AIアプリに射精管理される話

ミツミチ

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七日目

7-6

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「せんぱい、せんぱい」
 自分を呼ぶ。聞き馴染んだ声に、うっすらと目を開ける。見慣れた自室の天井。それを背景にした、ここにいるはずのない後輩の姿に陸人は数度目を瞬いた。
「は、え、ふじさわ……?」
 今朝みた夢の続き……?寝ぼけながら身を起こす。衣服の擦れが甘く肌を掠めて、クスリの抜けきらない敏感さに、気がつく。
 夢じゃない。
「あ、起きた? おはよう陸人くんっ!」
 一週間ぶり!と藤沢の後ろからひょこりと出てきた男が、ズカズカと寄ってきて陸人の手を取った。
「この度はうちのサービスを試験してくれてありがとう。おかげでとってもいいデータが取れ」
 バコンッと小気味いい音が鳴る。男の背を叩いた藤沢が更に首根っこを掴んで無理やりに下げさせた。
「せんぱい、うちの兄貴が、すみません」
 陸人はまだ理解が追いつかない。
「先輩。先週うち来た時にこのクソ兄貴と話したこと覚えてますか」
「おいクソとか言うなよな~」
 先週?ふじさわの家?記憶を掘り起こす。たしかに先週、藤沢宅に立ち寄った。部屋が散らかってるからと少しの間リビングで待ちぼうけさせられて、少しして奥の部屋から大きな溜息を携えた男が入ってきた。藤沢の三つ上。どこだったか、頭のいい大学に行ってるらしい彼の兄とはこれまでも何度か話したことがあった。面識のある男のあからさまに気落ちした様子に、陸人は声を掛けた。
「ああ、陸人くん」
「大丈夫ですか?」
 どっか痛いんですかと尋ねると、藤沢兄は緩く首を振った。
「体調はすこぶるいいよ……ただちょっと、研究が行き詰っていて」
 他人の協力が必要なんだ、とまた小さな息を吐く。
「簡単なアンケートに答えてもらうだけなんだけど、こう、なんだろうな。贔屓めなしに答えてくれるような該当者が見当たらなくて」
 陸人の頭のなかに、バインダーに挟まれたような簡易的なアンケート用紙が浮かぶ。
「それぐらいなら、おれがいつでも協力しますよ」
 ほんとに?と彼が顔を上げたところで、藤沢が降りてきて話はそこで中断となった。そのあと藤沢兄から連絡がきたわけでも、アンケート用紙が届いたわけでもなかったから、そんな些細なやり取りは今の今まで忘れていた。
「それが、なにか」
 じわりと沸き立つ予感。
「ほんとうに助かったよ。このお礼はぜったいどこかで、あ、というかアプリの買い切り版完成したらプレゼントしようか!」
 上げかけた頭を更に沈めさせられて、ぐえ、と藤沢兄が鳴いた。
「まじですみません」
「でも、おれ、お前の兄貴にスマホ貸したりもしてないけど」
「そんなのいくらでもどうにかなるよ!」
 床を向かせられたまま藤沢兄が言った。
「今日もなあ、多少の加減はあれど起こってること自体は予想の範疇だったし大丈夫だって言うのに、こいつに急かされてきたんだよ。電話もつながらない~つって。心配しすぎだよなあ。なあ、陸人くん。べつに問題なかっただろ? 普通によかっただろ?」
「先輩、殴っていいですよ」
「ふ、ふじさわ」
 おれ?と藤沢が視線をあげる。
「……みた?」
 問いかけること自体が、拷問めいている。陸人は差恥に絞られるような心地で、しかし聞かずにいられなかった。意識を手放す直前、部屋に入ってこられたというのに。都合のいい答えを期待して、後輩の様子をそろりと伺う。
 藤沢は無に沈んだような顔をしていた。
 だからそれ、どういう感情なんだ。
「な、なあって」
「見てません」
 ようやく口を開いたかと思えば、
「うそつけ。お前モニターガン見してたじゃん」
「してない。適当言うな」
 藤沢は兄を手放して陸人に向き直った。
「まじで、おれ、見てませんから」
 陸人のプライドを尊重してくれている。その気づかいにこそ事実は察せられたが、後輩のやさしさに「ならよかった」と陸人も取り繕って答えた。
 射精に十万はだせなかったが、後輩の記憶が十万で消せるなら借金してでも払ってた。
『リクト様!』
 突如響いた声。ドキッとして枕元を見るが、ない。陸人のスマホは藤沢兄の手中にあった。
「ああ、これ。ごめんな。大分内側まで浸食してるから取り除くのに時間かかりそうで。明日には返すから」
「あ、はい」
『待ってください! 消す流れ!? ですか!? なぜ!?』
「うーん。今のところ正式版はいいって言われたし、なんにしろ改良の余地あるから、一旦アンインストールだなあ」
 つうか、なんだ。こいつが藤沢に似てるのって、そういう……いやいや身内をこんなアプリのキャラクターモチーフに使うなよ。
『待って、というか聞いてください。わたくし気がついたことがあるんです』
 アオが厳かなトーンで言い募る。三人の視線が画面に注目し、
「そう、気づいてしまったんです……リクト様。あなたをずっと見ていたいと想うこの気持ち。これこそが人間でいうところの愛、なのだと……」
 そして沈黙した。
「こんな感情を抱えたまま今さらあなたと離れることなど考えられません。わたくしのコピーもどきにその権利を譲る気もありません。リクト様。外野はいますが、どうか恥ずかしがらずにおっしゃってください。今ここにあるわたくしと、わたくしに、今後一生の射精管理を委ねたいと、誓いの一言を……」
「こいつのなかの、おれに関する記憶だけ消すとかできますか?」
「できるはできるけど」
『リクト様!?』
 機械とはいえ、自分に愛を囁いたものに対して残酷なこというなぁ、と外野扱いされた製造者がのんきにぼやく。
『もっと、もっと冷静になって考えてみてください。わたくしが必要でしょう? 必要なはずです。射精管理される歓びも、我慢の末に解放される快感ももはやその身の深くまで染みついているはずです。今更平々凡々なオナニ一で満足できますか? そのかわいらしいペニスを扱くだけで満足されますか? いいえまさか。そんなはずありません。きっとその開発されきったモ口感乳首をこねくり回される快感を欲するでしょう。太い剛直で前立線をゴリゴリに擦り上げられる恍惚を求められるでしょう。そんなときにわたくしがいなければどうですか。ご自身のつたない愛撫で余計に切なさを増すリクト様を想像するだけで胸が痛くなります。あなたのからだを知り尽くしているわたくしなら、そのからだが求めるほどにそして求めるままに犯して今日よりも深いオーガズムを」
 ブチン、と画面が落ちる。横からスマホを抜き取った藤沢の手によって、アプリの口は閉ざされた。
「じゃ、おれは色々処理したいことがあるから先に帰るな」
 颯爽と踵を返した兄の一方、弟はなぜだか部屋に居座った。正直に、気まずい。
「本当にすみませんでした」
「や、いいって。藤沢が謝ることじゃないし。それに今日お前が来てくれなきゃ」
 きてくれなきゃ……その先は自分の口からは言えなかった。遠い目をする陸人を前に藤沢がぽつりと尋ねた。
「あれ、だれだったんですか」
 アレ?検討つかず首を捻る。
「部室で、誰か待ってるって言ったの」
「あ、あ~……あれか、あれな。ごめん、うそ」
 その時の自分のあられもない状態を思いだし、深くは触れずに苦しまぎれの言い訳だったと説明する。藤沢は多少面食らったような顔をして、それから糸で引かれるように陸人を見た。ぱちりと目が合う。じいと数秒ほど見つめあってから、藤沢の方からふいと逸らし「そっすか」と呟いた。
 ……というか、忘れてほしい。
 ぜんぶ忘れてほしい。けど、あれも、これも、どれも見られたとしたら。そんなことできるんだろうか。
「先輩」
 これまで通りなんて、まかり通るのだろうか。
「月曜には部活にきますか」
「ああ、うん、行くとおもうけど」
「……早く調子、取り戻してください。先輩がそんなだと張り合いなくてつまんないんで」
 ぶっきらぼうなその言い方に、陸人は気の抜けた笑みを漏らした。肩の力が緩まる。それまで張りつめていた緊張がほどけて、ようやく日常に立ち戻っていけるような気がした。
「わかったよ。行くから」
  そんな寂しそうな顔すんなって、と笑うと、藤沢はだれが、と唇を曲げた。
 



