悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ

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第3章:幼少期・敬愛編

第58話:【両手いっぱいの花束を】

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「少し萎れちゃったね」


 ルピナス様が水の中に浸された花束用の花たちをご覧になってポツリと呟いた。

 今朝、ルピナス様は昨日お選びになった花たちが、どうなっているのか気になられたようで、こっそりアタシとラランの元へ尋ねにいらしたのだ。

 声を出さずとも頷き合ったアタシたちは、ユーフォリア様に理由は後で分かるからとお部屋でお待ちいただくようにお願いをした。

 興味深そうにしているユーフォリア様を見てコッソリついてくるのでは、と心配になって部屋に見張り役のラランを置き、花たちの入った桶があるとされている水場までやって来たのだ。

 第一王子のタンジー様がいらしたあの時、第二王子のダリア様をお救いするうえで王城に向かうべく、シスタースイレンに花たちを託したのだが、ちゃんと長持ちする処理をしてくれている。

 桶を覗くとユーフォリア様の為に選んだそれらは、なるべく萎れないように処理していたのだが、やはり摘み立てのような瑞々しさは少しばかり損なわれていた。


「大丈夫ですわ、ルピナス様!問題はお気持ちなのです。ユーフォリア様のことを想って選ばれたのですもの。きっと喜んでくださいますわ」

「そうかな…?」


 表情が先ほどよりも明るくなったことを確認して、アタシは花たちを包む用のフラワーラップをルピナス様に選んでいただく。

 ヤグルマギク教会では盛んに花を贈る文化があるのと教会前で行っている物販などで花束を用意することがあるので、様々な色のフラワーラップとリボンが常備されていた。


「えっと…シンプルなものにしようかな」


 そう言って、選ばれたのは白のフラワーラップとグリーンのリボン。


「このリボン、ユーフォリア様の瞳の色みたいで綺麗だなと思って。…あ、でも自分と同じ色のリボンを貰っても仕方ないのかな?」

「とんでもございません。ルピナス様からの贈り物なら嬉しいに決まっておりますわ」


 思わず口元を手で押さえて、早口になりながら答える。

 ユーフォリア様のことを考えられていらっしゃるのか、頬を染めて首を傾げる様があまりにも可愛らしかったからだ。


「…では、決まったということで。恐れ入りますが、そこそこの花の量がありますのでアタシの手で包ませていただいても、よろしいでしょうか?」

「うん。その方が上手に出来ると思うし、お願いするよ」


 興味津々なご様子で包む作業を眺めるルピナス様。
 このように期待して見つめられると御主人様の前で張り切ってしまうのが使用人というもの。

 いつも以上に気持ちが乗ってしまいリボンをかなり凝った結び方で結んでしまった。


「すごい…!リリィは天才だね!」

「お褒めいただき、ありがとうございます。不器用なラランには負けませんわ」

「ふふ、そこも勝負してるの?」


 楽しそうに笑っていらっしゃるルピナス様の姿に再度、アタシは心から安堵してしまった。

 ───実の父親が大罪を犯していた。

 その事実はルピナス様に心労を与えてしまっても、おかしくのないもの。

 だからこそ、アタシたちは少し身構えていたのだが、普段と変わらないご様子に驚きつつもホッとしたのだ。


 (…でも、お優しいルピナス様のことだから心配をかけないようにと隠していらっしゃる可能性もある。どんな機微にも気がつくようにしておかなくては!)


 大切な御主人様の笑顔が曇ることのないように。

 リボンの飾りをいろんな角度から眺めるルピナス様を見て、そんなことを思った。


「ユーフォリア様、ご準備ができました。入っても、よろしいでしょうか?」

「…あれ、リリィかい?もちろんいいよ」


 ルピナス様の声ではなくて不思議に思われたようだ。

 今、ルピナス様は両手いっぱいの花束を抱えていてノックが出来ない状態だった為、アタシが代わりにお声がけをしたのだ。
 扉を開けてルピナス様が真っ先に入れるように脇へと身を避ける。

 一歩、一歩と足を踏み出してユーフォリア様の元へ真っ直ぐに向かわれた。


「ルピナス…それは?」

「ユーフォリア様、いつもありがとうございます。昨日、午前中の空いている時間で貴方様へ贈る花束を感謝の気持ちを込めて選ばせていただきました。よろしければ、受け取ってください」

