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仕組まれた噂
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「……わたし、は……間違ってないわよね?」
鏡の前に立ったマリアは、己の姿に問いかけていた。真紅のリボンをあしらったドレスに、金の髪飾り。完璧な装い。それでも――鏡の中の自分の目だけが、どこか曇っている。
(あの女に、取られるわけにはいかないのよ)
マリアは、王太子妃という立場を、夢ではなく「目標」に変えていた。彼の“心”は揺れてもいい。でも、“立場”は自分が勝ち取るべきものだ。
「聞いた? リディアンネ様って、夜な夜な誰かと会っているらしいのよ」
「まさか、公爵家の令嬢がそんな……でも、見たって人がいるらしいのよ」
ある日の午前。侍女たちの休憩所。
ほんの短い会話――だが、それが噂の種となった。
マリアは何もしていない顔で、ただ微笑んで紅茶を飲んでいた。もちろん、噂の出どころが誰なのか、本人はよく知っている。
(少しは“彼女の真の姿”に気づけばいいのよ)
リディアンネは、侍女のひとりから控えめに伝えられた。
「……令嬢、最近、妙な噂が……ほんの一部の方々ですが、少しだけ騒がしくて……」
彼女は目を伏せ、穏やかに答えた。
「そう。……気にしないで。どんな噂であっても、真実でなければ、いずれ消えますわ」
リディアンネの声は震えていなかった。
けれど、指先だけが、そっと膝の上で握られていた。
その噂は、ファビウスの耳にも届いていた。
「リディアンネ嬢が……不品行? 馬鹿げている」
彼はすぐに、侍女たちの間に流れた情報経路を調査し始めた。マリアの名を、あからさまに出すことはない。だが、状況はあまりに不自然だった。
「殿下、もしお耳に届いているなら、噂など無視なさるのが賢明です。これは策略です」
ハインツは黙って頷いたが、目の奥に揺らぎがあった。
その日、リディアンネは偶然、宮廷の小回廊でマリアと出会った。
「……まあ、奇遇ね。お元気そうでなによりだわ」
マリアは、柔らかく微笑みながら、仄かに冷たい声で言った。そして、わずかに顔を寄せて――囁く。
「……令嬢も、お気をつけになって。宮廷にはいろんな“目”があるものよ」
それが、ただの忠告か、あるいは脅しなのか――
リディアンネは表情ひとつ変えず、静かに頭を下げた。
「お気遣い、ありがとうございます。マリア様も、どうかご無理はなさいませんように」
言葉にとげはなかった。けれど、そこには確かな“芯”があった。
夜、リディアンネは一人、自室の窓から外を見ていた。
庭園の噴水が、秋風にそっと揺れている。
(……わたし、いつの間にか、戦っているのね)
ふと胸に手を当てた。
王太子は、まだ“推し”のまま。けれど今は、それだけではない――彼の目に、恥じぬような自分でありたいと、願うようになっていた。
鏡の前に立ったマリアは、己の姿に問いかけていた。真紅のリボンをあしらったドレスに、金の髪飾り。完璧な装い。それでも――鏡の中の自分の目だけが、どこか曇っている。
(あの女に、取られるわけにはいかないのよ)
マリアは、王太子妃という立場を、夢ではなく「目標」に変えていた。彼の“心”は揺れてもいい。でも、“立場”は自分が勝ち取るべきものだ。
「聞いた? リディアンネ様って、夜な夜な誰かと会っているらしいのよ」
「まさか、公爵家の令嬢がそんな……でも、見たって人がいるらしいのよ」
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(少しは“彼女の真の姿”に気づけばいいのよ)
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「……令嬢、最近、妙な噂が……ほんの一部の方々ですが、少しだけ騒がしくて……」
彼女は目を伏せ、穏やかに答えた。
「そう。……気にしないで。どんな噂であっても、真実でなければ、いずれ消えますわ」
リディアンネの声は震えていなかった。
けれど、指先だけが、そっと膝の上で握られていた。
その噂は、ファビウスの耳にも届いていた。
「リディアンネ嬢が……不品行? 馬鹿げている」
彼はすぐに、侍女たちの間に流れた情報経路を調査し始めた。マリアの名を、あからさまに出すことはない。だが、状況はあまりに不自然だった。
「殿下、もしお耳に届いているなら、噂など無視なさるのが賢明です。これは策略です」
ハインツは黙って頷いたが、目の奥に揺らぎがあった。
その日、リディアンネは偶然、宮廷の小回廊でマリアと出会った。
「……まあ、奇遇ね。お元気そうでなによりだわ」
マリアは、柔らかく微笑みながら、仄かに冷たい声で言った。そして、わずかに顔を寄せて――囁く。
「……令嬢も、お気をつけになって。宮廷にはいろんな“目”があるものよ」
それが、ただの忠告か、あるいは脅しなのか――
リディアンネは表情ひとつ変えず、静かに頭を下げた。
「お気遣い、ありがとうございます。マリア様も、どうかご無理はなさいませんように」
言葉にとげはなかった。けれど、そこには確かな“芯”があった。
夜、リディアンネは一人、自室の窓から外を見ていた。
庭園の噴水が、秋風にそっと揺れている。
(……わたし、いつの間にか、戦っているのね)
ふと胸に手を当てた。
王太子は、まだ“推し”のまま。けれど今は、それだけではない――彼の目に、恥じぬような自分でありたいと、願うようになっていた。
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