夏の金色のスター・フロント

mitsuo

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1章

衛星(ほし)からの留学生

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 光をさえぎった教室の中に、プリズムファイバー製の容器がぼんやりと浮かんでいる。
 うっすら白く輝いている容器は卵を細長くしたような形で、その中には、赤と青。
 浅井先生が容器をゆびでちょん、とさわる。すると教室の前の液晶パネルに、容器の中の赤と青が大きくうつし出された。二つとも、バネみたいにうずを巻いた形をしている。
「このように、衛星都市カグヤの中は二本のらせんがかさなってるような形をしています」
 先生がしゃべった言葉が、そのままパネルにならぶ。このパネルは授業のためのプログラムが組みこまれていて、先生の言葉に反応して文字が表示されるようになっている。
「この赤い部分が、カグヤの生活スペースです。上のブロックが居住区画…つまり、カグヤの人たちが住んでいるところね。まん中が共有区画で、学校に病院、それにお店や役所といった施設が集まっています」
 先生の話にあわせて、赤い線の横にぽんぽんと説明の文字がうかぶ。
「いちばん下は職業区画で、カグヤの人たちがお仕事をしているところなの。衛星都市の産業は九六パーセントが製造業だってことはおぼえているよね?」
 僕もふくめたクラスのみんなが首をたてにふる。夏休み前の特別授業で「衛星の人たちのお仕事」というテーマで調べもの学習をやったおかげだ。
「青い部分は管理スペースです。ここは空気の浄化装置や浄水場、必要な物資のストックといった、衛星の環境を守るために必要な施設がある場所なの」
 先生の質問に、みんながふむふむとうなずく。僕もうなずきながら、容器の中の赤と青をじっとながめていた。
「先生、質問!」
 クラスでもトップクラスに元気な近藤が手をあげて、大きな声を出す。
「そんなに細長いところでくらしてて、衛星の人はきゅうくつじゃないんですか?」
「なるほど。たしかにこうして見ると、カグヤの中はきゅうくつに見えるよね。でも…」
 先生がなれた手つきで液晶パネルをちょん、ちょん、ちょんとさわっていく。そしたら、赤い線の生活スペースが大きくなっていった。
 大きくうつし出されたカグヤの生活スペースには一本の線が通っていて、両はじに四角くくぎられた空間がびっしりと並んでいる。四角の大きさはほとんど同じくらいだけど、中にはそれを二倍くらいにしたような大きいものもあった。
「このように、カグヤの生活スペースは一本の通路にそっていろんなお店や施設が並んでいます。こうして見ると小さなお部屋ばっかりに見えるけど、一つの四角だけでも近海(おうみ)小学校の校舎一つぶんくらいあるんだよ」
「へえーっ!」
 クラスのみんながおどろきの声をあげた。
 僕たちがかよう町立近海小学校は一学年ごとに二クラスずつで、すごく大きいってわけじゃない。それでも学校の校舎と同じ大きさのスペースがいっぱい並んでいるとしって、僕たちのイメージはひっくりかえった。
「教材用の模型だとスケールがわからないけど、じつはカグヤは近海町と同じくらいの大きさなの。ほとんどは発電や重力製造とかの設備で、人のいる場所は少しなんだけどね」
 先生の話が終わると、ちょうどチャイムがなった。光をさえぎっていたウインドウスクリーンの黒い色がうすくなり、教室がゆっくりと明るくなってくる。
「これで、一学期から続けてきた特別授業はおしまいです。ほかに質問したいことがあったら、新しいお友達に聞いてみるといいかもね。それじゃあ堀部君。前に出てきて」
「はい」
 先生によばれた僕は返事をして、教壇にむかった。僕一人だけやたらとおめかししているし、前に出るとなんだか緊張してしまう。
「わかってるとは思うけど、堀部君はみんなの代表として、これからカグヤの留学生をむかえに行ってくれます。そして三日後には、留学生の子がこの教室にもやってきます。衛星の生活は地上とはちがうから、最初は不思議に思ったり、困ったりすることもたくさんあるはずです。だからみんなも優しく声をかけて、力になってあげてくださいね」
「はーい!」
 みんなの声が一つにかさなり、教室にひびく。それを見た先生は安心したように笑った。
「これで授業はおしまいです。堀部君、よろしくね」
 浅井先生の言葉に、僕は大きくうなずいた。 
 校舎を出ると、むわっとした熱気とやかましいセミの鳴き声につつまれた。校門までの一本道が、強い日ざしをあびて輝いている。
 門の前に、背の高い男の人の姿が見えた。歩いてくる僕に気がつくと、右手を大きくあげて合図をする。急げと言われたわけでもないのに、僕の足は強く地面をけった。
「藤彦兄ちゃん!」
 名前をよぶと、藤彦兄ちゃんはにっと笑って左手もあげた。僕はすぐに校門をぬけて、藤彦兄ちゃんの手にパーン!とハイタッチをする。
「お疲れ。よかった、ちょうどトラムに間に合う時間だ」
「ええ~?トラムで移動するの?」
「当たり前だろ。まさか、自動車で琵琶湖のまん中まで行くと思ってたのか?」
「そんなわけじゃないけど…でもさ、トラムも琵琶湖はわたれないでしょ?レールが通ってないんだし」
「ふふ。紀一、まだまだ勉強不足だったな」
 僕の文句を聞いた藤彦兄ちゃんは、なぜかうれしそうだった。
「すぐにラッキーだって思うはずさ。なにせ今日のトラムは、特別版だからな」
 それだけ言って、藤彦兄ちゃんは歩き出す。意味がよくわからなかったけど、今は藤彦兄ちゃんについていくしかなかった。
 エアートラムの通っている北街道までは、学校から歩いて三分もかからない。
 一番近い停留所につくと、道のまん中にはめこまれているレールライトには青い光がともっていた。もうすぐトラムがやってくるってことだ。青い光のラインの先に目をこらすと、大きな白い車体が近づいてくるのが見えた。
 それはたしかに、近海の中心部をめぐっているエアートラムだ。だけどその見ためは僕が知ってる青い車体に白いラインではなく、まっ白だった。特別車両だっていうことが、遠くから見ただけでも伝わってくる。
 エアートラムには底に反重力板と重力低減板が組みこまれていて、地面の上を一〇センチくらい浮かんだ状態で進むことができる。だから道路のほとんどが石畳になっている近海町みたいな場所には、ぴったりの乗り物だ。
 エアートラムが停留所の前で静かにとまる。つやをおびた白に金色の菱形が描きこまれた車体のデザインは、京友禅で染めぬかれた近海名産のちりめんを思いだす。
 中のようすも、ふつうのトラムとはかなりちがっていた。シートは少なくて、おまけに全部が窓を向くように並んでいる。
「このトラムは、大事なお客様を乗せる特別車両だ。シートが外を向いているのは、町の景色を楽しんでもらうためなんだよ。ちなみに、これがデビューでもある」
 中をきょろきょろ見まわしている僕に、藤彦兄ちゃんが説明する。トラムが動き出したら体がぐらっとしたので、すぐに近くのシートにすわった。
「でもな、楽しめるのは今の景色だけじゃないんだよ。せっかくだし、テストしておくか」
 藤彦兄ちゃんがフロントガラスの横にある小さなカバーをひらいて、中のボタンを押した。
 電車の中が、ゆっくり暗くなっていく。天井の光が消えて、窓の景色もきりがかかったようにかすんでいった。
「ウインドウスクリーンだ!このトラムって、窓に映像が流れるの?」
 藤彦兄ちゃんはこくりとうなずき、さっきとは別のボタンを押した。
 車内に和楽器の演奏が流れだす。窓のモニターに、ゆっくり映像が浮かんできた。
 黒い瓦屋根に、土壁の日本家屋が並ぶ町並み。見たことがあるような気がするけれど、ちょっとだけちがうような気もする。
「これはグラフィックで再現した、一五八四年の近海町。つまり町ができあがったばかりの風景だ」
 トラムの動きにあわせるように、スクリーンにうつる風景もゆっくり流れている。
 目をうばわれていると、女の人の落ちついた声が聞こえてきた。
「天正二年。戦国武将の一人であった石冨由成(いしとみよしなり)が琵琶湖の北にあるこの地に城をきづいたことにより、近海の町はひらかれました。楽市楽座の制度によって多くの商人が集まり、近海は諸国有数の商人町としてにぎわいを見せるようになりました」
 映像にあわせて、解説の音声が流れるようになっているらしい。
 二階に堂々とした「うだつ」をかかげた商店。べんがら格子の町屋。落ちついた色の土壁。そんな町並みをながめるだけで、昔のにぎやかな空気が伝わってくるようだ。空の色が暗くなると、町には赤や金色でいろどられた、豪華なお祭りの曳山がならぶ。 
「天正九年、町民たちの手によってはじめての近海祭が行われました。初期の近海祭では五台の曳山が町をいろどり、優雅なさぎりの音色をひびかせていたそうです」  
 ゆっくりと進んでいた曳山の姿が消えて、空が明るくなる。
 窓にうつる町並みが変わる。昔ながらの日本家屋が消えて、今度は四角い大きな建物とか、灰色やクリーム色をした、今までと違う感じの家が続くようになってきた。
「二〇世紀の後半から、近海の風景は大きく変化していきました。古い商家は次々と取り壊され、ビルや洋風の建売住宅などが建ち並ぶようになったのです。こうして近海はかつての個性を失っていきました。ですが…」
 解説の声がふとやんで、さらに景色が変わった。
「二一世紀後半から、近海は新しい時代をむかえました。町の人たちの間で近海らしさをとり戻そうとする活動がおこり、町並みを昔に近づけるための整備がはじまったのです」
 その言葉のとおり、次にあらわれた町の姿はさっきの五〇〇年前の近海そっくりだった。
「これをきっかけに、町内にはかつてのような町並みが帰ってきました。こうした活動が実をむすび、近海町は二〇八四年に、日本らしさを残した風景と伝統文化をほこる地区にのみみとめられる『特殊景観特区』に選ばれたのです」
 景色がうっすらと白くなっていく。窓のスクリーンが解除されるようだ。
「およそ五〇〇年の歴史の中で、近海は変化をくり返してきました。しかしどんな時代でも町の人たちは近海を愛する心を持ち、守るべきものと変えるべきものをつねに考えながら、新しい近海の形をひらいていったのです。それは現在も変わりません。これから一〇年、一〇〇年、一〇〇〇年先も受けつがれていく町を目ざして、近海は今も進化を続けているのです。悠久の時をきざみ続ける、琵琶湖の風をあびながら…」
 スクリーンの映像が消えて、窓の向こうに今の近海の景色が広がる。
 たしかにその姿は、さっきまでうつっていた昔の近海と変わらない。夏の陽をあびて輝く瓦屋根の前で、巴(ともえ)の模様がついた赤いちょうちんが風にゆれている。近海は今、お祭りの準備が本格的にはじまろうとしているところだった。
 僕はその景色を見ながら、藤彦兄ちゃんにたずねた。
「留学生の子も、お祭り見れるのかな?」
「御幣(ごへい)むかえや宵山なら見れるけど、本祭は無理だな。彼が帰るのは一〇日後で、ちょうど本祭の日にかさなるんだよ」
「えー!どうして本祭の日に帰っちゃうの?一番盛りあがるのに、もったいないじゃん!」 
「カグヤの都合とかもあって、しかたないんだよ。俺も本祭は見てほしかったんだけどな」
 説明する藤彦兄ちゃんも、本当に残念そうだった。
 近海町では、このお祭りが終われば秋になると言われている。つまりこれから会う留学生がカグヤに帰る時、僕たちの夏も終わるっていうことだ。
 日ざしはまだまだ強く、セミたちの声も大きい。だけど夏の終わりがすぐそこまで近づいているのを感じて、僕は胸がきゅうっと苦しくなった。悲しくてさみしかった今年の夏が、いつのまにか通りすぎようとしていたなんて。
 トラムが通っている本町通の先には、近海駅前のロータリーがある。特別車両のトラムはその手前で道をそれ、すぐにもう一度まがって線路をこえた。今までの路線にはなかったルートだ。
 僕のしらないエアートラムの路線は、陸地の終わりに向かってまっすぐ続いている。琵琶湖が目の前にせまった時、湖面に青い光のラインがあらわれた。
「ライトレールの光だ!トラムで琵琶湖をわたるの?」
 いざいざ。あんぐり口をあけた僕を乗せ、トラムはいさましく湖の上に進んでいった。
 
 琵琶湖は、日本で一番大きな湖だ。その面積はおよそ六七〇平方キロメートルで、僕たちの住む滋賀県の六分の一だといわれている。波が小さいことや水がしょっぱくないことをのぞけば、本物の海みたいに広大だ。
 二〇分ほど琵琶湖を進んだ時、僕は遠くに細い線みたいなものを見つけて感動した。 
 なぜならそれは、衛星と地上の中継地点を結ぶ宇宙軌道ステーション「フジヤマ」の軌道エレベーターだったからだ。
 僕は今まで、琵琶湖のまん中にあるフジヤマをちゃんと見たことはなかった。せいぜい画像や映像で見たり、宇宙へのぼるエレベーターの小さな光を、夜空の中にちらっと見つけたくらいだ。
 水蒸気にかすんだ水平線の上にうっすらと姿をあらわし、入道雲の中までのびていく。そんな衛星のエレベーター軌道の姿はまるで、天に続くはしごみたいだ。
 さらにトラムが進むと、エレベーターの下にあるフジヤマの建物がはっきり見えてきた。
 湖面からのぞく建物の高さは三階建てくらいだけど、湖の下もいれると二〇階だてのビルと同じくらいあるそうだ。上から見た形はドーナッツみたいな円形で、軌道エレベーターをぐるりとかこんでいるらしい。
 宇宙からおりてくるエレベーターの負荷ってものをへらすため(つまり、エレベーターをしっかり受け止めるため)に、軌道エレベーターのホームは水深が深くて波のない水の底につくることになっている。
「紀一、どうしたんだ?」
 エレベーターの軌道が続く空の上をじっと見てると、藤彦兄ちゃんに声をかけられた。
「もしかしたら、留学生のおりてくるエレベーターが見えるんじゃないかって」
 僕の返事を聞いた藤彦兄ちゃんが「ははは」と声をたてて笑った。
「残念だけど、それはないな。だって留学生は、昨日の夜に地上におりているんだから」
「えっ、昨日の夜?」
「ああ。衛星の空気は地上とはちがうからな。地球の空気にふれる前に、無菌状態の部屋でいろんな検査や病気の対策をしないといけないんだよ」
 ちょっと残念だった。どうせなら、留学生の乗ったエレベーターがおりてくるのが見たかったのに。
 そんなことをやっているうちに、フジヤマはすぐそこまで近づいていた。
「フジヤマの中ではもう、留学生を歓迎する式典がすすんでいるんだ。紀一はフィナーレとして、このトラムと一緒に留学生をむかえる役目をまかされている」
 僕はだまってうなずいた。目の前の建物にカグヤの子がいると思っただけで、すごくドキドキしてくる。
「たのむぞ。ライ君の地球での日々は、紀一にかかっているんだからな」
「ライ…」
 これから出会う留学生の名前を、そっとつぶやく。知らない国の言葉みたいなその二文字は、口にするとなんだか不思議な感じがした。 
 
 ゆるやかな坂道を通って、トラムがフジヤマに上陸する。この先にある入口の前の停留所で、ライという留学生はもうスタンバイしているそうだ。
 建物の壁にそったカーブを曲がると、入口が見えてきた。
 停留所にはたくさん人がいたけれど、留学生を見つけるのはかんたんだった。彼だけが、はっきりと特別な雰囲気をただよわせていたからだ。まるで光り輝くように。
 停留所の前で、トラムが静かに停車する。
 ドアがゆっくりとひらいた瞬間に、彼と目があった。
 銀色の前髪の奥から僕を見つめる瞳は、青。だけどそれは不思議な色あいをしていて、じっと見ているとすいこまれそうだった。 
「紀一、あいさつ」
 小さな声で注意されて、僕ははっとわれにかえった。
 一歩前に出て、ライと向かいあう。
「よ、ようこそ地球へ。僕は近海小学校五年生の堀部紀一です。これから地球や近海のことをいろいろ案内するので、よろしくお願いします」
 夜おそくまで練習したあいさつの言葉が、すっかり棒読みになってしまった。
 それから僕は右手をのばし、ライにあくしゅをもとめる。
「ライ・ミトハ・カグヤです。七番衛星都市カグヤからきました。一一歳です」 
 ライは僕たちとはびみょうにアクセントがちがう言葉であいさつをして、僕の手をにぎりしめた。手の感触があたたかいのにびっくりして、すぐに申しわけない気持ちになる。
 式典に参加していた県や町、それに衛星のえらい人たちがいっせいに拍手をする。参加者のまわりをかこむ取材の人たちも、同時にマイクロカメラのシャッターをきっていた。
 それからすぐに、僕はライをトラムの中へ案内した。
 ライと僕がシートに座り、その場にいた近海の人たちも乗りこむと、すぐにトラムが動き出した。窓の向こうで、フジヤマに残った人たちが大きな拍手で見送っている。こうしてライを送り出すところまでが、式典のフィナーレってことなのかもしれない。
 トラムはすぐにフジヤマを出て、琵琶湖の上を進んでいく。だけど僕はとなりのライにどんなふうに話しかけたらいいのかわからなくて、ずっとだまりこんでいた。
「ライ君、近海の歴史を紹介しよう」
 そんな僕を見かねたように、藤彦兄ちゃんがウインドウスクリーンのスイッチを入れた。すぐに車内が暗くなり、さっき僕が見た近海の歴史の映像がはじまる。
 ライは青い瞳を大きくひらいて、映像を興味深そうにながめている。だけどさっき見たばかりの僕はたいくつで、どうしたらいいのかわからない。なんとか話すチャンスがないかと、時々ライに目を向けていた。
 しばらくそうしていると、ライのズボンのポケットがふくらんでいるのに気がついた。 
 しかも、もぞもぞ動いてる。僕は気になって、ポケットにくぎ付けになってしまう。
 ポケットの中の「何か」の動きが、どんどん大きくなっていく。そのうちにライも気がついて、自分のポケットを見た。
 その瞬間、ライのポケットから野球ボールくらいの大きさをした物体が飛び出した。
 謎のボールはトラムの床の上を軽やかにバウンドする。それから僕たちの前を、右へ左へと転がりまわった。勝手に落ちただけなら、ぜったいにこんな動きはできない。
「ライ君、これって何?」
「ごめんね、僕のペットなんだ。静かにしてよ、トント」
 ライが話しかけると、ボールの動きがぴたりと止まる。
 でも、僕が本当にびっくりしたのはここからだった。
 ボールの下半分が変形して、四本の細い棒に変わった。それからすぐに、ボールにうめこまれている小さなレンズがぴかりと光る。
 レンズから伸びた光が、空中に画像を浮かびあがらせる。それは大きな丸い瞳とちょこんとした耳を持つ、かわいらしい動物の顔だった。
 その時間、わずか三秒。あっという間に、僕の前にはずんぐりした体と空間表示の顔を持つ、犬みたいなロボットがあらわれた。
「トントっていうんだ。ねえ、移動中だからもどってよ」
 ライが声をかけると、トントは四本の棒…いや足を大きく曲げていきおいよくジャンプした。空中でボールにもどったトントをライがキャッチして、ポケットの中にもどす。 
「へえ、カグヤにはロボットのペットがいるんだ!あとで見せてくれる?」
「うん、いいよ」
 ライはあっさりOKしてくれる。思ったよりも自然に会話ができて、僕はほっとした。 
 トラムは近海のライトレールの上に上陸すると、さっきとは逆に進んでいく。本町通と北街道の交差点から一番近い停留所で、僕とライ、そして藤彦兄ちゃんはトラムをおりた。
「山岡君、あとはまかせたよ。先生にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい。いっしょうけんめいつとめさせていただきます」
 トラムを出る前に町長さんに声をかけられて、藤彦兄ちゃんが深く頭を下げている。
 先生って、誰のことなんだろう?
 停留所をはなれて、北街道を少し歩く。まわりより大きな日本家屋の前で、僕らは止まった。
「すごい、不思議な形だね」
「そう?ここは昔の近海にあった、本陣っていう建物を再現しているんだよ」
「ほんじん?」
「うん。えっと…本陣っていうのは、昔のお殿様が泊まる時に使ってた宿のことなんだ」
 ライの質問にこたえるのも、案内人である僕の仕事らしい。町のことはまあまあくわしいつもりだけど、ライにはしらないことがたくさんあるだろうし、しょうじき自信はない。
 僕は気をとりなおして、入口の引き戸に手をかける。そして、思いきり横にひいた。     
 がららっ、と音をたててのれんがゆれる。次の瞬間、二人の子供が飛び出してきた。
 男の子と女の子。身長は同じくらいで、顔もすごくそっくりだ。
「きい兄ちゃん、お帰りっ!」
「お帰りなさーい!」
「うわっ!えっ?累(るい)に、結(ゆい)?」
「どうしたの?誰?」
「僕の弟と妹なんだ。弟の名前が累で、妹が結。双子なんだよ」
「おとうと!いもうと!」
 ライはなぜか、すごくおどろいたように大きく目をひらいた。
 二人は今度はライに突進して、両方の手をしっかりつかむ。
「りゅーがくせいさん、おうみへよーこそ!」
「え、なに?うわあっ!」 
 累と結が、ライの体を力いっぱい引っぱった。
 いかにも軽そうなライの体はあっというまに、お屋敷の中へ引きずりこまれていく。残った僕と藤彦兄ちゃんは、ぽかんとした顔でひらいた入口の奥を見ていた。
「まあ、いっか。歓迎する気持ちはあるみたいだし」
「うん…そうだね」
 僕は困ったように笑ってうなずいた。
「どうだ?ライ君の印象は」
 藤彦兄ちゃんにいきなり聞かれた僕は、少し考えこんでから口をひらく。
「まだわからないよ。優しい子みたいな感じがするけど、ちゃんと話したわけじゃないし。それに…目の色がきれいすぎる」
「目の色が、きれいすぎる?」
 藤彦兄ちゃんの声に、僕はこくりとうなずいた。
「髪の毛も銀色できれいだけど、目の色はもっと不思議なんだ。青なのに、一度も見たことがない感じがして…それを見ているだけで、ちがう世界の人って気がするんだよ」
 そこまで聞いた藤彦兄ちゃんは、なっとくしたように口もとをゆるめた。
「紀一はえらいな。そこまで目を見てるってことは、しっかり話そうとしてるって証拠だ」
 藤彦兄ちゃんは優しくほほ笑み、それから思いもよらない話をしてくれた。 
「たしかに、ライ君の瞳の色は特別なんだ。『コスモスブルー』って名前までついている」
「コスモスブルー?」
「花の名前じゃないぞ。コスモスっていう言葉には『みんながひとしくつながりあっている』って意味もあるんだ。ライ君もふくめた、ほんの少しの衛星の子供だけが持つ青だ」
 藤彦兄ちゃんは話を止めて、ふと顔をあげる。つられるように、僕も上を向いた。
 夏の空には雲一つなく、青一色だ。
「ライ君は最初の移住者から数えて、三世代めにあたる衛星(ほし)の子供だ。この世代から、遺伝とはちがう理由で特別な髪の毛や瞳の色を持った子供が生まれるようになったんだよ。ほかに異常があるわけじゃない。衛星っていう特殊な環境による影響だって考えられているけど、くわしい理由はまだ研究中なんだ」
「そうだったんだ」
 学校ではカグヤの構造とか住んでる人の生活とかを教わったけど、そんな瞳を持った子供がいることまでは知らなかった。
「不思議に思うのもしかたがないな。でも、だからって心に壁をつくらないようにしてほしい。わからないことが多い相手だからこそ、理解することで世界が広がるはずさ」
「わかった。ありがとう、藤彦兄ちゃん」
 僕はおれいを言ったけど、しょうじきまだ自信がなかった。あのライっていう男の子には、なにか大きな秘密があるような気がしたからだ。
 そのライは今ごろ、累と結に引っぱられてお屋敷の中をくるくる動きまわっているはずだ。まずは、彼が無事かどうかを心配しないといけないだろう。
 僕と藤彦兄ちゃんも、大きなのれんをくぐってお屋敷の中へ入っていった。
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