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ただ、一歩うしろで
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開かれた窓から秋風が吹き込み、頁がひらりとめくれた。ファビウスは、そのまま椅子に座り、本を閉じた。それはリディアンネが以前、推薦してくれた詩集だった。
「……この詩の中の誰かのように、なれたらと思った日もありましたよ」
彼はぽつりと呟く。だが、誰に向けてというわけではない。ただ、心の奥から零れた独白。
遠くから聞こえる祝宴の音。
王弟派が粛清され、王太子の婚約が王命として発表されるという祝賀の夜。
(君はこれから、あの人と歩んでいく)
それが、彼女の選んだ道。
それを、彼が誰よりも早く知っていた。
そのとき、微かな足音。
振り返ると、リディアンネが一人、静かに立っていた。
「……こんなところにいらしたのですね」
ファビウスは立ち上がり、軽く頭を下げる。
「お祝いの夜に、陰気な塔へようこそ」
リディアンネは微笑んだ。けれど、その瞳は澄んでいた。
「ファビウス様。……この王宮において、わたしが今日を迎えられたのは、あなたのおかげです」
「いいえ。それは貴女自身の力です。私はただ……少しだけ手を添えただけ」
そう言って、彼は少しだけ俯いた。そして、目を閉じて、息を整えるように言葉を継いだ。
「もし、別の未来があったとしたら――
私は、貴女の隣を望んでいたかもしれません」
リディアンネは驚きで目を見開いた。
けれど彼は、笑っていた。どこまでも静かに、優しく。
「けれど、それは叶わない。そして、叶えたいとも思いません。――貴女が笑っているなら、それでいい」
彼は一礼し、振り返る。
「……私は、もう少しだけこの王宮に残ります。ですが、いずれ辞職しようと考えています」
「それは……なぜ?」
問いかけに、彼はただ一言だけ残して歩き出した。
「少し、立ち位置を変えたいのです。貴女の隣ではなく――もう少し遠くから、風のように」
その背は、祝宴とは逆の方角――静かな、けれど誇りある孤独の道を選んで、消えていった。
「……ファビウス、来なかったのか」
リディアンネは隣に立つハインツの言葉に、そっと頷いた。
「ええ。でも、彼は……ずっと、見守ってくれていました」
ハインツは黙って空を見上げた。星が瞬く夜空の中に、風が通り抜けていく。
その風は、確かに――“彼のようだった”。
「……この詩の中の誰かのように、なれたらと思った日もありましたよ」
彼はぽつりと呟く。だが、誰に向けてというわけではない。ただ、心の奥から零れた独白。
遠くから聞こえる祝宴の音。
王弟派が粛清され、王太子の婚約が王命として発表されるという祝賀の夜。
(君はこれから、あの人と歩んでいく)
それが、彼女の選んだ道。
それを、彼が誰よりも早く知っていた。
そのとき、微かな足音。
振り返ると、リディアンネが一人、静かに立っていた。
「……こんなところにいらしたのですね」
ファビウスは立ち上がり、軽く頭を下げる。
「お祝いの夜に、陰気な塔へようこそ」
リディアンネは微笑んだ。けれど、その瞳は澄んでいた。
「ファビウス様。……この王宮において、わたしが今日を迎えられたのは、あなたのおかげです」
「いいえ。それは貴女自身の力です。私はただ……少しだけ手を添えただけ」
そう言って、彼は少しだけ俯いた。そして、目を閉じて、息を整えるように言葉を継いだ。
「もし、別の未来があったとしたら――
私は、貴女の隣を望んでいたかもしれません」
リディアンネは驚きで目を見開いた。
けれど彼は、笑っていた。どこまでも静かに、優しく。
「けれど、それは叶わない。そして、叶えたいとも思いません。――貴女が笑っているなら、それでいい」
彼は一礼し、振り返る。
「……私は、もう少しだけこの王宮に残ります。ですが、いずれ辞職しようと考えています」
「それは……なぜ?」
問いかけに、彼はただ一言だけ残して歩き出した。
「少し、立ち位置を変えたいのです。貴女の隣ではなく――もう少し遠くから、風のように」
その背は、祝宴とは逆の方角――静かな、けれど誇りある孤独の道を選んで、消えていった。
「……ファビウス、来なかったのか」
リディアンネは隣に立つハインツの言葉に、そっと頷いた。
「ええ。でも、彼は……ずっと、見守ってくれていました」
ハインツは黙って空を見上げた。星が瞬く夜空の中に、風が通り抜けていく。
その風は、確かに――“彼のようだった”。
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