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贖いの温室
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アメリアが温室に足を踏み入れると、満面の笑みを浮かべたエルナが駆け寄ってきた。
この数ヶ月で、二人の距離は驚くほど近づいていた。
「妃殿下、お待ちしておりました!」
花の香りに包まれたアーチをくぐりながら、アメリアは微笑みで応えた。
「どうですか? 素敵でしょう? 殿下もとても喜んでくださいました」
「それはよかったわ」
エルナは嬉しそうに頷きながら、指先でブルーローズの花びらを撫でた。
「殿下はブルーローズがお好きなんです」
それがセリュアンの象徴華だということを、アメリアは知っていた。だが、あえて黙っていた。
「そうなの? 知らなかったわ」
「なんでも聞いてくださいね」
「頼もしいわ」
「この温室の次は、サロンのお花もご用命いただいたんです。殿下、私のアレンジを気に入ってくださってるみたいで」
“私のアレンジ”。確かにエルナはそう言った。
アメリアは唇の端にわずかに笑みを浮かべたが、その胸の内には複雑な想いが渦巻いていた。
この場所に来るのは、正直つらい。
だが、それでも足を運ぶのは、愛する人を奪ってしまったエルナへの、ささやかな贖罪のつもりだった。
「わっ、もうこんな時間! 殿下の温室にいると、あっという間に時間が過ぎちゃうんです。では、妃殿下、また明日!」
明るく手を振って駆けていくエルナを、アメリアはそっと目で追った。
「……はぁ」
小さく吐いたため息が、静かに空気に溶けた。その背後から、不意に声が飛んできた。
「……何やってんの?」
振り向くと、柱にもたれたアレンが、腕を組んでこちらを見ていた。
「だから、何やってんのって聞いてんの」
「……お花を眺めているのですけど」
「見ればわかるよ。そうじゃなくて――なんであなたが、殿下の元カノと仲良くしてんのかって聞いてんの」
アメリアは少しだけ困ったように微笑んだ。
「仲良くなんて……ただ、花をアレンジしてくださる方ですから」
アレンは鋭く目を細める。
「何を企んでる?」
「……そんな、企むだなんて」
「じゃあ、何?」
アメリアは視線を落とし、長い沈黙のあと、静かに口を開いた。
「私は、お二人から“真実の愛”を奪った身ですから」
「……それを言うなら、あなたとて被害者だろ」
アメリアは小さく首を振った。
「最初はそう思っていました。
私は祖国で引き裂かれた。でも殿下は、こうして手を伸ばせば届く距離に“彼女”がいる。
それが羨ましかった。……でも、それは違ったのです。
時間や距離は、私のように想いを流してくれることもある。けれど、殿下にはその“間”すらない。
いまもなお、その痛みに向き合っていらっしゃる」
「……」
「私と同じような想いを、もう誰にもしてほしくない。それだけですわ」
アレンはしばし沈黙し、そして皮肉混じりに呟いた。
「へぇ。ヴェルトール王国は、ずいぶん賢い王女さんを王太子妃に据えたもんだね」
アメリアはそれに応えず、小さく笑って踵を返した。
だが、背を向けたその瞬間、アレンの声が真剣な響きを帯びた。
「妃殿下。ヴェルトール王国に忠誠を誓う公爵家嫡男、アレン・ヴェルトールが申し上げます」
足を止めて振り返ると、アレンは片手を胸に当て、深く頭を垂れた。
「我が殿下は、一度として花屋の娘からの接見の申し出を受けてはおりません。
……もっとも、信じるかどうかは、妃殿下次第ですが」
顔を上げたアレンに、アメリアはまっすぐに目を向け、優しく微笑んだ。
「ありがとう、アレン・ヴェルトール」
その微笑みを残し、アメリアは静かに温室を後にした。
この数ヶ月で、二人の距離は驚くほど近づいていた。
「妃殿下、お待ちしておりました!」
花の香りに包まれたアーチをくぐりながら、アメリアは微笑みで応えた。
「どうですか? 素敵でしょう? 殿下もとても喜んでくださいました」
「それはよかったわ」
エルナは嬉しそうに頷きながら、指先でブルーローズの花びらを撫でた。
「殿下はブルーローズがお好きなんです」
それがセリュアンの象徴華だということを、アメリアは知っていた。だが、あえて黙っていた。
「そうなの? 知らなかったわ」
「なんでも聞いてくださいね」
「頼もしいわ」
「この温室の次は、サロンのお花もご用命いただいたんです。殿下、私のアレンジを気に入ってくださってるみたいで」
“私のアレンジ”。確かにエルナはそう言った。
アメリアは唇の端にわずかに笑みを浮かべたが、その胸の内には複雑な想いが渦巻いていた。
この場所に来るのは、正直つらい。
だが、それでも足を運ぶのは、愛する人を奪ってしまったエルナへの、ささやかな贖罪のつもりだった。
「わっ、もうこんな時間! 殿下の温室にいると、あっという間に時間が過ぎちゃうんです。では、妃殿下、また明日!」
明るく手を振って駆けていくエルナを、アメリアはそっと目で追った。
「……はぁ」
小さく吐いたため息が、静かに空気に溶けた。その背後から、不意に声が飛んできた。
「……何やってんの?」
振り向くと、柱にもたれたアレンが、腕を組んでこちらを見ていた。
「だから、何やってんのって聞いてんの」
「……お花を眺めているのですけど」
「見ればわかるよ。そうじゃなくて――なんであなたが、殿下の元カノと仲良くしてんのかって聞いてんの」
アメリアは少しだけ困ったように微笑んだ。
「仲良くなんて……ただ、花をアレンジしてくださる方ですから」
アレンは鋭く目を細める。
「何を企んでる?」
「……そんな、企むだなんて」
「じゃあ、何?」
アメリアは視線を落とし、長い沈黙のあと、静かに口を開いた。
「私は、お二人から“真実の愛”を奪った身ですから」
「……それを言うなら、あなたとて被害者だろ」
アメリアは小さく首を振った。
「最初はそう思っていました。
私は祖国で引き裂かれた。でも殿下は、こうして手を伸ばせば届く距離に“彼女”がいる。
それが羨ましかった。……でも、それは違ったのです。
時間や距離は、私のように想いを流してくれることもある。けれど、殿下にはその“間”すらない。
いまもなお、その痛みに向き合っていらっしゃる」
「……」
「私と同じような想いを、もう誰にもしてほしくない。それだけですわ」
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「へぇ。ヴェルトール王国は、ずいぶん賢い王女さんを王太子妃に据えたもんだね」
アメリアはそれに応えず、小さく笑って踵を返した。
だが、背を向けたその瞬間、アレンの声が真剣な響きを帯びた。
「妃殿下。ヴェルトール王国に忠誠を誓う公爵家嫡男、アレン・ヴェルトールが申し上げます」
足を止めて振り返ると、アレンは片手を胸に当て、深く頭を垂れた。
「我が殿下は、一度として花屋の娘からの接見の申し出を受けてはおりません。
……もっとも、信じるかどうかは、妃殿下次第ですが」
顔を上げたアレンに、アメリアはまっすぐに目を向け、優しく微笑んだ。
「ありがとう、アレン・ヴェルトール」
その微笑みを残し、アメリアは静かに温室を後にした。
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