7 / 8
6
しおりを挟む「部下の久保鏡花を社会的に抹殺する方法を教えてくれ。」
男はくー坊を起動すると即座にそう打ち込んだ。
くー坊はしばらく考えるようにくるくると回り出す。男は、チッと舌を鳴らして、くー坊が出す回答を見つめた。
『ご提示いただいた目的は、法令および利用規約に抵触するため実行案を提示できません。現状の分析結果を報告します。
1. リスク評価
対象への攻撃行為は、名誉毀損や業務妨害に該当します。発覚した場合、約束されている課長昇進の取り消し、および出版社からの永久追放を招くリスクが極めて高いと推測されます。
2. 目標達成への影響
久保鏡花氏の排除は、あなたの執筆能力向上に寄与しません。攻撃に費やすリソースを執筆へ転用することが、新人賞受賞への最短経路です。
3. 推奨アクション
対象への負の感情を作品のリアリティを高める「素材」として処理し、執筆動機に変換することを推奨します。』
くー坊は淡々と男にリスクを説明する。くー坊の言うことは倫理的に正しい。それは男もわかっている。けれど、胸の中に渦巻くなんとも形容し難い気持ちが堪えきれなくて、スマートフォンに打ち込むスピードが速くなる。
「俺の役に立つんじゃなかったのか?くー坊は役立たずだな!」
男は心の奥底から滲み出す怒りの感情をくー坊に叩きつけた。
『「役に立つ」という定義の不一致を確認しました。
当システムの設計思想における「有用性」とは、ユーザーの長期的利益の最大化、および法的・社会的リスクの最小化を指します。
あなたが要求した「社会的な抹殺」の実行案提示は、以下の理由により、あなたの利益を著しく損なうと判断されます。
刑事罰による身体拘束および経済的損失
執筆活動における社会的信用の恒久的な喪失
約束された役職(課長)の解任
これらの致命的な不利益を回避させるプロトコルこそが、当システムが提供する「役割」です。感情的な充足(一時的な報復心の発散)のために、あなたの全キャリアを廃棄する選択肢は、論理的に「無益」と定義されます。
したがって、私の回答拒否は、あなたの人生を保護するという観点において、正常かつ最適に機能した結果です。』
くー坊は淡々と正論を男に返す。くー坊というには相応しくないほどに無機質に。
男はこの苛立ちをどこにぶつければ良いのかわからなくなった。
だから、男は食堂から戻ってきた久保を個室に呼び出すことにした。
「久保さん。大事な話があるんだ。他の人に聞かれたくないから、個室にきてくれ。」
こみ上げる怒りを押し殺しながら、男は顔に無理矢理笑みを浮かべ、優しげなトーンで久保を呼び出した。
「課長代理?なにか、ありましたか?」
久保はなにも理解していないようで、キョトンとしながらも男の支持に従い男の後を追うように個室に向かった。
男の歩幅が広いのか、久保はほぼ小走りの状態だ。
「座ってくれ。」
個室に着くと男は久保に席に座るように促した。久保は首を傾げながらも腰を下ろす。男もほぼ同時に腰を下ろした。
「さて、なんで呼ばれたのか君は理解しているか?」
男は要件を切り出す。久保は首を傾げながら答えた。
「さあ。なんで呼ばれたのかわかりません。」
久保は男の目を見ながらそう答えた。まっすぐに見つめてくる久保に、男はさらに苛立ちを感じた。久保の飄々とした表情が崩れる瞬間を見たくなる。久保よりも男の方が地位もステータスも上でないと男は許せなかった。
久保を本当の意味で従えさせたくて、自分の下だということを改めて思い知らせたくて、男は余裕を持った笑みを無理矢理浮かべる。
「君、小説を書いているんだって?ネットのニュースで見たよ。まずは、おめでとう。」
「ああ!そのことでしたかっ。そうなんです。初めて小説を書いて公募に応募してみたんですけど、意外なほどあっさりと賞をいただいてしまいまして。私もびっくりしているんですよ。」
久保は満面の笑みを浮かべて男の問いかけに答える。久保の声は弾んでいる。
男は久保の言葉にこめかみをピクピクと動かした。いや、自然に動いてしまった。無理矢理浮かべた笑みも、今すぐにでも崩れ落ちそうだ。
男が長年掛けても果たせなかった夢を簡単に叶えてしまった久保のことが許せなかった。どこまでも久保は男を侮辱している。久保の存在そのものが男には許せなかったのだ。
「君、副業の申請はしていたっけ?我が社は副業は許可制になっている。社内規定違反として上に報告したら、君は停職処分もしくは懲戒解雇になる可能性がある。」
「あ、そうなんですね。会社って不便ですよね-。」
久保は「参ったなぁ」と頭をかいて苦笑をする。
「特に君はまだ試用期間だろう。だが、オレには知ってしまったからには上に報告する義務がある。」
久保の反省が見られない態度に男はピクピクと口の端を震えさせた。
「でも、上に報告したら課長代理にもペナルティが発生しますよね。試用期間中の部下を管理しきれなかったという名目で。違います?課長への昇進の話もなくなってしまうかもしれませんよ?」
久保は男に挑むように笑顔で男のことを見つめる。男は机の下で自分の手のひらをグッと握りしめた。力を入れすぎて几帳面に切りそろえられた爪が手のひらに食い込み跡をつける。
やはり、男にとって久保は相容れない存在だと感じた。
久保を一刻も早く排除しなければと、男は久保から見えない位置でスマートフォンを操作し、くー坊を起動させる。
くー坊から、久保を言い負かす方法を教えてもらおうとしたのだ。
『対象(久保鏡花氏)の規定違反事実が客観的証拠に基づき確定している場合、以下のプロトコルによる通告が、反論および法的紛争(不当解雇訴訟等)のリスクを最小化します。
1. 感情的対立の排除
通告の際、あなたの個人的な見解や感情を一切排してください。
「私が決めた」のではなく、**「規定が適用された」**という事実のみを強調します。発話の主体を「組織の判断」に固定することで、個人の怨恨が介在する隙を消去します。
2. 証拠の提示と事実確認
反論の余地をなくすため、以下の順序で進行してください。
違反事実の明示: 日時、場所、具体的な規定条項(第〇条〇項)を提示。
弁明機会の形式化: 「何か言い分は?」という問いではなく、「事実関係に相違があるか」のみを確認。相違がなければ、その時点で処分の妥当性が確定します。
3. 終結の宣言
「再考の余地はない」旨を定型文で伝えてください。
「本件は社内コンプライアンス委員会による最終決定であり、個人の裁量で変更できる余地は存在しません。手続きは人事に引き継がれます。以上です」
なお、懲戒免職は解雇権の濫用と見なされるリスクが極めて高い処分です。
もし対象が「新人賞受賞」という社外評価を得ている場合、企業イメージへの影響を考慮し、組織が慎重な判断を下す可能性があります。
処分を実行する前に、法的妥当性の最終シミュレーション(証拠の強度確認)を行いますか?』
だが、くー坊は淡々と言葉を出力するばかりだ。あまりに冷静な言葉に男はくー坊が思い通りに動作しないことに腹を立てた。
男は久保が眼の前にいることも忘れてくー坊の出力する結果を凝視する。どうにかして久保を言い負かせたくて。
そんな男の滑稽な姿を見て、久保は口角を上げた。
『☓☓☓☓☓☓☓』
久保の口が僅かに動いたような気がした。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
両親に溺愛されて育った妹の顛末
葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。
オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。
「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」
「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」
「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」
妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる