公爵令嬢の出来る事【完】

mako

文字の大きさ
15 / 27

仕組まれた茶会

しおりを挟む

それは、第三妃クラリッサが主催した“親睦の茶会”という名の罠だった。

会場は、王宮の西棟にある陽光あふれるバルコニー付きの応接間。
白いレースのクロスに金の縁取りの茶器、上等な果物の盛り合わせ。
一見すれば、平和で和やかなひとときに見える。

「今日は本当にお忙しい中、皆様お集まりいただいて……第八妃殿下も、ようやくお時間が合いましたのね」

クラリッサの声は、丁寧なようでいてどこか冷たい。
すぐ横に座る第六妃のイルマが、さも無邪気に口を挟む。

「でも、チェチーリア様ってお強いわ。街中を歩き回って泥を踏んでも、涼しい顔なんですもの」

「あら、それにしても献金騒ぎのこと、まだ忘れられないわよね。あれって、誰が仕掛けたのかしら」

「まあまあ、それより今日は楽しみましょう。……ところで、このお菓子、妃殿下のお国で流行していると聞いてるわ」


だがチェチーリアが見てすぐに気づいた。――それは彼女の実家、アルストロメリア公爵家の御用達の品ではなかった。

「これは……うちのものではないですわ。似ているけれど、作りが違いますもの」

「まぁ、そうなの? では偽物だったのかしら。お気を悪くなさらないでくださいね、こちらも騙されてしまっただけで――」

その瞬間、イルマがわざとらしく咳き込み、手で口を押さえて崩れるように座った。

「……咳が……っ、ちょっと苦しい……」

「イルマ!? 誰か、水を!」

場がざわつく中、クラリッサがさも慌てたふりをして立ち上がる。

「まさか……毒?」

その言葉に周囲が凍りついた。

使用人が慌てて駆けつけ、イルマを抱えて部屋を出ていく。
その場に残されたのは、凍りついた空気と、テーブルに残された“チェチーリアの国の菓子”――という演出。

視線が、自然とチェチーリアに集まる。

「……私ではありません。私が持ち込んだものではないと、最初に申し上げました」

チェチーリアは冷静に立ち上がり、落ち着いた声で言った。
だがその声音の奥に、かすかな怒りと悲しみがにじんでいた。

「皆様、誤解のないよう。私は、争うためにここにいるのではありません。ですが――」

そこで言葉を切り、周囲を見渡した。

「こうした“偶然”が続くようであれば、それに対する対応も考えなければなりません」

その毅然とした態度に、一瞬、妃たちの目が揺れた。

だが、事件は“未遂”であり、証拠も曖昧なまま。
表向きは体調不良ということで処理され、チェチーリアに疑いが向いたまま、茶会は解散となった。

 

***

 

その報告を受けたフリードリヒは、夜の書斎で窓の外を見つめながらひとこと漏らした。

「茶会に毒……? くだらん茶番だ」

侍従が控えめに口を挟む。

「第八妃殿下は、一貫して潔白を主張しております」

「当たり前だ。あの女がそんな稚拙な手を使うとは思わん」

だがフリードリヒは、そのまま報告書を机に叩きつけた。

「……他の妃どもが、じきに牙をむくとわかっていて、なぜ彼女は手を引かない?」

その答えは、まだ誰の手にもない。

だが彼の中に、確かな違和感が残っていた。
あの“第八妃”だけが、何かを変えようとしている。

それが何か――まだわからない。
だが、確かに目を逸らせない何かだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

アクアリネアへようこそ

みるくてぃー
恋愛
突如両親を亡くしたショックで前世の記憶を取り戻した私、リネア・アージェント。 家では叔母からの嫌味に耐え、学園では悪役令嬢の妹して蔑まれ、おまけに齢(よわい)70歳のお爺ちゃんと婚約ですって!? 可愛い妹を残してお嫁になんて行けないわけないでしょ! やがて流れ着いた先で小さな定食屋をはじめるも、いつしか村全体を巻き込む一大観光事業に駆り出される。 私はただ可愛い妹と暖かな暮らしがしたいだけなのよ! 働く女の子が頑張る物語。お仕事シリーズの第三弾、食と観光の町アクアリネアへようこそ。

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

『白亜の誓いは泡沫の夢〜恋人のいる公爵様に嫁いだ令嬢の、切なくも甘い誤解の果て〜』

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢キャロルは、長年想いを寄せていた騎士爵の婚約者に、あっさり「愛する人ができた」と振られてしまう。 傷心のキャロルに救いの手を差し伸べたのは、貴族社会の頂点に立つ憧れの存在、冷徹と名高いアスベル公爵だった。 彼の熱烈な求婚を受け、夢のような結婚式を迎えるキャロル。しかし、式の直前、公爵に「公然の恋人」がいるという噂を聞き、すべてが政略結婚だと悟ってしまう。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

ただの道具屋の娘ですが、世界を救った勇者様と同居生活を始めます。~予知夢のお告げにより、勇者様から溺愛されています~

小桜
恋愛
勇者達によって魔王が倒され、平和になったばかりの世界。 海辺にあるグリシナ村で道具屋を営むビオレッタのもとに、なぜか美しい勇者がやってきた。 「ビオレッタさん、俺と結婚してください」 村のなかで完結していたビオレッタの毎日は、広い世界を知る勇者によって彩られていく。 狭い世界で普通にこつこつ生きてきた普通なビオレッタと、彼女と絶対絶対絶対結婚したい自由な勇者ラウレルのお話。

処理中です...