機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds

るろうに

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ep.2-1 iARTS

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「杏子!杏子!」

 街の喧騒の中で、私は葵に抱きしめられていた。腕と胸をぎゅっと締めつける、焦りと安堵の混ざった力。

「なにが……あったの?」

 体の自由がきかないまま、葵の腕の間から振り返る。

 黒いロボットが、まるで膝をついた姿勢で時間を止めたように停止していた。左胸には日本刀で貫かれたような穴が空いている。

 ——あれは、白龍の刀だ。

 それなのに、白龍の姿はどこにもなかった。切り落とされた左腕すら見当たらない。

「杏子……死ぬかと思ったよぉ……」

 手に涙が滴っている。怖さ、安心、不安、いろんな感情が混ざった涙だ。

 私は戸惑いを隠せない様子で聞く。

「あれ……さっきまで白いロボットがいたよね……?」
「え?」
「だから、白いロボットがいて、私がそれに乗って黒いロボットを倒して……」
「ごめん……よく、わかんない……」

 葵は心底困惑した顔をした。その表情に嘘はない。

 だとしたら——さっきの戦闘は何だったのか。夢?幻覚?それとも。

 ただでさえ酷かった困惑がさらに深まる中、葵が不思議そうに聞く。

「杏子、なにを握ってるの?」

 確かに、掌がじんじんと熱い。ふと見ると、左手に硬い感触があった。そっと開く。

 そこには、勾玉が静かに横たわっていた。淡く光った気がして、私は息をのむ。



 電車が止まっている中で、私と葵は大通りを歩く。救急車や消防車がひっきりなしに行き交い、昼間の喧騒とは違った重苦しさが街を覆っていた。

「やっぱりだ……」

 私が見たスマホニュースには、黒いロボットが新宿の街で暴れ回り、多くの死傷者が出たことしか書かれていない。白龍のことなど、一文字もなかった。

「でさ、その白いロボットっていうのは、なんなの?」

 葵が尋ねる。

「杏子が乗ってたんだよね?」

「う……うん」
「それで敵を倒してくれたんだよね?」
「そ……そういうことになる……かな?」
「すっごいじゃん!私たちの救世主だよ~」

 葵が私のことを褒めまくる。自分はなんか言われるがままに戦って、敵を倒して、敵のパイロットを殺したのに……全く偉いことはしてないのに。

「それにしても、明日の学校どうなるんだろうね?」
「さあ、休校じゃないかな?」
「やった、テストも延期になればいいなあ」
「そうだねえ」

 葵のいつもの調子に、私もつられて笑った。こんな他愛のない会話が、今は何より大切だった。



 葵と途中で別れアパートにたどり着く。もう今日は早く帰って寝よう……そして全てを忘れよう。

 そう思い、2階にある自室を見上げた。

 誰かいる。それも2人、黒いスーツらしきものに身を包んだ人間が。

 警察?敵のパイロットを殺したこと?それとも、勾玉?

