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32. 最終学年に突入
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『初冬の大夜会』でアーベルと出会ったミリカは、あの時ユリアンナから言われたことをアーベルに相談した。
ユリアンナの我儘で絡まれてしまった善良な少女を不憫に思い、アーベルはミリカの力になることを約束する。
その一方で、公爵家ではさらにユリアンナの待遇が悪くなる。
今までは嫌味だけで済んでいたアーベルから完全に敵意を向けられるようになり、次期公爵から見放されたユリアンナを使用人たちもぞんざいに扱うようになっていった。
アレックスの婚約者である限りはさすがに虐待されるようなことはないが、ユリアンナが使用人に対して癇癪を起こさなくなったことも相まって、ユリアンナを侮っても良い対象と認識してしまったようだ。
しかしユリアンナはそのことを辛いとも何とも思わない。
居ないもののように扱われることには前世から慣れているし、どうせ一年後にはここを離れて一人で生きていくわけだから、その予行演習とでも思えばいい。
ちなみにミリカと親しくなったアーベルは、ユリアンナの行動を公爵家の密偵を使って監視させているようである。
この間出会ったばかりなのにすっかりミリカに入れ込んでいるアーベルに驚くばかりだが、アーベルの監視はユリアンナにとっても都合がいい。
アーベルはユリアンナのことを「無能で愚か」であると信じているから、〝幻影〟や〝認識阻害〟魔法を使って自分を欺いているなどとは夢にも思っていない。
ユリアンナが怪しい動きをしていないと思い込んでくれれば、計画遂行を邪魔されることもない。
こうして、順調にシナリオを進めながらユリアンナは3年へと進級した。
◇
「はぁ、完璧です。もう教えることは何もないんですが」
ヘンリクスは半ば呆れたような表情でかけていた眼鏡を外し、眉間を揉みほぐすように指で摘んでいる。
「たった9ヶ月で5ヶ国語をマスターするなんて……あなたたちは一体何者なんです?」
昨年の夏の合宿で親しくなってから、ユリアンナはヘンリクスから外国語を習っていた。
………なぜか、オズワルドも一緒に。
「私たちがすごいんじゃなくて、ヘンリーの教え方が上手いのよ。ね、オズ?」
「ああ、そうだな」
ヘンリクスは仲良く隣り合って座るユリアンナとオズワルドを交互に見遣る。
………本当に、理解できない。
この短期間で5ヶ国語の読み書き会話ができるようになるなど、常人の頭脳じゃない。
オズワルドはいつも成績上位に名前があるから、まだ分かる。
理解ができないのは、ユリアンナだ。
ユリアンナの成績はいつも下から数えた方が早いくらいだ。
しかしこの9ヶ月間にヘンリクスが見てきたユリアンナは、非常に聡明で柔軟だ。
「………ユリアンナ様って、もしかしてわざと試験で悪い点数を取ったりしてます?」
ヘンリクスの問いかけに、ユリアンナとオズワルドは顔を見合わせる。
「うーんと……まぁ、そんな感じ?」
「な、何でそんなことを?」
「えー?だって、ユリアンナ・シルベスカは『無能で愚か』だから」
───全く訳が分からない。
ヘンリクスは、理解ができないという表情をユリアンナに向ける。
「本当のあなたは『無能で愚か』なんかではないのに!ちゃんと実力を示せば、そんな噂はすぐに消えるでしょう?」
必死で訴えるヘンリクスに、ユリアンナは苦笑いを浮かべる。
「公爵令嬢の地位を捨てるためには『無能で愚か』な方が都合が良いのよ。そっちの方が、追い出す方も心置きなく追い出せるじゃない?」
そう屈託なく言い切るということは、ユリアンナの中でこの国を出ていくことは確定事項なのだ。
(ユリアンナ様はこの国を見限ったということだろうか?)
もしこのままユリアンナがアレックスと結婚すればきっと立派な妃になるだろうに、とヘンリクスは残念に思った。
「ユリアンナ様はこの国を出たら、何をされるおつもりなんですか?」
「私?冒険者になって大金を稼ぐつもりなの」
「ぼ、冒険者……!?」
ヘンリクスは商人という仕事柄、数多くの冒険者に会ってきた。
個人差はあるものの、男性の冒険者は概ね粗野で俗っぽく、女性の冒険者は豪快で性に奔放な印象だ。
目の前に座る令嬢然としたユリアンナが冒険者として生活する姿など、全く想像できない。
しかも女性の冒険者は身体にピタッとフィットした薄手の服を着ていることが多い。
夏の暑い時期には、タンクトップに短パンなど手足を露出することも多く………そこまで想像したところで、ヘンリクスの顔が熟れたリンゴのように赤く染まる。
「………お前、何想像してんの?やらしいな」
「な、な、な、何も想像してませんけどっ!?」
オズワルドに冷静に突っ込まれ、ヘンリクスは大慌てで否定する。
………オズワルドは心が読めるのだろうか?
