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第2章:幼少期・純愛編
第37話:【頑張り方を間違えている】
しおりを挟む目を覚ますと薄闇の中にいた。
「あれ、ここは…」
正確に言えば、ベッドの中にいた。
魔法で出来た色とりどりの優しい光が私の周りを囲むように、ふわふわと漂っている。
「嗚呼、よかった。目を覚ましたんだね、ルピナス」
ふと隣を見れば、ユーフォリア様が私の方を見て微笑んでいた。
「ユーフォリア様、今は…───」
「今は夜中だよ。朝には、まだ随分と早い時間帯かな」
窓に目をやれば外は真っ暗。
空には月が浮かんでいた。
「なるほど、道理で暗いわけですね」
「ふふ。まあ、そう気にしないで。喉が渇いただろう?ほら、お水だよ」
眠りすぎてしまったことに落ち込んでいると励ますようにユーフォリア様は朗らかに笑った。
私の声が少し掠れていたからだろうか。グラスに水を注いで渡してくれる。
こくり、こくりと飲み干すと心地よい冷たさが体に染み渡っていった。
「あ…ありがとうございます。ユーフォリア様」
ユーフォリア様が空になったグラスを回収し、寝起きで思ったより手に力が入らなかったあまり口の端から少し溢してしまった水をタオルで拭いてくれた。
まるで幼い子供のようで少し恥ずかしくなって顔が熱くなる。…実際、私は年齢的に子供なのだけれど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「具合はどう?大丈夫…?」
心配そうに私の顔を覗き込むユーフォリア様を見て、自分がどういった経緯で眠ってしまっていたのかを思い出した。
ユーフォリア様の手が私の頬を優しく撫でる。
「……ルピナス」
ユーフォリア様は少し躊躇いがちに私の名前を呼んで、憂げな顔をしていた。
その表情を見て、随分とユーフォリア様を心配させてしまったのだと悟る。
気がつくと口から滑り落ちていた。
「ユーフォリア様、私は大丈夫です」
口元を引き上げて自分は大丈夫なのだと示す為に笑ってみせた。
前世では笑うことや話すことがあまり得意ではなかったけれど、今世では貴族の令息として笑い方やトークの仕方などのマナーをある程度は身につけている。
ユーフォリア様に、悲しい顔は似合わない。
笑っていて欲しい。
「ラランとリリィから話を聞いたのでしょう?あの二人は少し大袈裟なところがありますから」
大したことがないように、自分は何も気にしていないのだと表すように、私は更に笑みを深めた。
「第二王子殿下は何も悪くありません。父様が…父様が、私のことを悪い風に吹聴していたからの発言です。どうか第二王子殿下を咎めないであげてください」
「ルピナス」
「ユーフォリア様。私、もっと強くなります。今回みたくユーフォリア様にご迷惑をおかけしないように自分の意見を言えるようになって、こんな…ちょっとやそっとのことで傷つかないようになりますから───」
「ルピナス!」
ユーフォリア様から今まで聞いたことがないほどの声量で呼び止められた。
自然と下を向いていたのだろう。
顔を上げた先にいたユーフォリア様のお顔が、まるで苦虫を噛み潰したように歪められていた。
「ルピナス」
もう一度、名前を呼ぶと掻き抱くように。
強く、私を抱きしめた。
「無理して笑わなくていい」
その言葉に思わず限界まで目を見開いた。
「そんな…無理なんて……ッ!」
「ルピナスが嘘をついているなんて思っていないよ。君が、気がついていないだけ。ルピナス、君は無理をしている」
抱きしめられて伝わるユーフォリア様の体温は燃えるように熱くて。
何だか堪らなくなって。
何かが溢れてしまいそうだった。
「ルピナス。俺は、君には心から幸せであって欲しいと願ってる。…でもね、偽ってまで幸せになって欲しいなんて、望んでいないんだよ」
ユーフォリア様の声は震えていた。
「………ユーフォリアさ、ま」
傷つけたくなくて、心配をかけたくなくて。
───笑っていて欲しくて。
それで私は笑ったのに。
逆に心配させてしまうなんて。
……私は、いつも選択を間違える。
どうして、私は人より上手く出来ないんだろう。
「…ごめんなさい。心配させるつもりはなくて、ユーフォリア様に笑って欲しくて。それで、」
焦って、テンパって。
支離滅裂なことを言っている自覚はあるのに止まらない。
「私は誰にも、あんな顔させたくないんです」
前世の弟の顔が蘇る。
幼い頃は、一緒に笑って遊んでいた弟から逃げて。
結局は会うのが最後になってしまった、あの日。
───あんな顔をさせてしまった。
「もう…私は誰も困らせたくないんです。心配させたり、傷つけたくない」
誰も傷つけたくない。
誰も困らせたくない。
誰も心配させたくない。
気がつけば、ユーフォリア様の肩を濡らしていた。
「私は…もう、諦めたくないんです。何にも負けたくないんです……っ」
好きだった絵を、好きだった母を。
好きだったものを投げ出した日々を思い出す。
───今までのように諦めて、負けてしまいたくない。
「私は…もう、何からも逃げたくないんです。だから頑張らなきゃいけないんです」
───もう、自分の人生を後悔しない為に。
「真剣な話をしよう、ルピナス」
ユーフォリア様は抱擁を緩めると、私の肩に手を添えて少し体を離すと目を合わせた。
「───君は頑張り方を間違えている」
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