「これを、俺に…?」

「はい」


 しゃがみ込んだユーフォリア様を見上げるルピナス様のお顔は大切なひとを想う、それだった。

 ユーフォリア様の目が大きく見開かれて、恐る恐るといった風に花束を受け取られる。


「…嗚呼、なんてことだ。こんなに嬉しいサプライズは初めてだ」


 噛み締めるように、呟いたユーフォリア様は片手で花束を抱えると何度もありがとう、と言ってルピナス様を抱きしめた。

 綻ぶように笑い、ユーフォリア様のお背中へ手を回されるルピナス様は心の底から幸せそうで。

 アタシは静かに扉を閉めてラランの横へ移動しつつ、涙が溢れるのを抑えきれなかった。


「よかったら使って」


 ラランから差し出されたハンカチにアタシは思わず苦笑を漏らす。


「ヤダ、少し濡れてるじゃない」

「なに、文句言うなら返してよぉ…!」

「いやよ。ラランはこれを使いなさい」


 アタシは自分が用意していたハンカチを差し出すと、ラランに渡されたハンカチで涙を拭いた。


「……そういう素直じゃないところ嫌いじゃないよ」


 ラランはそう言って自分も涙を拭くと、ルピナス様たちを邪魔しないように潜めていた声をより小さなものにして、こちらへと話しかけてきた。


「昨日は途中までで花束を作れるほど花を選べなかったけど、今度また一緒に競って選んで素敵な花束をルピナス様に差し上げましょうね」

「ええ、絶対よ」


 目の前に広がる温かな光景を前にアタシたちは密かに約束するのだった。




 ───…数ヶ月後のある日、静かにいくつもの命が落とされた。


 刑の執行はブバルディア王国の歴史上、稀に見る早さで行われたが、刑をつつがなく行えるまでに集められた証拠の数々が優れたものであったのだ。

 …集めた人物の底知れぬ執念を感じさせるほどに。

 執行と同時期に、ブバルディア王国の貴族たちや市民たちへ向けて王城から新聞や伝令を通して数々の衝撃的な報せが齎された。


 王国至宝のエルフ様がご帰還されたこと。
 数十年という時を経てエルフ様が探し求められた運命の御方が見つかったこと。

 ブバルディア王国内で麻薬売買が行われていて複数の貴族が生産から売買まで行っていたことと、既に処刑が済んでいること。

 エルフ様の運命の御方が、その麻薬売買を行っていた元締めの貴族の長子であること。


 ユーフォリア様とルピナス様の出会いが、ルピナス様の結界魔法などは伏せられた少しばかりの嘘を交えた内容で事細かに、かつドラマチックに描かれた内容で綴られた。

 …物語の中でも一番、盛り上がる名シーンはユーフォリア様が命がけでルピナス様を悪の親玉である父親の伯爵から救い出す場面だ。

 なんでもダリア様がエルフ様の怒りを買ったことは幽閉刑がなくなった為に伏せられることになったそうで、ダリア様関連のルピナス様の尊いお話はないが、ルピナス様が麻薬売買に関わった貴族の子供たちに罪はないのだから自立するまで保護して欲しいと陛下たちに切実な訴えをしたエピソードまであり、運命の御方は慈悲深い!とその場面も多くの人々の胸を打っていた。大変、こちらも人気のシーンとなっている。

 ユーフォリア様とルピナス様の物語は評判から歌や劇も上演されており、多くの人々の関心を集めている真っ最中。

 観劇した者の中には、ドラマチックな内容である、お二人の物語に心酔するファンのようなものまで現れ、ブバルディア王国中はユーフォリア様とルピナス様に対する応援ムードで包まれていた。




▼▼▼



「…ルピナスが、エルフの運命だと?」


 呆然と男は新聞記事を眺めて呟いた。


「……なんだ、なんだなんだ、この内容はッ!これじゃあ、せっかく僕が蒔いた種が台無しじゃないか!」


 新聞紙を物凄い力で破り、ヒステリックに男は喚き散らす。

 あまりの声に通常であれば何事かと人が飛んできても不思議ではないのだが、部屋には防音魔法が施されている為、大事に至っていなかった。


「計画は上手くいっていたはずなのに、どうして……ッ!」


 男はテーブルにあったティーカップを床に思い切り投げつける。当たり前なのだが勢いよく割れてしまった。

 側で控えていた青年が何事もなかったかのように破片を片付け始める。


「目当てにしていた子が二人、この手に入ると思ったのに…」


 男が見遣る壁には苦しむ表情をしたルピナスとダリアの絵が貼り付けられていた。


「いや、僕の蒔いた種は完全に刈り取られてはいないはず。状況を把握し、見極めなくては」


 自らを奮い立たせるように溢すと、男は楽しそうに笑った。


「僕は…可哀想な子が好きなんだ。自分よりも、憐れで哀れな人生を歩む子が」


 普段は綺麗と称されるはずのグレーアイが、今は白く濁りきっていた。



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