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答え合わせ
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アメリアが出て行くと、執務室の重厚な扉は音もなく静かに閉じられた。
わずかに揺れた空気とともに、室内には一瞬、奇妙な静けさが落ちる。
長く暗い回廊に響いていたアメリアの足音が遠ざかり、それが完全に聞こえなくなったとき、室内で固まっていた男たちがようやく動き出した。
それはまるで、呪縛が解けたかのようだった。
「おい! どうなってんだ、あれは!」
まず声を上げたのはアレンだった。立ち上がるなり机をバンと叩き、苛立ちを隠そうともしない。
その怒りは混乱でもあり、不安でもある。彼の視線は、先ほどまでアメリアと不可解な会話をしていたセリュアンにまっすぐ向けられていた。
「いや、だからさ……お前、いつから妃殿下の企みに気づいてたんだよ!?」
アレンは机越しに身を乗り出すようにして続ける。
「二人でわけのわかんねぇ話して、勝手に納得して終わらせやがって。こっちは最初から最後まで、なーんにも分かってねぇっての! なあ、カイル!」
「うん。全然、わからなかった」
カイルは、まるでアレンの代弁者のように素直に頷いた。
その横で、アメリアの護衛騎士エドワードも深く何度も首を振り、困惑を露わにしている。
しかし、当のセリュアンはどこ吹く風。あくまで淡々とした調子で呟いた。
「企み、なんて……人聞きの悪いこと言うね。まるで陛下に謀反でも起こすみたいじゃないか」
(いやいや、自分で“怪しい”とか言ってたよな?)
珍しくカイルが、心の中で小さく毒を吐く。
セリュアンは手元の書類を軽く整えながら、静かに言葉を続けた。
「だって、よく考えてみてよ。王太子妃だよ? それも、もとを辿れば由緒ある王家の生まれ。そんな人物が、そう簡単に誘拐されると思う?」
「……いや、でも実際に連れて行かれてたじゃねえか」
アレンが反論すると、セリュアンは軽く目を細め、問い返すように言った。
「そのとき、アメリアは取り乱していたかい?」
「……いや、それは……」
アレンが言葉に詰まる。
「王族はね、万が一の事態に備えて、幼い頃からあらゆる訓練を受ける。誘拐されても、騒がず、冷静に、状況を見極めて動くように。それは王族としての嗜みなんだよ。……でも、それは“何も知らされていなかった”場合の話だ」
「……まさか、妃殿下は最初から……?」
「すべてを把握していたかは分からない。けれど、少なくとも自分が巻き込まれていること、そして背後に何かがあることには、気づいていたはずさ」
セリュアンはそう断言すると、ふっと笑った。
「それにさ、あのハンカチ。たまたまエドワードに渡る事なんて通常あり得ない。護衛騎士が汗を流している事なんてざらだからね。運よく捜索が得意な家族(ロン)がいるエドワードに?そんな偶然あるか?」
「……全部、計算だったってことか」
アレンがやや呆れたように呟いた。
カイルは隣でふっと笑い、セリュアンに向かって深々と一礼する。
「殿下、あっぱれにございます」
その一言に、セリュアンは肩をすくめた。
「ただの勘さ。だけど、こういうときの勘って、案外当たるもんだよ」
納得しきれない様子のアレンは、腕を組んだまま、不服そうに視線を外した。
だがその心の奥では、アメリアの一連の行動と、それを読み切ったセリュアンの洞察に、わずかに感嘆の念が芽生えていた。
(……やっぱりこの2人、何かと規格外だよな)
彼は誰にも聞こえないように、小さくため息を吐いた。
わずかに揺れた空気とともに、室内には一瞬、奇妙な静けさが落ちる。
長く暗い回廊に響いていたアメリアの足音が遠ざかり、それが完全に聞こえなくなったとき、室内で固まっていた男たちがようやく動き出した。
それはまるで、呪縛が解けたかのようだった。
「おい! どうなってんだ、あれは!」
まず声を上げたのはアレンだった。立ち上がるなり机をバンと叩き、苛立ちを隠そうともしない。
その怒りは混乱でもあり、不安でもある。彼の視線は、先ほどまでアメリアと不可解な会話をしていたセリュアンにまっすぐ向けられていた。
「いや、だからさ……お前、いつから妃殿下の企みに気づいてたんだよ!?」
アレンは机越しに身を乗り出すようにして続ける。
「二人でわけのわかんねぇ話して、勝手に納得して終わらせやがって。こっちは最初から最後まで、なーんにも分かってねぇっての! なあ、カイル!」
「うん。全然、わからなかった」
カイルは、まるでアレンの代弁者のように素直に頷いた。
その横で、アメリアの護衛騎士エドワードも深く何度も首を振り、困惑を露わにしている。
しかし、当のセリュアンはどこ吹く風。あくまで淡々とした調子で呟いた。
「企み、なんて……人聞きの悪いこと言うね。まるで陛下に謀反でも起こすみたいじゃないか」
(いやいや、自分で“怪しい”とか言ってたよな?)
珍しくカイルが、心の中で小さく毒を吐く。
セリュアンは手元の書類を軽く整えながら、静かに言葉を続けた。
「だって、よく考えてみてよ。王太子妃だよ? それも、もとを辿れば由緒ある王家の生まれ。そんな人物が、そう簡単に誘拐されると思う?」
「……いや、でも実際に連れて行かれてたじゃねえか」
アレンが反論すると、セリュアンは軽く目を細め、問い返すように言った。
「そのとき、アメリアは取り乱していたかい?」
「……いや、それは……」
アレンが言葉に詰まる。
「王族はね、万が一の事態に備えて、幼い頃からあらゆる訓練を受ける。誘拐されても、騒がず、冷静に、状況を見極めて動くように。それは王族としての嗜みなんだよ。……でも、それは“何も知らされていなかった”場合の話だ」
「……まさか、妃殿下は最初から……?」
「すべてを把握していたかは分からない。けれど、少なくとも自分が巻き込まれていること、そして背後に何かがあることには、気づいていたはずさ」
セリュアンはそう断言すると、ふっと笑った。
「それにさ、あのハンカチ。たまたまエドワードに渡る事なんて通常あり得ない。護衛騎士が汗を流している事なんてざらだからね。運よく捜索が得意な家族(ロン)がいるエドワードに?そんな偶然あるか?」
「……全部、計算だったってことか」
アレンがやや呆れたように呟いた。
カイルは隣でふっと笑い、セリュアンに向かって深々と一礼する。
「殿下、あっぱれにございます」
その一言に、セリュアンは肩をすくめた。
「ただの勘さ。だけど、こういうときの勘って、案外当たるもんだよ」
納得しきれない様子のアレンは、腕を組んだまま、不服そうに視線を外した。
だがその心の奥では、アメリアの一連の行動と、それを読み切ったセリュアンの洞察に、わずかに感嘆の念が芽生えていた。
(……やっぱりこの2人、何かと規格外だよな)
彼は誰にも聞こえないように、小さくため息を吐いた。
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