公爵令嬢の出来る事【完】

mako

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レイモンドとの時間

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「とうとう……ここまで来たね」

相変わらず皇帝の執務室で、ソファにもたれかかるように座るレイモンドが、どこか他人事のような口調で呟いた。

それに応じることなく、フリードリヒは黙して机の上の報告書を見つめていた。
その横顔に浮かぶのは、怒りでも苛立ちでもない。沈黙という名の重圧だ。

そんな様子を一瞥したレイモンドは、珍しく声音を引き締める。

「……でもね、フリードリヒ。一連の発端は――他でもない、あなた自身にあるんだよ」

静かながらも明確な非難。
その言葉に、フリードリヒのまなざしがゆっくりと動いた。
眉一つ動かさずにそれを受け止めた彼は、むしろどこか安堵したようにも見えた。

この帝国で、皇帝にそんな言葉を正面からぶつける者など、ほとんど存在しない。
だがレイモンドだけは違った。
彼はいつも、フリードリヒが“皇帝”という立場に溺れそうになると、その首根っこを引っ張って現実へと引き戻してくれる。

「……どうしたものか」

フリードリヒがぽつりと呟くと、レイモンドはふっと肩をすくめ、いつもの調子に戻った。

「ま、とりあえず今やるべきことは一つだね。――妃たちの私室を、平等にまわることだよ」

「……なんだと?」

フリードリヒの目が鋭く見開かれる。
だがレイモンドはまるで楽しんでいるかのように、その反応を受け止めた。

「勘違いしないでよ? 誰かと子をなせとか、愛を語れなんて言ってない。ただ――妃たちと向き合え。直接だ」

「……」

「放置された妃たちは皆、心の底じゃ苛立ってる。そうやって“語られぬ感情”を放置したまま、歪みだけが膨らんでいく。今の状況がその証明さ」

フリードリヒは、再び視線を落とした。
沈黙が数秒、いや、数十秒流れる。

「……監視という意味でも、か」

「そう。あんたは冷たい男だけど、目は節穴じゃない。妃たちの嘘と本音を見抜くには、近づくしかない」

そして、ひと呼吸おいてレイモンドは言った。

「それに――第八妃も、放っておくには惜しいよ。あの子は火種であり、救いでもある」

フリードリヒの表情がわずかに揺れた。
だが、何も答えないまま、彼は再び報告書へと目を落とした。

沈黙は、否定ではない。
それがレイモンドにはわかっていた。
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