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落ちたのは誰の影か
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それは、あまりにも稚拙な罠だった。
ある日、宰相家の令息に宛てて届けられた一通の密書。その筆跡はリディアンネのものを模しており、内容は――
「今宵、離宮裏の中庭でお会いしたい。秘密のご相談があるのです」
いかにも不自然な文面。けれど、ちょっとした興味本位が騒動の火種となった。
宰相の令息はその夜、指定された場所へ向かい――そこにいたのは、驚いた様子のリディアンネと、待ち構えていた数人の令嬢たちだった。
「まぁ……! こんな時間に密会とは、どういうことかしら?」
あらかじめ連れてこられた見物人たち。
そして――遅れて現れた、王太子ハインツとファビウス。
空気は凍りついた。
リディアンネは混乱を隠し、静かに深呼吸をした。
「これは……誤解です。そのようなお手紙は、書いておりません」
ハインツが宰相の令息に視線を向けると、彼は頷きながら手紙を差し出した。
「たしかに、公爵令嬢の名前で届いたものでした」
ファビウスがそれを手に取り、目を細める。
「この筆跡……精巧な真似だが、本物ではない。癖が違う」
そして――
「加えて、王宮の文房具とは異なるインクが使われている。市井のものだ」
数日後、侍女の一人が密かに証言を残した。
「……あの手紙、マリア様が書かせておられました。城下の文具店で、筆跡を見本に……」
真実は、あっけなく崩れた。
王妃は激怒し、王太子は沈痛な面持ちで言った。
「……マリア、君は、自分が何をしたか分かっているのか」
マリアは微笑んでいた。けれど、その微笑はどこか壊れていた。
「わたしが悪いの? でも、わたしは……あなたの隣にいたかっただけよ?」
マリアには、王宮の出入り禁止が言い渡された。
実家もこの件で責任を問われ、社交界での地位を大きく失うこととなる。
彼女は、静かに王宮を去った。
その背に、誰も声をかけなかった。
事件後の王宮。
リディアンネはファビウスと並んで歩いていた。
「……あなたが支えてくださらなければ、わたしはもう立てなかったかもしれません」
ファビウスは静かに微笑んだ。
「貴女が立ったのです。私はただ、その場にいただけです」
彼の視線は、これまでと少しだけ違っていた。
どこか柔らかく、温かさを帯びていた。
その日、王太子ハインツは一人、庭園で立っていた。秋風に揺れる金の葉を見ながら、深く息をつく。
「……リディアンネ。君を軽く思っていた自分が恥ずかしいよ」
彼の心には、マリアへの未練など、もはや残っていなかった。そして今――彼は、リディアンネという“真実”に、ゆっくりと惹かれはじめていた。
ある日、宰相家の令息に宛てて届けられた一通の密書。その筆跡はリディアンネのものを模しており、内容は――
「今宵、離宮裏の中庭でお会いしたい。秘密のご相談があるのです」
いかにも不自然な文面。けれど、ちょっとした興味本位が騒動の火種となった。
宰相の令息はその夜、指定された場所へ向かい――そこにいたのは、驚いた様子のリディアンネと、待ち構えていた数人の令嬢たちだった。
「まぁ……! こんな時間に密会とは、どういうことかしら?」
あらかじめ連れてこられた見物人たち。
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「これは……誤解です。そのようなお手紙は、書いておりません」
ハインツが宰相の令息に視線を向けると、彼は頷きながら手紙を差し出した。
「たしかに、公爵令嬢の名前で届いたものでした」
ファビウスがそれを手に取り、目を細める。
「この筆跡……精巧な真似だが、本物ではない。癖が違う」
そして――
「加えて、王宮の文房具とは異なるインクが使われている。市井のものだ」
数日後、侍女の一人が密かに証言を残した。
「……あの手紙、マリア様が書かせておられました。城下の文具店で、筆跡を見本に……」
真実は、あっけなく崩れた。
王妃は激怒し、王太子は沈痛な面持ちで言った。
「……マリア、君は、自分が何をしたか分かっているのか」
マリアは微笑んでいた。けれど、その微笑はどこか壊れていた。
「わたしが悪いの? でも、わたしは……あなたの隣にいたかっただけよ?」
マリアには、王宮の出入り禁止が言い渡された。
実家もこの件で責任を問われ、社交界での地位を大きく失うこととなる。
彼女は、静かに王宮を去った。
その背に、誰も声をかけなかった。
事件後の王宮。
リディアンネはファビウスと並んで歩いていた。
「……あなたが支えてくださらなければ、わたしはもう立てなかったかもしれません」
ファビウスは静かに微笑んだ。
「貴女が立ったのです。私はただ、その場にいただけです」
彼の視線は、これまでと少しだけ違っていた。
どこか柔らかく、温かさを帯びていた。
その日、王太子ハインツは一人、庭園で立っていた。秋風に揺れる金の葉を見ながら、深く息をつく。
「……リディアンネ。君を軽く思っていた自分が恥ずかしいよ」
彼の心には、マリアへの未練など、もはや残っていなかった。そして今――彼は、リディアンネという“真実”に、ゆっくりと惹かれはじめていた。
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