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4章
第40話 旅は続く
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耳元で何かを囁かれながら目を覚ます。
始めに目に入ったのは天井に吊るされたライトだった。黄色い光が目に染みる。思わず「眩し……」と掠れた声を出した瞬間、耳元の囁きもワッと大きくなった。
「紫苑さん! 紫苑さんっ!」
「紫苑~! 目ぇ覚めたか!」
ようやくその囁きが明瞭に聞こえ始めた時。同時に視力も正常に戻って来た。
俺の顔の近くには、泣きながら鼻水を垂らす乃蒼と、両目から滝のように涙を流すクリムがいた。
頭もまだボーッとするし、何がなんだか分からない状況。上体を起こし、とりあえずわんわん泣き喚く2人が落ち着くのを待つことにする。
――数分経つと、2人とも身体の水分が無くなったのか、涙も鼻水も止まった。目を腫らした乃蒼が大きなため息と共に俺の肩に触れて言う。
「はぁ~~、良かった! 上手くいったみたいです!」
「まったくだ! 一応、形にはなって良かった……」
2人の会話の意味は分からないが、それ以上にここが何処なのか、何時なのか、どうして自分がここで寝ているのか分からなかった。
俺は何から質問したらいいか分からず、口をパクパクさせていると、それを察したのかクリムが答えてくれた。
「ここは脇谷達が隠れ家にしてた洞窟だ。洞窟内に紫苑のテントを張らせてもらったんだ。――で、今は脇谷達と闘ってから、3日経ってる」
「3日……そうか。3日!?」
3日も寝ていたということは、その間、旗師会の連中は何をしていた? まさか、全員死んでしまったのか?
俺がクリムに聞こうとした瞬間、乃蒼が俺に覆いかぶさるように抱きついた。
「良かったです! 本当に……本当に! もし、紫苑さんが戻らなかったらって考えただけでも、私、ご飯も三食しか喉を通らず……」
「いや、三食も食えてりゃ十分じゃ――」
「と、に、か、く! 無事で良かったです!」
「お、おう。ありがとうよ」
ツッコみたいのは山々だったが、泣きじゃくる少女をこれ以上茶化すのは無粋だろう。抱き着く乃蒼の頭をポンポンと軽く叩いてやった。
しかし、未だに解せない所がある。旗師会の安否よりも重要なことだ。
「クリム。あの後、何があった? そもそも俺は――」
「「なんで抽象画になったのに消えなかったのか」だろ? ええっと、どこから話そうかな」
クリムの理解が早くて助かった。俺はそのまま聞く姿勢に入る。クリムは一つ一つ思い出しながら語る。
「お前が上空に飛び去った後、オレは乃蒼に回復の抽象画で怪我を治してもらったんだ。スゲー速筆だったぜ。で、それから乃蒼が「とにかく急いで追いかけて!」って喚くもんだから、オレは乃蒼を担いでお前らを追いかけたんだよ。全速力で走って、やけに上空が騒がしい所に来たら、上から半分消えかけのお前が落ちてきたんだ。乃蒼曰く、「勝利」の抽象画が完結したらしいな。流石にヤベーなぁと思った時に、乃蒼がコイツを使ったんだ」
クリムがチラリと視線を乃蒼の方に移すと、説明が乃蒼にバトンタッチされた。鼻水をすすりながら、乃蒼が言う。
「これです。テレレレッテレ~! 「紫苑さんのDIG」~! ……です! 私がお世話になった旗師会の柳さんからもらったんです。「いざという時に使って」と言われたんですが――まさにいざという時でした!」
鼻水を垂らした乃蒼が持つのは紛れもなく俺が持っていた一双の白い手袋――DIGだ。旗師会に没収されたままかと思っていた。まさか乃蒼の元に返っていたとは。
「その柳って人に感謝しなきゃな。もし返されてなかったら、俺はあのまま消滅してただろうな……」
改めてゾッとした。切羽詰まっていたあの時は、それほど感じていなかった死の恐怖が今更になって背筋を凍らす。
