望まれない神子は第二王子に弱愛される

てあらいうがい

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第一章

第一話

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何でもない歩道に、突然“それ”は現れた。
足元の感触が消え、次の瞬間には身体が宙に投げ出されていた。
叫ぼうと口を開いたが、声になる前に闇が視界を覆い尽くす。

どれほど落ちたのか分からない。
ただ、衝撃とともに背中を強く打ち、息が詰まった。

次に目を開けたとき、俺は冷たい石の床の上に倒れていた。

「……っ」

喉から漏れた掠れた声が、やけに大きく響く。
ゆっくりと上体を起こすと、視界いっぱいに異様な光景が広がった。

天へ向かって伸びる巨大な柱。
高く掲げられた天井には、細やかな細工が施されたステンドグラスがはめ込まれ、色とりどりの光が床に落ちている。
荘厳で、神聖で、息を呑むほど美しい――大聖堂。

だが、その美しさに感動するより先に、胸の奥が冷えた。

(……違う)

直感的に分かった。
ここは、俺のいた世界ではない。

周囲を見回すと、数十人もの人影が円を描くように立っていた。
整った顔立ち、色鮮やかな髪や瞳、見慣れない衣装。
どう見ても日本人ではない。

彼らは誰一人として声を出さず、ただ黙って俺を見下ろしている。
その視線は好奇心とも恐怖とも違い、どこか判断を保留したような、居心地の悪いものだった。

ざわ、と小さな囁きが波のように広がる。

「……違うのでは?」
「本当に、これが……?」

断片的に耳に入る言葉と、怪訝そうな表情。
それを見て、もうひとつ悟らざるを得なかった。

——俺は、この世界に望まれて来たわけではない。

周囲の人々は距離を保ったまま、ちらちらと俺を見ては小声で何かを話している。
逃げ場のない視線に、普通なら背筋が震えてもおかしくないのに、不思議と心は静かだった。

(まあ……そうだろうな)

そんなふうに思ってしまう自分に、少しだけ苦笑する。

その落ち着かない視線の中、ひとりだけ迷いなくこちらへ歩いてくる人物がいた。

自然と顔を上げると、一等整った容姿の青年が目の前に立っていた。
金色の髪が差し込む光を反射してきらめき、澄んだ青い瞳は、まるで物語に出てくる王子様のようだ。

青年は周囲を一瞥してから、静かに俺へ向き直り、穏やかな声で口を開いた。

「初めまして。
この国の第二王子、アルヴェイン・ロズリアートと申します」

どうやら本物の王子様のようだ。
きっとこの場にいる中で彼が一番身分の高い人物なのだろう。それにもかかわらず、彼の物腰は柔らかかった。

「突然このような形でお招きしてしまい、深くお詫び申し上げます。
本来であれば正式な場でご挨拶すべきところなのですが……事情により、今はゆっくりお話しする時間がございません」

彼は一度言葉を切り、少しだけ眉を下げる。

「恐れ入りますが、まずは応接室へご移動いただけますでしょうか。
そちらで改めてご説明いたします」

そう言いながら第二王子は手を差し出した。俺は素直にその手を取り立ち上がると、軽く埃を払ってから頷いた。

「わかりました」

あまりにも落ち着いた声だったからか、アルヴェインは一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、安心したような、人の良い笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます。失礼ですが、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「広瀬 朔です」

「サク、ですね。承りました」

そう言って、彼は背後に控えていた男へと小さく耳打ちした。

「私がご案内いたします」

応えたのは、剣を携えた大柄な男だった。
引き締まった体躯に無駄のない動き――いかにも騎士らしい美丈夫だ。
表情はほとんど動かず、低い声で短く告げると、無言で歩き出す。

俺は逆らう理由もないので、その後に続いた。
すると、聖堂に残っていた人々の視線が一斉に背中へ突き刺さる。
ひそひそと囁きながら、まるで珍しい獣でも見るかのように、じろじろと見ていた。

大聖堂を出ると人影は減り、張り詰めていた空気から解放された。
そこで初めて、自分でも気づかないうちに肩に力が入っていたことを知った。

数人の使用人らしき人間とすれ違うが、前を歩く大柄な男の身分が高いのか、皆一様に頭を下げ、目を合わせようとしない。
その分だけ、さっきよりは幾分か息がしやすかった。

(牢獄行き、ではなさそうだ)

大聖堂での周りの反応から、てっきりこのまま捕らえられるものだと思っていた。
だが、王子の対応は終始丁寧で、案内されたのは整えられた豪勢な部屋だった。

そもそもここは城なのだろうか。
どこを見ても規模が大きく、装飾の一つひとつが現実離れしている。
一般家庭より貧乏な家で育った俺には、想像もつかない世界だ。

部屋に入り、男に促されるまま大きなソファーに腰を下ろす。

「アルヴェイン様は、あなたを召喚するにあたっての手続きで少し時間がかかります。
ここでお待ちください」

「わかりました」

「私は外に控えておりますので、何かあればお声がけください」

それだけ告げると、男は静かに部屋を出ていった。

扉が閉まり、広い部屋に残されたのは俺一人。
今までの人生で座ったことのないほどふかふかのソファーに体を預けると、自然とため息が漏れた。

「……随分とリアルな夢だな」

少し間を置いて、ぽつりと付け足す。

「……いや、地獄か」

小さく呟いた声は、豪奢な部屋に吸い込まれていき、もちろん誰の耳にも届かなかった。

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