機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds

るろうに

文字の大きさ
6 / 35

ep.2-2 iARTS

しおりを挟む
 あれから1週間が経った。

 ひっきりなしに続いていたロボット関連のニュースもようやく落ち着き、東京に少しずつ日常が戻りはじめていた。通い慣れた駅に人の流れが戻り、私の高校も再開された。

 葵の願い通りテストは延期されたが、教室内にそれを喜ぶ雰囲気はなかった。

「田中くんがさぁ、ロボットの姿を見たんだって」
「彼女、新宿で命を落としたらしいよ……可哀想に」
「あのロボ、また来るんじゃね?」

 休み時間の雑談は、どれも現実味のない怪談じみた話題ばかりだ。机を合わせて弁当をつつく私と葵の耳にも、自然と会話が入ってくる。

「でさ、そのアイアーツ?っていうの、帰っちゃったんだ?」
「うん。私が少し考えたいって言ったら部屋から出てったよ」
「そういうのってもっとしつこく来るのが相場なんだけどねぇ」
「そうなの?」

 そうそう、と葵は物知りのように首を縦に振る。

「いつまでも部屋に居座ったり、強制的に車に連れ込んだり……」
「それ誘拐じゃない?」
「そう、誘拐だよ。そうならなくてよかったなって」

 冗談めかして言う葵の声に、私の背筋はひやりと冷えた。もしかしたら弟と離れ離れに……なんて未来もあったかもしれない。

「それで、杏子はどうすんの?アイアーツ」
「うん……まだ考え中」

 葵はだし巻き卵を箸で掴んだまま、私を凝視する。

「参加したら、またあのロボットに乗るんだよね?」
「多分……そう」
「私、乗ってほしくないなぁ」

 え?なんで?と問い直す前に、葵の視線が鋭くなる。言いたいことは分かるよね?とでも言いたげな表情だ。

「だって、杏子に死んでほしくないもん」
「私に?」
「当たり前じゃん、私たち親友だよ?」

 私と葵は小学校以来の親友だ。死んでほしくないというのも心からの願いだろう。

 でも——窓の外に目を向ける。遠い新宿のビル群が、残酷なほど静かに光っていた。

 この平和は、いつまで続くんだろう。

「……新宿、行きたいな」

 ぽつりと漏れた私の言葉に、葵はしばらく口を閉ざし、そして短く言った。

「……分かった、行こ」



 次の日曜日、私たちはまた新宿に足を運んだ。

 倒壊したビルの解体工事は遅々として進んでおらず、現場は無機質な仮囲いで囲まれている。隙間から覗く瓦礫の山やむき出しの柱は、生々しくあの日の記憶を呼び起こした。

「あれ……」

 私は思わず足を止め、ひとつのビルを指差した。

「あのビルがどうしたの?」

「……私の白龍が、叩きつけられたビル」

 破壊された外壁の形状は、白龍が激突したときの形そのままだった。胸の奥がひやりとする。

「あの“奇跡の一棟”が?」
「奇跡の……?」

 葵がスマホを取り出し、数秒で記事を見つけて見せてくる。

『唯一、死者ゼロだった“奇跡の一棟”——その理由とは?』
「ロボットの直撃を受けたのに、犠牲者ゼロ。今ネットですっごい話題」
「……初めて聞いた」

 白龍に乗っていたとき、“民間人への被害は発生しない”と誰かに告げられた記憶が、かすかに蘇る。

 ——あれも、iARTSの技術だったのか。

「すごいよね、あの組織。世界線とか言ってたんでしょ?」
「うん……」

 どうして彼らは私を選んだのだろう。

 どうして、白龍は“私の手”に反応したのだろう。

 そんな考えが胸を渦巻く中、歩道の先に色鮮やかな花束の山が見えた。

 献花だ。

「……こんなに亡くなった人がいるんだね」
 
 奇跡の一棟とは対照的に、他の場所では多くの命が失われていた。倒壊したビルの中にいた人、ビルから地面に落下した人、ロボットに踏み潰された人……。

 喉の奥が苦しくなる。

 もしも、私が光る勾玉にもっと早く気づいていれば?

 もしも、黒い物体を見つけた時に警告していたら?

 もしも。

 もしも。

 もしも。

 ありとあらゆる仮定が頭の中を埋め尽くす。どうしたら、どうすればよかったのだろうか?

「大丈夫、大丈夫だから」

 葵がそっと私を抱きしめる。その腕の温度が、胸に刺さる痛みを少しだけ和らげた。

「杏子は悪くない。悪いのはロボットだよ」
「でも……」
「でもじゃないよ」

 葵には全部分かっていた。私がまた白龍に乗ろうとしていることも。

 献花の前で手を合わせる。
 どうか、もう二度と——そんな想いを込めて。

 けれど、その願いは儚く破られた。

 スマホがけたたましく震えた。画面には、一度だけ見た番号が表示されている。

 ——iARTS 中津川。

「橘杏子さん? 中津川です」
「……何の用ですか」
「新たな機体が八丈島近海に出現。現在、東京都心へ時速300kmで接近中です」
「……」

 世界がまた、動き出した。

「白龍の整備は完了しています。現在どちらに?」
「……新宿三丁目」
「その地点なら、すぐに転送可能です。——搭乗しますか?」

 答えられず、私は葵を見た。

 葵はすでに察していた。なんの電話かは、葵も分かっていた。

「ロボット、また出たんでしょ?」
「……うん」
「戦うの?」
「……」
「戦いたいんでしょ?」
「……うん」

 私はかすかに頷いた。

「守りたいんだ……この街を、この日々を、みんなを」
「私のことも?」
「それは!……もちろん」

 葵はしょうがなさそうに私を見つめる。ため息が聞こえる。

「じゃあ、約束して」
「約束?」
「絶対、ぜったいに、生きて帰ってくるって」

 その一言が胸に刺さり、涙が溢れた。頬を伝う涙が地面に落ち、濡れた跡をつける。

「嘘ついたら針千本飲ませるからね?」
「なにそれ……古いよ」
「古くない!」

 葵の笑顔には無理があった。それが余計に胸を締めつける。

「……うん。針千本でも何でも飲む」
「よし、それでこそ杏子」
 
 葵は両手を腰に当て、

「いってらっしゃい、杏子」

 静かに、けれど確かに言った。

 私は葵に背を向け、走りだした。

 逃げるんじゃない。向かうんだ。

「——白龍。転送、お願いします」

 電話の向こうへ、静かに告げた。

 戦うという覚悟を、決意を、意志を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...