「ん?想像って何を?何でヘンリーの顔が赤くなってるの?」
事情が分からないユリアンナが無邪気に問いかけるので、ヘンリクスの顔はますます赤くなってしまった。
ユリアンナの我儘で絡まれてしまった善良な少女を不憫に思い、アーベルはミリカの力になることを約束する。
その一方で、公爵家ではさらにユリアンナの待遇が悪くなる。
今までは嫌味だけで済んでいたアーベルから完全に敵意を向けられるようになり、次期公爵から見放されたユリアンナを使用人たちもぞんざいに扱うようになっていった。
アレックスの婚約者である限りはさすがに虐待されるようなことはないが、ユリアンナが使用人に対して癇癪を起こさなくなったことも相まって、ユリアンナを侮っても良い対象と認識してしまったようだ。
しかしユリアンナはそのことを辛いとも何とも思わない。
居ないもののように扱われることには前世から慣れているし、どうせ一年後にはここを離れて一人で生きていくわけだから、その予行演習とでも思えばいい。
ちなみにミリカと親しくなったアーベルは、ユリアンナの行動を公爵家の密偵を使って監視させているようである。
この間出会ったばかりなのにすっかりミリカに入れ込んでいるアーベルに驚くばかりだが、アーベルの監視はユリアンナにとっても都合がいい。
アーベルはユリアンナのことを「無能で愚か」であると信じているから、〝幻影〟や〝認識阻害〟魔法を使って自分を欺いているなどとは夢にも思っていない。
ユリアンナが怪しい動きをしていないと思い込んでくれれば、計画遂行を邪魔されることもない。
こうして、順調にシナリオを進めながらユリアンナは3年へと進級した。
◇
「はぁ、完璧です。もう教えることは何もないんですが」
ヘンリクスは半ば呆れたような表情でかけていた眼鏡を外し、眉間を揉みほぐすように指で摘んでいる。
「たった9ヶ月で5ヶ国語をマスターするなんて……あなたたちは一体何者なんです?」
昨年の夏の合宿で親しくなってから、ユリアンナはヘンリクスから外国語を習っていた。
………なぜか、オズワルドも一緒に。
「私たちがすごいんじゃなくて、ヘンリーの教え方が上手いのよ。ね、オズ?」
「ああ、そうだな」
ヘンリクスは仲良く隣り合って座るユリアンナとオズワルドを交互に見遣る。
………本当に、理解できない。
この短期間で5ヶ国語の読み書き会話ができるようになるなど、常人の頭脳じゃない。
オズワルドはいつも成績上位に名前があるから、まだ分かる。
理解ができないのは、ユリアンナだ。
ユリアンナの成績はいつも下から数えた方が早いくらいだ。
しかしこの9ヶ月間にヘンリクスが見てきたユリアンナは、非常に聡明で柔軟だ。
「………ユリアンナ様って、もしかしてわざと試験で悪い点数を取ったりしてます?」
ヘンリクスの問いかけに、ユリアンナとオズワルドは顔を見合わせる。
「うーんと……まぁ、そんな感じ?」
「な、何でそんなことを?」
「えー?だって、ユリアンナ・シルベスカは『無能で愚か』だから」
───全く訳が分からない。
ヘンリクスは、理解ができないという表情をユリアンナに向ける。
「本当のあなたは『無能で愚か』なんかではないのに!ちゃんと実力を示せば、そんな噂はすぐに消えるでしょう?」
必死で訴えるヘンリクスに、ユリアンナは苦笑いを浮かべる。
「公爵令嬢の地位を捨てるためには『無能で愚か』な方が都合が良いのよ。そっちの方が、追い出す方も心置きなく追い出せるじゃない?」
そう屈託なく言い切るということは、ユリアンナの中でこの国を出ていくことは確定事項なのだ。
(ユリアンナ様はこの国を見限ったということだろうか?)
もしこのままユリアンナがアレックスと結婚すればきっと立派な妃になるだろうに、とヘンリクスは残念に思った。
「ユリアンナ様はこの国を出たら、何をされるおつもりなんですか?」
「私?冒険者になって大金を稼ぐつもりなの」
「ぼ、冒険者……!?」
ヘンリクスは商人という仕事柄、数多くの冒険者に会ってきた。
個人差はあるものの、男性の冒険者は概ね粗野で俗っぽく、女性の冒険者は豪快で性に奔放な印象だ。
目の前に座る令嬢然としたユリアンナが冒険者として生活する姿など、全く想像できない。
しかも女性の冒険者は身体にピタッとフィットした薄手の服を着ていることが多い。
夏の暑い時期には、タンクトップに短パンなど手足を露出することも多く………そこまで想像したところで、ヘンリクスの顔が熟れたリンゴのように赤く染まる。
「………お前、何想像してんの?やらしいな」
「な、な、な、何も想像してませんけどっ!?」
オズワルドに冷静に突っ込まれ、ヘンリクスは大慌てで否定する。
………オズワルドは心が読めるのだろうか?
「ん?想像って何を?何でヘンリーの顔が赤くなってるの?」
事情が分からないユリアンナが無邪気に問いかけるので、ヘンリクスの顔はますます赤くなってしまった。
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