記憶を無くした公爵夫人【完】

はじめまして

心地よい風が部屋を流れる。真っ黒な景色が目を開くと色味が帯びてくる。眩しそうに目を開けば、見たことも無い部屋に見たことも無いメイド。

メイドらしき女性と目が合うと、彼女は驚きをそのまま急いで部屋から飛んで出て行った。


一人になり部屋を見渡すと、統一されたモダンな家具が並ぶ大きすぎる部屋。

自分の姿を確認する為、ベットサイドにあった手鏡を手に取る。

髪は腰までありストレート。瞳は薄い紫をしている。

‥誰？

これが噂の転生？

いや、そもそも転生前の記憶も無い。
という事は、よくある記憶喪失か？

‥記憶喪失。え？まぢで？




『奥様！』

‥奥様～？

部屋へ雪崩のように多くの使用人らしき者があふれ返る。

私を動物園の檻の中の動物のように、皆離れた所でジロジロと観察している。

‥吠えたろか！
ってか、こういう展開って通常、良かった～とか言って手を握るとか、困惑する主人公に喜びを分かちあう親族やらメイドやらが居るのものじゃないの？


少なくとも、ここにはそういう空気は流れて居ない。
遠巻きに観察しかしていない。

仕方ない。これでは前に進まない。


『そこの、貴女？』

指を指されたメイドは背筋を伸ばす。

『私の名前は？』


‥

動物園の来園者たちは、皆固まっている。


『だから、私の名前を教えなさい！』


声を上げるとメイドは恐る恐る口を開く。

『奥様のお名前は、アルベルタ・フォン・シュレーゼマン公爵夫人でございます。』


来園者たちは、固まりながら次に放たれる公爵夫人の言葉を息を飲んで待っている。


‥


『朝食にするわ。』


その言葉に蜂の巣をつついた様に、一同に散っていくメイドたち。残されたメイドはこちらを不安気に見つめていた。


『貴女、名前は？』

そのメイドはこちらの様子を伺うように

『ナターシャと申します。』


‥

『ナターシャ、着替えるわ！』


よくわからないが、私はアルベルタと言う公爵夫人らしい。
考えていても仕方ない。

とりあえず、一歩進むしかないわよね？

アルベルタは颯爽にベッドを降りた。


こうなったら出たとこ勝負でいくしかない。