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チェチーリアの本音
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第八妃、チェチーリアの部屋の前まで来るとフリードリヒは大きく息を吐いた。
『日頃はご迷惑をお掛けし申し訳ございません。』
驚く事にチェチーリアの第一声は詫びであった。
フリードリヒはチェチーリアの部屋を見渡しソファに腰を下ろした。
『自覚はあるらしな。』
『・・・』
『慎もうとは思わぬか
?』
チェチーリアは少し驚きを見せたが
『ご命令とあらば・・・』
フリードリヒは、むしろ驚いていた。
あれほど多くの者から疎まれてなお、彼女は折れずに前を向いている。
どこかで――その“先”を見てみたいと、自分が望んでいたことに気づいていた。
「……貴女も、“偽善者”だの“承認欲求の象徴”だの、言われたいわけではあるまい?」
問いかけは冷静だったが、ほんのわずかに感情の揺らぎがあった。
チェチーリアは一瞬、返答に迷い、それでも落ち着いた声で答えた。
「そのようなこと、望むはずもございません。……けれど、偽善だと言われて“なるほど”と思った自分も、どこかにおります」
「納得したと? ――では、本当に偽善者だと?」
フリードリヒの声は静かだったが、鋭さを帯びていた。
チェチーリアは少し困ったように笑みを浮かべると、視線を床に落とし、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「……よく、わからないのです。
私は“感情”というものを持たずに生きてきたように思います。
公爵家の娘として、物心つく頃には王太子妃となるべく育てられました。
人生のほとんどを“教育”に費やし、ただ目の前に現れる“山”を越えることだけを考えてまいりました。
一つの山を越えれば、次の山が現れる。――その繰り返しです。
そして、気づけば私はこの帝国に参っておりました」
「……経緯は聞いている。大変だったな」
「いいえ。そうでもないのです」
チェチーリアは静かに微笑んだ。
「こう申しますと“心がない”とか、“薄情だ”と思われるでしょう。でも、それが私という人間なのです。
王太子妃になるという山が消えた時、自然と次の山が見えてきました。……今は、帝国の妃として何ができるかという山を登っております」
フリードリヒは、目を細めた。
「――山、ね」
「ええ。……たとえば、あのリンゴの少年の件も同じです。
誰もが“私が少年を不憫に思って助けた”と受け取り、“それは偽善だ”と噂します。
けれど、私自身――あの子に“同情”はしておりませんでした」
「違うのか?」
短く問われ、チェチーリアはしばし沈黙した。
やがて、決意を込めた瞳で皇帝を見つめ、言葉を紡いだ。
「――私は、ただ“知りたかった”のです。
どんな環境で、どんな日々を生きていれば、あのような行動――“盗み”という選択に至るのか。
私の知る世界には、リンゴを盗むという“概念”が存在しませんでした。
ですが、そうだからといって、盗みが許されるべきではない。
それを“誰かが伝えなければならない”と、そう思ったのです」
そして、少し声を落とす。
「また――ああした子どもたちが、大人になり、数を増し、やがて秩序を乱すようになれば……それは、帝国全体にとっての損失です。
私は僭越ながら、帝国の妃という立場をいただいております。ならば、秩序は整えたい。
問題が“面倒”になる前に、芽を摘み取っておく――それは政の鉄則ではございませんか?」
チェチーリアは、自嘲気味に微笑んだ。
「……引かれましたでしょうか?」
フリードリヒは返事をせず、ただ彼女をじっと見つめた。
その目は冷たくもあったが、どこかに確かな関心があった。
まるで――“次の山”を登る彼女を、もっと見てみたくなったかのように。
『日頃はご迷惑をお掛けし申し訳ございません。』
驚く事にチェチーリアの第一声は詫びであった。
フリードリヒはチェチーリアの部屋を見渡しソファに腰を下ろした。
『自覚はあるらしな。』
『・・・』
『慎もうとは思わぬか
?』
チェチーリアは少し驚きを見せたが
『ご命令とあらば・・・』
フリードリヒは、むしろ驚いていた。
あれほど多くの者から疎まれてなお、彼女は折れずに前を向いている。
どこかで――その“先”を見てみたいと、自分が望んでいたことに気づいていた。
「……貴女も、“偽善者”だの“承認欲求の象徴”だの、言われたいわけではあるまい?」
問いかけは冷静だったが、ほんのわずかに感情の揺らぎがあった。
チェチーリアは一瞬、返答に迷い、それでも落ち着いた声で答えた。
「そのようなこと、望むはずもございません。……けれど、偽善だと言われて“なるほど”と思った自分も、どこかにおります」
「納得したと? ――では、本当に偽善者だと?」
フリードリヒの声は静かだったが、鋭さを帯びていた。
チェチーリアは少し困ったように笑みを浮かべると、視線を床に落とし、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「……よく、わからないのです。
私は“感情”というものを持たずに生きてきたように思います。
公爵家の娘として、物心つく頃には王太子妃となるべく育てられました。
人生のほとんどを“教育”に費やし、ただ目の前に現れる“山”を越えることだけを考えてまいりました。
一つの山を越えれば、次の山が現れる。――その繰り返しです。
そして、気づけば私はこの帝国に参っておりました」
「……経緯は聞いている。大変だったな」
「いいえ。そうでもないのです」
チェチーリアは静かに微笑んだ。
「こう申しますと“心がない”とか、“薄情だ”と思われるでしょう。でも、それが私という人間なのです。
王太子妃になるという山が消えた時、自然と次の山が見えてきました。……今は、帝国の妃として何ができるかという山を登っております」
フリードリヒは、目を細めた。
「――山、ね」
「ええ。……たとえば、あのリンゴの少年の件も同じです。
誰もが“私が少年を不憫に思って助けた”と受け取り、“それは偽善だ”と噂します。
けれど、私自身――あの子に“同情”はしておりませんでした」
「違うのか?」
短く問われ、チェチーリアはしばし沈黙した。
やがて、決意を込めた瞳で皇帝を見つめ、言葉を紡いだ。
「――私は、ただ“知りたかった”のです。
どんな環境で、どんな日々を生きていれば、あのような行動――“盗み”という選択に至るのか。
私の知る世界には、リンゴを盗むという“概念”が存在しませんでした。
ですが、そうだからといって、盗みが許されるべきではない。
それを“誰かが伝えなければならない”と、そう思ったのです」
そして、少し声を落とす。
「また――ああした子どもたちが、大人になり、数を増し、やがて秩序を乱すようになれば……それは、帝国全体にとっての損失です。
私は僭越ながら、帝国の妃という立場をいただいております。ならば、秩序は整えたい。
問題が“面倒”になる前に、芽を摘み取っておく――それは政の鉄則ではございませんか?」
チェチーリアは、自嘲気味に微笑んだ。
「……引かれましたでしょうか?」
フリードリヒは返事をせず、ただ彼女をじっと見つめた。
その目は冷たくもあったが、どこかに確かな関心があった。
まるで――“次の山”を登る彼女を、もっと見てみたくなったかのように。
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