クリムが話を戻す。
「んで、乃蒼がDIGを装着して、乃蒼を背負ったオレが大ジャンプ! 消える直前のお前を紙の中に封じ込めたってわけだ。これで、とりあえずお前の体は全ては消えなかった。――ここからが大変だったぜ。なんせ、お前の身体、殆どが消えてたからな」
「殆ど消えてた? じゃあ、この身体は……?」
俺は自分の体を確認する。ひとまず、五体満足だ。乃蒼がふふんと鼻息を荒くし、答えた。
「私が描き上げました!」
「――なっ!?」
ギョッとするとクリムは苦笑いで答える。
「お前の姿を知ってる絵師は乃蒼しかいないからな。三日三晩かけて、お前を描き上げたんだよ。オレは絵を描けないが、紫苑の顔の特徴とかは一番知ってるから、乃蒼の横についてサポートしてたんだよ」
「三日三晩……」
クリムはコクリと頷く。よくよく見ると、乃蒼もクリムも目の下に大きなクマができ、髪もボサボサになっていた。三徹の苦労が滲み出ている。
「本当に大変だった……本当に」
疲れ果てた様子のクリムを余所に、乃蒼は鼻の頭を掻いて満面のドヤ顔を浮かべた。
「エヘン! 進化し続ける絵師・絵垣乃蒼とお呼び下さい!」
あれだけ具象画が苦手だった乃蒼が、まさか人間一人を描きあげるとは。本人は楽しく描きあげたのだろうが、クリムの疲弊しきった様子から、かなり悪戦苦闘したのが見て取れる。
「たしかに、すげぇな……。ん?」
俺は乃蒼が描いたという自分の身体を見つめると、不意にフッと笑いが溢れた――ある異変に気が付いたからだ。
「そうかそうか。流石だな乃蒼。道理で――俺の右腕に肘が2つもあるわけだ」
俺が見せつけた右腕は何故か肘が2つあり、左腕と比べて関節が多く異様に長い。クリムは悲鳴を上げて乃蒼の肩を揺らす。
「ギャーッ! 「なんか変だな」とは思ってたけども! 乃蒼! は、早く修正! 修正しろー!」
「あわわわわわわっ! は、はい~っ!」
絶叫し慌てるクリムと乃蒼。俺はそんなコイツらの様子がたまらなく可笑しく感じた。
「……お、怒らないんですか?」
乃蒼は怖怖とした様子で聞く。俺は鼻で笑う。
「俺達はやることなすこと、全部規格外のデタラメ集団だからな。これくらい、構いやしねーよ」
乃蒼とクリムも少し驚いた様子で顔を見合わせるが、すぐに笑った。
そうだ、このハチャメチャ感が俺達なのだ。いちいち目くじらを立ててちゃ身が持たない。これから先もずっとこの調子でいくのだから。
「あっ!」と乃蒼は何かを思い出したらしく、俺に改まって言う。
「そう言えば、忘れてました。……紫苑さん、おかえりなさい!」
「たしかに、言い忘れてたな。紫苑、おかえり!」
二人の仲間にそう言われ、俺は一拍空けて答えた。
「……あぁ。ただいま」
◇◆◇◆
晴天。山は冬を忘れ、春に向けて草木の飾る準備を始めていた。虫や小動物も活動を見せ始め、山は活気づいてきた。
俺は洞穴の出口に立ち、春の佇まいに目を奪われていた。近頃の騒乱で感じる暇もなかったが、確実に季節は移り変わっていたんだ。
旅の再出発。十余年住み続けた家を飛び出した時のことを思い出す。心なしか、あの時に感じた陰鬱な想いとは打って変わって、今は晴々とした気分だ。単純に気候が原因かもしれないが、やはりコイツ等の存在が大きいのだろう。
後ろを振り返る。ちょうど洞穴の出口から出てきた赤いベレー帽と栗色のコート、そして大きなリュックを背負った少女――絵垣乃蒼。
乃蒼のリュックの上に乗るのは、唯一の特徴である紅いマフラーを風に靡かせる棒人間――クリムゾン・ボースプリット。
洞穴の出口にリュックが引っ掛かっていたらしく、ようやく出てきた2人も山の景色をまじまじと眺める。
「いやぁ、晴れて良かったです! 子供達も無事に旗師会の本部に辿り着いてるといいですね!」
俺は頷いた。
「まさか本当に全員保護してくれるとはな。労働者として使えそうな奴しか連れて行かないと思っていたが、意外だったな。……意外と言えば、俺達の処遇もそうだが」
クリムから伝え聞いたことを思い返す。
半身失った俺を救出後、乃蒼とクリムは旗師会達の救出にも向かった。乃蒼が爆速で「回復」の絵を描き上げ、瀕死の旗師会の連中の傷を癒やした。もちろん、洞穴に捕らえられていた人達の分も絵を描き、旗師会と強力して治療にあたったらしい。
無事に全員を救い出した後、若草はこう言ったらしい。
『我々の任務はあくまで「難民の救出」。その中で国宝級二次元種2体、およびそれらを指揮する凶悪な二次元種の蒐集も完遂できた。雷鼓と風袋も再利用可能な状態で蒐集できたのは非常に喜ばしい。旗師会の任務としては十二分な働きだったと言えよう。……本来ならば、乃蒼君を除く貴様らは排除対象なのだが、この我々の活動に対する支援を行った褒美として、今回ばかりは見逃してやる。何処へなりとも消え失せろ』
――高名盗みも甚だしい、手前勝手な言い分だ。本当はクリムとの戦闘を避けたかったに違いない。俺達が蒐めた絵を横取りした上にこんなことを言われれば、俺なら腹が立って殴りかかっていただろう。あいにく、このときの俺は胸から上しかなく、立つ腹さえ無い状態だったわけだが。
せめて一言毒づきたかったが、俺が目覚めた時には既にこの洞窟にいた人達を引き連れ、旗師会の本部へと帰っていったらしい。
去り際に若草は、『乃蒼君、その何もかも半端な男に愛想が尽きたら、いつでも旗師会に戻ってきてくれ』と言ったとか。
ええい、思い出しただけでもムカつく。
イラつく俺を察したのか、乃蒼が隣に立ち、苦笑いで俺の背を軽く叩く。
「まぁまぁ。紫苑さんのDIGやバインダーもまた没収されずに済んだ訳ですし! 良かったじゃないですか! ……あと、こっそり柳さんから食料や日用品も貰えたんですから!」
俺はため息をこぼす。本当に柳って人だけが唯一の救いだな。
「当分は食料を気にせず旅ができるのは助かるが、雷鼓と風袋を没収されたのは惜しいな……。何気にまるでアイツ等が雷神も蒐集したような言いぶりがムカつくし。まぁ、そこはどうでもいいか……」
すると乃蒼のリュックに乗っていたクリムが俺の肩に飛び移った。
「ひとまず無事に旅の再出発ができることを喜ぼうぜ! そういや、次はどこを目指すんだ? 元々は旗師会と接触するのが目的だったよな?」
クリムに同調するように乃蒼も激しく頷く。
「確かに! 今回、色々ありましたけど、私達の目標に全く近づけていませんよね!? むしろ、旗師会の人達に目をつけられて、目標から遠のいたような……」
乃蒼とクリムが頭を傾げる中、俺はうーんと唸る。
「俺は……」
「俺は仲間が欲しいっていう目標は達成できたけどな」と言いそうになったが、止めた。こんな小っ恥ずかしいこと、言えるわけない。
俺が言い淀んでいると乃蒼とクリムは互いに首を傾げて怪しんでいる。誤魔化すように俺は仕切り直す。
「ええっと、一旦全員の目標を再確認するぞ。乃蒼は自分の父親、舵美亜門を探している。クリムは再戦目的で俺の親父、虹守典哉を探してる。そして俺は――」
俺の目的。既に達成されたかに思えたが、脇谷の言葉を思い出した。俺の母こと九里亜尋音が攫われたこと。そして父がその母を探して旅をしていること。忌むべき相手を間違えて育った愚かな息子がするべきこととは――。
「――俺は、母さんを探す。そうすりゃ自然と親父にも会えるはずだ。……そして、俺たち家族をバラバラにした犯人を――ぶん殴ってやる」
これは、あの脇谷との会話が本当だったら、の話だ。身体も消えかけ、死ぬ間際に勝手に作り上げた妄想かもしれない。だが、あれをどうしても妄想や夢の類だとは思えない。非現実の世界における、現実の話だと確信している。
そんな話を知らない乃蒼とクリムはポカンと口を開けていた。こいつらにもちゃんと話さなくちゃな。俺達3人、探し求める人物は違えど、辿り着く先が同じあることを。
俺は歩き始めた。無性に、とにかく前へ進みたくなったのだ。