 そんなわけはない、だって白龍のことはなかったことになってるのに……。

 何度考えても、不安は消えなかった。どうしようもなくなって、私は勢いをつけて階段を駆け上がった。

 2階に達すると、スーツの男女がこちらを向いた。恐る恐る近づく。

「橘杏子さんですね?」

 男の方がいきなり質問してくる。

「は……はい、そうですが」

 素直に答えると、男はSPが付けているような小型マイクで短く報告を入れた。

「対象・橘杏子と接触、情報と差異はみられない。……了解した」

 その言い回しが妙に機械的で、背筋に冷たいものがはしった。

 男は話し終えると、スーツの胸ポケットからとある紙を差し出した。

「私、平泉京介ひらいずみきょうすけ。そしてこちらが」
「オペレーターの中津川なかつがわさくらです。よろしくね」
「は……はぁ」

 対照的に、女の人は柔らかい声で笑った。

「寒いので、部屋の中でお話ししましょう。鍵を」
「え、あ……」

 言われるまま鍵を差し込むと、ドアが開き、弟が勢いよく顔を出した。

「お姉ちゃん! 怪我してない!? 血……ついてるけど……」
「だ、大丈夫だよ、ちょっと転んだだけ」
「会いたかったよぉ……この人たちは?」

 弟の目線がスーツを向く。当然の疑問だ。

「まあ、警察みたいなものだと思ってください。捕まえに来たわけではないので、安心してくださいね」

 中津川というらしい女の人がそう答える。

「それじゃあ杏子さん。少し重要な話があるのでお時間をいただきたいのですが、大丈夫ですか?」
「は、はい」

 本当に何者なんだろう、この人たちは。というか。

「ここ、壁が薄いので大事な話はちょっと……」
「あっ、大丈夫ですよそれなら」

 女の人が腰のポケットに手を突っ込む。なにも変わった気はしない。

「ねえ、春翔はると。ちょっと話あるか……ら?」

 振り返ると、弟がいない。それ以外はいつも通りの部屋なのに。

「あの子はどこに行ったか?ですよね。ご心配なく、少し別の世界線にいるだけですから」
「世界……線?」

 聞き慣れない単語に口が勝手に反復する。

「さっそく本題に入りましょう、杏子さん」

 立ちながらでいいですか?と聞かれたので、私ははいと答える。

「私たちは、iARTSアイアーツ。Institution for Alternative Reality Technology and Science。世界線技術科学機構という施設のものです」
「アイアーツ……」

 やっぱり、聞き慣れない単語だらけだ。

「突然ですが、杏子さんは世界線というものを知っていますか?」
「聞いたことはあります、なんかの曲で……」
「簡単に言えば、私たちの住む世界とは別の世界、まあ言ってしまえば異世界があるという考え方です」
「はあ……」

 聞きなれない言葉が耳を往来する。世界線?別の世界?異世界だって?唐突に押し寄せる非現実に愛想のない返事しかできない。

「そうなるのも無理はありません。普通はこんなことを言っても無視されるだけです」

 女の人が優しげにサポートする。

「あの黒いロボット、覚えてますね?」
「はい。私が戦ったやつ……ですよね?」
「では話は早い。あれは異世界から来た兵器です」

 言葉が、現実味を欠いたまま私の耳に落ちてゆく。

「そして、あなたの操った白いロボット——白龍」
「やっぱり見えてたんですか!?」
「当然です。あれは私たち iARTS が造った機体ですから」
「え……?」

 呆然とし、口が開きっぱなしになる。さっきから突拍子のない話ばかりで、頭が疲れてくる。

「操縦は見事でしたよ。左腕は壊れましたけれど」
「そ、それはすみません……」
「気にしないでくださいね。すぐ直りますから」

 女の人が穏やかに笑う。でも、その笑顔の奥に、どこか測りきれない色が見えた。

 男の人が一歩近づき、はっきりと言った。

「あなたに、iARTS へ参加してほしい」
「……!」

 脳が理解を拒む。私が? なんで?

「嫌だと言ったら、どうなりますか?」
「強制はしません。ただ——異世界からの侵攻は今後も続く。あなたがどう生きるか、それだけです」

 心臓の鼓動が速くなる。
 怖い。この人たちが怖いのか、世界が変わってしまったことが怖いのか。
 
 分からない。

「今日は、お引き取りください」
「そうですか」

 男の人は表情を変えずに言う。

「それじゃあ、気が変わったら名刺の番号にかけてくださいね」

 女の人が軽く手を振り、空気が一瞬ゆらぎ——

「——っ」

 背後から、弟の息遣いが突然戻ってきた。

「また会える日を楽しみにしています、杏子さん」

 2人が去っていく。

 胸の奥に残ったのは、漠然とした恐怖と、どうしようもない疑問だけだった。

 そして弟の追及が、しつこく続いたのは言うまでもない。
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