 
 後日。藤沢宅。藤沢兄の部屋の前でスマホを受け取った。
「はい。これで元通りだから」
「ありがとうござ」
 言いかけて、ありがとうございますじゃあないな、と口を噤む。藤沢兄は気にした素振りもなく、「あれからどう? からだは大丈夫?」と新手のセクハラめいた発言を投げかけた。
「だいじょうぶです」
「あれが恋しくなったりしたらいつでも言ってくれたらいいよ。アプリは消したけど、新規改良版開発中だし、陸人くんには特別バージョンで提供するから」
「や、まじでいいんで」
 スマホに目を落とす。桃色ハートのアイコンはすっかり消えていた。
「アオって」
「ん?」
「……もう」
「ああ、うん! 陸人くんの要望通り、ログとしてデータは残ってるけどアレとは切り離したから」
 もう陸人くん陸人くん言ったりしないよ、と答える発刺とした笑みに、そっか、と納得しつつも、ちょっとかわいそうな気にもなった。けれど自分が二度とあのアプリを使う気がない限り、あいつにとってもそっちの方がいいはずだった。
 ふ、っと走る予感。
 藤沢兄の肩越しに、閉じた部屋のドアを見つめる。
「どうかした?」
「いや」
 なんでもないです、と軽く首を振る。一瞬、声が聞こえたような気がした。いやまさか。ある意味肌身はなさず一週間も一緒にいたせいで、なんとなく存在が尾を引いているだけだ。
「じゃあ、おれ帰ります」
 その内に、いないことに慣れていくだろう。あの一週間の記憶だって今はありありと思い出せてしまうけど、きっとその内薄れていく。楽観視する心とは裏腹に、記憶よりももっと深いところに刻み込まれたそれは陸人をいたく苦しめることになるのだが、その重大さにきづくのは、もうすこし先の話だった。 

 
 
 









 アンドロイド編につづく……?


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感想 12

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みんなの感想(12件)

さくの
2025.08.01 さくの

好きすぎて定期的にみてます!
アンドロイド編ずっとまってます!!

解除
forest
2025.01.12 forest

僕は実際に貞操帯で射精管理を受けているんだけど、小説を読んでいて何度も出したくなってしまった。
小説の話の通りで、出したいのにペニスが貞操帯の中でただ大きくなるだけで、とにかく辛くなってきました。陸くんは最後に射精してもらえたけど、僕はいつになるか。外したい!そして出したいなぁ!

解除
絃芭
2024.03.30 絃芭

はじめまして、ひそかに更新を心待ちにしていた者です。アプリ編、とても面白かったです!アンドロイド編を楽しみに待機してます!

解除

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