「そろそろ行くぞ。……何処へ行くかなんて決まってないけどな」
後ろから乃蒼が小走りでついてくる。
「あわわ、待ってくださいよ! なんだか紫苑さん、変わりました? そんな無計画なこと言うなんて……」
すると俺の肩に乗っているクリムがガハハと笑う。
「いやいや良いことじゃねぇか! 旅ってのはそうこなくっちゃ! 着の身着のまま、流れ流され波瀾を愉しめ! 紫苑もわかってきたじゃねぇか! ガハハハハ!」
あまりにうるさいのでデコピンを食らわしてやった。
「うるさい。……っつーか、お前本当にその姿のままで良かったのかよ? せっかく元の姿に戻してやったのに」
「あー? いいんだよ、これで! もうこっちの姿の方に慣れちまったし、あの姿は作画コストも高いからなぁ!」
一体コイツは何と戦っているんだか……。
「なぁーんだ! てっきり性格の悪い紫苑さんに、また虐められてるのかと思いました!」
乃蒼がホッとした様子で笑う。
「あのなぁ……俺ってそんなに嫌な奴に見えるのか?」
我ながら良い人とは思っていないが……。
隣で歩いていた乃蒼は小走りで駆け、俺の前に躍り出る。
「冗談です! 嫌な人と一緒に旅はできませんよ! むしろ、良き相棒として信頼してるんですから! これからも、頼みますよ!」
そう言って、スキップで山の中を跳ねていく。天真爛漫とはコイツのためにある言葉のようだ。
俺は奔放に進む相棒の後ろをついていく。肩に乗ったクリムがしんみりとした様子で俺に語る。
「良かったなぁ、紫苑。良い相棒ができて。お前が長年追い求めていたものが、ようやく見つかったな」
その言葉に俺は鼻で笑って返す。
「他人事みたいに言うな。……お前もその相棒の一人なんだからよ」
そう言うとクリムは「お、おおぉ~~」と涙を流し始めた。目からアメリカンクラッカーのような涙が飛び出し、カッチンカッチンとぶつかりあっている。表現、古っ……。本当にコイツの体はどうなっているのやら。
まったく、一癖も二癖もある奴らだが、たしかに俺が求めていたものなんだろう。そう思うと、少し前まで悲劇の主人公を気取っていた自分がバカらしく思えてきた。
――だが、こういうバカバカしい話の方が俺も好きだ。三次元種と二次元種、そして二・五次元種の珍道中。もしかしたら、奴もどこかで見聞きするかもしれない。ならば、奴が言っていた通り、せいぜい愉快な物語にしてやろう。
父と母、そして俺達家族をバラバラにした犯人を求め――。
俺の旅は続く。
始めに目に入ったのは天井に吊るされたライトだった。黄色い光が目に染みる。思わず「眩し……」と掠れた声を出した瞬間、耳元の囁きもワッと大きくなった。
「紫苑さん! 紫苑さんっ!」
「紫苑~! 目ぇ覚めたか!」
ようやくその囁きが明瞭に聞こえ始めた時。同時に視力も正常に戻って来た。
俺の顔の近くには、泣きながら鼻水を垂らす乃蒼と、両目から滝のように涙を流すクリムがいた。
頭もまだボーッとするし、何がなんだか分からない状況。上体を起こし、とりあえずわんわん泣き喚く2人が落ち着くのを待つことにする。
――数分経つと、2人とも身体の水分が無くなったのか、涙も鼻水も止まった。目を腫らした乃蒼が大きなため息と共に俺の肩に触れて言う。
「はぁ~~、良かった! 上手くいったみたいです!」
「まったくだ! 一応、形にはなって良かった……」
2人の会話の意味は分からないが、それ以上にここが何処なのか、何時なのか、どうして自分がここで寝ているのか分からなかった。
俺は何から質問したらいいか分からず、口をパクパクさせていると、それを察したのかクリムが答えてくれた。
「ここは脇谷達が隠れ家にしてた洞窟だ。洞窟内に紫苑のテントを張らせてもらったんだ。――で、今は脇谷達と闘ってから、3日経ってる」
「3日……そうか。3日!?」
3日も寝ていたということは、その間、旗師会の連中は何をしていた? まさか、全員死んでしまったのか?
