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48. 裏切りの理由

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 カツーン……カツーン……


 昼でも暗い地下牢に無機質な音が響き渡る。
 音の発生源からして、階段を誰かが降りてきているのだろう。
 ユリアンナは手に持っていた水筒を亜空間に収納し、下に敷いている敷物をドレスの中に隠した。

 この地下牢に連れてこられてから約半日ほど経過したが、牢屋番が食事を運んできたのは一度だけ。
 しかもカビの生えたパン1個に犬にご飯をあげる時のような薄汚れた腕に入った水だけという、食べてはお腹を壊しそうなものだったため、亜空間に入れて持参していたサンドイッチを先ほどちょうど食べ終えたところであった。

 昨夜は頻繁に牢屋番が様子を見にきていたが、ユリアンナが予想外に大人しくしているからか夜が明けてからは食事の運搬以外では誰も訪れていない。

(刑が確定したのでその報告かしら?)

 そう考えながら階段の方を見ていると、階段から歩いてきたのは昨日とは違う明るいイエローのドレスを身に纏ったミリカであった。

「やっほ~ユリアンナ♪……あら?意外と元気そうね」

 親しい友達に向けるような屈託のない笑顔で、ミリカはユリアンナが閉じ込められている鉄格子に近付く。

「ミリカだったの。どう?計画は順調?」

「順調順調!チョ~順調~♪」

 楽しそうなミリカの様子に、ユリアンナもふっと笑みをこぼす。

「それで、どうしたの?こんなところまで来て」

「あ~、それなんだけど。ユリアンナに報告しなきゃいけないことがあって」

「報告?………なぁに?」

 ユリアンナが首を傾げると、ミリカはニィッと口角を上げる。

「なんと!ユリアンナの~………公開処刑が決定しましたぁ~!!パチパチ~!!」

 まるで誕生日を祝うかのような明るい声で楽しそうにはしゃぐミリカを、ユリアンナは唖然とした表情で眺めた。

「え………公開処刑?」

「そう!ゲームのシナリオ通りだよねぇ」

 全く悪意が感じられないミリカのことを、ユリアンナは信じられないものを見るような目で見ている。

「どういうこと?」

「えっとぉ、国王様が『公開処刑が妥当だ!』って言うから、そのまま決まっちゃった」

「………ミリカの嘆願が通らなかったってこと?」

 ユリアンナがそう尋ねると、ミリカは人差し指を口元にあてて「ん~」と考える素振りをみせ、再び口角をニッと上げる。

「よくよく考えてみたんだけど?ユリアンナには完全に消えてもらった方が良いと思ったんだよね」

 そう言って笑ったミリカは、今までに見たことがないほど醜悪な顔をしている。

「…………………初めからそのつもりだったの?」

 ユリアンナは暫し絶句した後、苦しげに言葉を絞り出す。

「いやいや、ユリアンナに暗殺をお願いした時は、本当に嘆願しようと思ったんだよ?だけど後から考えてみたらさ、この計画を知ってるのって私とユリアンナだけじゃない?だから~、ユリアンナが消えれば秘密が漏れることは絶対にないってことでしょ?」

 ニコニコと天気の話でもするような軽いノリでミリカは話し続ける。

「ユリアンナが消えれば私って一生安泰じゃん!って閃いちゃったんだよね!ほんと、なんかごめんね~」

 口では謝罪を述べているが、その顔は清々しいほどに笑顔で全く態度が伴っていない。

「……そんな心配しなくても、あなたの前には一生現れるつもりはなかったのに」

「ユリアンナはそう言うだろうと思ったけどね!でもね、人の心ってすぐ変わるじゃない?………ほら、私の心みたいに?♪」

 ミリカは歌でも歌い出しそうなほど上機嫌で、ドレスの綺麗な裾をヒラヒラと揺らしている。

「どうする?今からでも私たちの計画、暴露してみる?ああ……でもどうかなぁ?ユリアンナの主張を信じてくれる人なんているのかな?」

「……言わないわ。私は約束を守る人間なの。………あなたと違って」

 ユリアンナが諦めたように冷たく言い捨てると、ミリカはますます楽しそうに笑う。

「あははっ!やっぱりユリアンナってお人好し~♪あのねぇ。高潔に生きようとするのは勝手だけど、この世界が選んだのはミリカアタシなの!アンタの高潔さなんか誰も見ちゃくれないのよ!」

 醜く笑うミリカを、ユリアンナはただ見つめるしかできない。
 どうしてこの本性を見抜けなかったのか?
 悔しさで下唇を噛み締める。

「あれ~?さすがに落ち込んじゃった?そうだよね~、ユリアンナは前世でも家族に嫌われてたんだものね!それで、男には不倫して裏切られたんだっけ?あっはは!可笑しい~!!ユリアンナって………とことん神様に嫌われてるのね?」

「………サイコパス」

 ユリアンナがそう呟くと、ミリカが顔を歪める。
 思いの外、気に障る言葉だったようだ。

「っ……!自分の幸せのために他人を踏み台にするのなんて当たり前のことじゃない?どれだけ偉そうなこと言ったってアンタの行く先はギロチンじゃない!私は王子妃になるのよ?どちらが正しかったかなんて明白でしょ?」

 ミリカは急にイライラしたように腕を組み、親指の爪を噛み出す。

「……ああ。最初からユリアンナのこと好きになれなかったのは、に似ているからだわ!あの、綺麗事ばかりのつまらない女………!」

 『あの女』とは誰のことだろうか?
 ユリアンナには見当もつかない。

「……まあ、良いわ。とにかく、ユリアンナは明後日ギロチンで死ぬの♪この牢屋じゃ最後の晩餐も望めないだろうけど。アンタの次の人生はマシになるよう祈ってあげるから、恨まないでよね!」

 ミリカは機嫌を直してくるりと踵を回し、鉄格子に背を向ける。
 ユリアンナはその背を見ながら、虚しさを感じていた。
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