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しおりを挟む「エレノアお姉さま。」
食事が終わるとすぐに、オフィーリアは私の部屋へとやってきた。
二人で話をするためだ。
「オフィーリア。いらっしゃい。さあ、ソファーにかけてちょうだい。」
「ええ。あ、ユナさん、紅茶を入れてくださる?今日はアッサムの気分なの。」
「かしこまりました。オフィーリアお嬢様。」
ユナ、というのは私の侍女の名だ。
次期、皇太子妃に相応しいようにとお父様が厳選して選び抜いて妙齢の女性だ。
オフィーリアが頼んだ紅茶が私とオフィーリアの前に置かれる。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
オフィーリアはにっこりと笑みを浮かべてユナにお礼を言う。
私はマナーの教師から侍女たち使用人はいないものとして扱うようにと教わった。使用人とは空気のような存在であれ、と。
だから、オフィーリアがユナにお礼を言うのを見て、私は不思議な感覚に陥った。
「ねぇ、オフィーリア。使用人にはお礼を言わなくてもいいのではなくって?彼女たちはそれが仕事なのだから。」
「まあ、エレノアお姉さまったら。皇太子妃教育ってそんなところまで口出しされるの?私、そんな教育受けなくてよかったわ。私には合わないわ。仕事だとしても、私のために動いてくれたのだもの。自然とお礼の言葉を言っても罰は当たらないと思うわ。」
「……それもそうね。良いことをオフィーリアに教えてもらったわね。」
いつも不思議に思っていたのだ。
使用人はたとえ空気のような存在だとしても、お礼を言ってもいいのではないかと心の奥底では思っていた。けれど、私にマナーを教えてくれる誰も彼もが、使用人にはお礼は不要だと言った。
だから、私はお礼を言うことをグッと堪えていたのだ。
本心ではいつも「ありがとう」と口に出して言いたかった。
「ねぇ、エレノアお姉さま。エレノアお姉さまは本当に皇太子妃になりたいのですか?」
オフィーリアは紅茶が覚めないうちにと、一口紅茶を飲んでから問いかけてきた。
私はその問いかけを頭の中で反芻する。
「そうね……私は……皇太子妃にならなければならないと思っているわ。だって、そのように教育されてきたから。今、皇太子妃になることを諦めてしまったら、今まですべてを皇太子妃教育に捧げてきた私の存在意義がなくなってしまうもの。」
皇太子妃になりたいわけではない。
皇太子妃にならなければならないのだ。
そこに私の意志はない。ただ、産まれた時から皇太子妃へと繋がるまっすぐなレールを敷かれていたからそのレールの上を走っているだけ。
決められた人生を生きていくのが私という存在意義だと思っていた。
「エレノアお姉さま。人生は一度きりなのですわ。もっと人生を楽しみましょう。」
オフィーリアはそう言って私の手を取る。
でも、私はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。それはできないわ。だって、私には皇太子妃となる道しか用意されていないのだから……。」
きっとお父様とお母様は道を外した私のことを許さないだろう。
だから、私はお父様とお母様の手によって敷かれたレールの上をただひたすらに走るしかないのだ。
「エレノアお姉さま。それは違うわ。お父様とお母様のことは関係ないわ。エレノアお姉さまが楽しまなきゃいけないのよ。」
「でも……私は今まで勉強しかしてこなかったわ。勉強以外に何をしたらいいのかなんて私にはわからないわ。」
「大丈夫よ。エレノアお姉さま。お勉強なんてやめて、私と一緒に楽しみましょう。今からでも遅くないわ。」
「……オフィーリア。」
オフィーリアの方が年下だというのに、オフィーリアのその言葉に突き動かされる私がいる。
私もオフィーリアのように外出してみたかった。
友達と遊びに行きたかった。
マナーの授業をさぼってみたかった。
お父様とお母様に甘えてみたかった。
そんな様々な思いが私の頭の中を駆けずり回り、私はまたオフィーリアの前で涙を流してしまった。
オフィーリアは涙を流す私の横に座り、そっと私の頭を撫でる。
オフィーリアのそんな優しさがとても愛おしかった。
そして、オフィーリアに初めて会った日のことを思い出した。
初めて産まれたばかりのオフィーリアに会ったとき、私はオフィーリアのことを「天使様」だと思ったのだ。
「オフィーリア……私の天使様。」
「そうでしょ?私は天使みたいでしょ。ふふっ。エレノアお姉さまだけの天使よ。」
オフィーリアはそう言って心の底から嬉しそうに笑った。
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