善意がすべて正しいと思い込んでいたこと。
誰かに届くと信じて疑わなかったこと――
それ自体が傲慢だったのではないかと、胸が締めつけられる思いだった。
どこで間違えたのか。
そもそも“正しいこと”とは、いったい何なのか。
彼女の胸の中に、深く重たい問いだけが、沈むように残っていた。
チェチーリアが王宮内の廊下を歩くと、すれ違う侍女たちが小声で何かを囁き合う。
声に出すほど露骨ではない。だが、はっきりとわかる。
(ああ、噂って……こうして広がるのね)
いつも通りの微笑を保ったまま歩を進めるが、扉一枚越しの視線や、わざとらしい沈黙が、じわじわと肌に刺さる。
昼下がり、妃たちの応接間。
南向きの窓から柔らかい陽光が差し込む中、ティーカップを持つ手の動きすら優雅に――しかし、言葉の棘は容赦なかった。
「まあ、怖いわよね。信じて寄付された方たち……気の毒だったわ」
「けれど妃殿下はご立派よ。『逃げない』と仰っていたんですって? その勇気には、感服しますわ」
「ねぇ、本当に“知らなかった”のかしら? あれだけ自信満々に振る舞っていれば、勘違いもされるわよね」
向けられる言葉は、皮肉と憐れみに満ちていた。
それでもチェチーリアは、ひとつひとつに丁寧に微笑みで返す。
「皆様、ご心配いただいてありがとうございます。でも、私自身の力不足です。反省しております」
沈黙。
誰もが一瞬、言葉を失った。
口では謝罪しながらも、背筋を伸ばして堂々と座る彼女の姿に、また一層の嫉妬が火を灯す。
その晩、彼女の部屋の花瓶が倒され、贈られた果物に針が仕込まれているのが見つかった。
明らかな“警告”。だが、それを騒ぎ立てれば「被害者ぶっている」と言われるだろう。
「これも……きっと、想定の範囲内よね」
チェチーリアはそう呟き、果物をアメリアに処分させただけだった。
さすがのチェチーリアも、心身ともに疲れ果てていた。
自ら望んでこの地に来たわけではない。
ただ、それが自分の“定め”だと受け入れ、覚悟を決めて帝国の地を踏んだにすぎなかった。
もともと彼女は控えめな性格で、承認欲求とは無縁だった。
それなのに、今や“目立ちたがりの妃”“同情を買おうとする偽善者”と揶揄され、承認欲求の象徴のように語られている。
(ただ、自分にできることを模索していただけなのに……)
それだけのつもりだった。
王宮の華やかな世界とは真逆にある現実に手を差し伸べ、少しでも誰かの助けになればと思っただけだった。
けれど――
手を差し出したその先から、あまりにも多くの冷たい視線と怒りが返ってきた。
「……私が未熟だったのね」
チェチーリアは静かに目を伏せ、そう呟いた。
自分の善意がすべて正しいと思い込んでいたこと。
誰かに届くと信じて疑わなかったこと――
それ自体が傲慢だったのではないかと、胸が締めつけられる思いだった。
どこで間違えたのか。
そもそも“正しいこと”とは、いったい何なのか。
彼女の胸の中に、深く重たい問いだけが、沈むように残っていた。
4
あなたにおすすめの小説
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
アクアリネアへようこそ
みるくてぃー
恋愛
突如両親を亡くしたショックで前世の記憶を取り戻した私、リネア・アージェント。
家では叔母からの嫌味に耐え、学園では悪役令嬢の妹して蔑まれ、おまけに齢(よわい)70歳のお爺ちゃんと婚約ですって!?
可愛い妹を残してお嫁になんて行けないわけないでしょ!
やがて流れ着いた先で小さな定食屋をはじめるも、いつしか村全体を巻き込む一大観光事業に駆り出される。
私はただ可愛い妹と暖かな暮らしがしたいだけなのよ!
働く女の子が頑張る物語。お仕事シリーズの第三弾、食と観光の町アクアリネアへようこそ。
転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが
クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた
そして殿下にリリーは殺される?
転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが
何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう
『白亜の誓いは泡沫の夢〜恋人のいる公爵様に嫁いだ令嬢の、切なくも甘い誤解の果て〜』
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢キャロルは、長年想いを寄せていた騎士爵の婚約者に、あっさり「愛する人ができた」と振られてしまう。
傷心のキャロルに救いの手を差し伸べたのは、貴族社会の頂点に立つ憧れの存在、冷徹と名高いアスベル公爵だった。
彼の熱烈な求婚を受け、夢のような結婚式を迎えるキャロル。しかし、式の直前、公爵に「公然の恋人」がいるという噂を聞き、すべてが政略結婚だと悟ってしまう。
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
ただの道具屋の娘ですが、世界を救った勇者様と同居生活を始めます。~予知夢のお告げにより、勇者様から溺愛されています~
小桜
恋愛
勇者達によって魔王が倒され、平和になったばかりの世界。
海辺にあるグリシナ村で道具屋を営むビオレッタのもとに、なぜか美しい勇者がやってきた。
「ビオレッタさん、俺と結婚してください」
村のなかで完結していたビオレッタの毎日は、広い世界を知る勇者によって彩られていく。
狭い世界で普通にこつこつ生きてきた普通なビオレッタと、彼女と絶対絶対絶対結婚したい自由な勇者ラウレルのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる