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護るべきもの
しおりを挟むアメリアの姿が温室のアーチの向こうに消えるまで、アレンはその背をじっと見つめていた。
「……ああ言ったけどさ」
誰にともなく呟いた声が、花の香りに紛れて溶けていく。
「俺は、あんたみたいな人が、一番怖いんだよ」
彼女は強い。
けれどそれは、誰よりも優しいからこその“強さ”だ。
自分の痛みさえ贖いの材料にしてしまう。
相手を責めず、己を責めることで均衡を保とうとする――そんな無理をする女だ。
「殿下も、エルナも、あんたも……まったく、まともなやつがいねぇな」
苦笑しながら、柱に背を預けた。
アレンは、幼い頃から王家に忠誠を誓うよう育てられた。
その中でアメリアは、ある意味、王家以上に特別な存在になりつつある。
感情じゃない。使命でもない。
それ以上に厄介で、曖昧な、何か。
「あんな目で“ありがとう”なんて言うなよ。……ずるいだろ」
あの瞬間、アメリアの瞳には嘘がなかった。
だからこそ、信じたくない現実も、信じてしまいそうになる。
王太子が本当にエルナを遠ざけたのなら――
アメリアが思っているほど“真実の愛”なんて綺麗なものは、もう残っていないのかもしれない。
そして、それに気づいてしまったのは、自分が一番早かった気がして、アレンは小さく舌打ちした。
「……俺は、あんたのために何ができる?」
その問いに答えはなかった。
けれど、どこかでアメリアがまた孤独に足を取られる時が来るなら――
今度は、自分が先に手を差し伸べる。
それが、アレン・ヴェルトールの“忠誠”であり、“覚悟”なのだ。
そう心に決めて、彼は温室の奥へと歩みを進めた。
温室の奥へと歩きながら、アレンはふと立ち止まった。
作業台の端に、誰かが忘れていった手紙の切れ端が目に入る。
無造作に置かれたそれを拾い上げると、見覚えのある公印が、僅かに覗いていた。
「……またか」
あの公印は、殿下が通常使うものではない。
“公式”の名のもとに使われる、あくまで「代筆された形式的な文書」に使われるものだ。
しかし、その文面はどう見ても、誰かの心を揺さぶるような――甘く、美しい言葉で綴られていた。
「まさか、セリュアンが……?」
否、あの人間に、こんな言葉を綴る器用さはない。
なのに、エルナの表情には確信があった。
あれは、「信じている女の顔」だった。
(――誰かが、演じてる)
その直感に、背中が冷たくなる。
演じているのは、言葉を送った“誰か”か。
それとも、“そう信じているエルナ”自身か。
あるいは――その全てか。
アレンは手紙をそっと元の場所に戻し、心の奥でため息をついた。
(妃殿下……あんたはきっと、もうすぐ地雷原に踏み込む)
それが罠だとわかるには、まだ証拠が足りない。
けれど、それが“真実の愛”を信じ続けるエルナと、かつて愛を断たれたアメリア――
両者を巻き込む、政治の泥にまみれた陰謀だとしたら。
(……だったら、俺は何としてでも止める)
それが、アメリアに向けた忠誠か。
それとも、ただの責任感か――まだ、自分でも答えが出せない。
けれど、確かなのはひとつ。
誰かが意図的に、王太子殿下の周囲をかき乱している。
それは“偶然”ではない。
アレンの眉がわずかに動いた。
「間に合えばいいけどな」
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