俺がクリムに聞こうとした瞬間、乃蒼が俺に覆いかぶさるように抱きついた。
「良かったです! 本当に……本当に! もし、紫苑さんが戻らなかったらって考えただけでも、私、ご飯も三食しか喉を通らず……」
「いや、三食も食えてりゃ十分じゃ――」
「と、に、か、く! 無事で良かったです!」
「お、おう。ありがとうよ」
ツッコみたいのは山々だったが、泣きじゃくる少女をこれ以上茶化すのは無粋だろう。抱き着く乃蒼の頭をポンポンと軽く叩いてやった。
しかし、未だに解せない所がある。旗師会の安否よりも重要なことだ。
「クリム。あの後、何があった? そもそも俺は――」
「「なんで抽象画になったのに消えなかったのか」だろ? ええっと、どこから話そうかな」
クリムの理解が早くて助かった。俺はそのまま聞く姿勢に入る。クリムは一つ一つ思い出しながら語る。
「お前が上空に飛び去った後、オレは乃蒼に回復の抽象画で怪我を治してもらったんだ。スゲー速筆だったぜ。で、それから乃蒼が「とにかく急いで追いかけて!」って喚くもんだから、オレは乃蒼を担いでお前らを追いかけたんだよ。全速力で走って、やけに上空が騒がしい所に来たら、上から半分消えかけのお前が落ちてきたんだ。乃蒼曰く、「勝利」の抽象画が完結したらしいな。流石にヤベーなぁと思った時に、乃蒼がコイツを使ったんだ」
クリムがチラリと視線を乃蒼の方に移すと、説明が乃蒼にバトンタッチされた。鼻水をすすりながら、乃蒼が言う。
「これです。テレレレッテレ~! 「紫苑さんのDIG」~! ……です! 私がお世話になった旗師会の柳さんからもらったんです。「いざという時に使って」と言われたんですが――まさにいざという時でした!」
鼻水を垂らした乃蒼が持つのは紛れもなく俺が持っていた一双の白い手袋――DIGだ。旗師会に没収されたままかと思っていた。まさか乃蒼の元に返っていたとは。
「その柳って人に感謝しなきゃな。もし返されてなかったら、俺はあのまま消滅してただろうな……」
改めてゾッとした。切羽詰まっていたあの時は、それほど感じていなかった死の恐怖が今更になって背筋を凍らす。
クリムが話を戻す。
「んで、乃蒼がDIGを装着して、乃蒼を背負ったオレが大ジャンプ! 消える直前のお前を紙の中に封じ込めたってわけだ。これで、とりあえずお前の体は全ては消えなかった。――ここからが大変だったぜ。なんせ、お前の身体、殆どが消えてたからな」
「殆ど消えてた? じゃあ、この身体は……?」
俺は自分の体を確認する。ひとまず、五体満足だ。乃蒼がふふんと鼻息を荒くし、答えた。
「私が描き上げました!」
「――なっ!?」
ギョッとするとクリムは苦笑いで答える。
「お前の姿を知ってる絵師は乃蒼しかいないからな。三日三晩かけて、お前を描き上げたんだよ。オレは絵を描けないが、紫苑の顔の特徴とかは一番知ってるから、乃蒼の横についてサポートしてたんだよ」
「三日三晩……」
クリムはコクリと頷く。よくよく見ると、乃蒼もクリムも目の下に大きなクマができ、髪もボサボサになっていた。三徹の苦労が滲み出ている。
「本当に大変だった……本当に」
疲れ果てた様子のクリムを余所に、乃蒼は鼻の頭を掻いて満面のドヤ顔を浮かべた。
「エヘン! 進化し続ける絵師・絵垣乃蒼とお呼び下さい!」
あれだけ具象画が苦手だった乃蒼が、まさか人間一人を描きあげるとは。本人は楽しく描きあげたのだろうが、クリムの疲弊しきった様子から、かなり悪戦苦闘したのが見て取れる。
「たしかに、すげぇな……。ん?」
俺は乃蒼が描いたという自分の身体を見つめると、不意にフッと笑いが溢れた――ある異変に気が付いたからだ。
「そうかそうか。流石だな乃蒼。道理で――俺の右腕に肘が2つもあるわけだ」
俺が見せつけた右腕は何故か肘が2つあり、左腕と比べて関節が多く異様に長い。クリムは悲鳴を上げて乃蒼の肩を揺らす。
「ギャーッ! 「なんか変だな」とは思ってたけども! 乃蒼! は、早く修正! 修正しろー!」
「あわわわわわわっ! は、はい~っ!」
絶叫し慌てるクリムと乃蒼。俺はそんなコイツらの様子がたまらなく可笑しく感じた。
「……お、怒らないんですか?」
乃蒼は怖怖とした様子で聞く。俺は鼻で笑う。
「俺達はやることなすこと、全部規格外のデタラメ集団だからな。これくらい、構いやしねーよ」
乃蒼とクリムも少し驚いた様子で顔を見合わせるが、すぐに笑った。
そうだ、このハチャメチャ感が俺達なのだ。いちいち目くじらを立ててちゃ身が持たない。これから先もずっとこの調子でいくのだから。
「あっ!」と乃蒼は何かを思い出したらしく、俺に改まって言う。
「そう言えば、忘れてました。……紫苑さん、おかえりなさい!」
「たしかに、言い忘れてたな。紫苑、おかえり!」
二人の仲間にそう言われ、俺は一拍空けて答えた。
「……あぁ。ただいま」
◇◆◇◆
晴天。山は冬を忘れ、春に向けて草木の飾る準備を始めていた。虫や小動物も活動を見せ始め、山は活気づいてきた。
俺は洞穴の出口に立ち、春の佇まいに目を奪われていた。近頃の騒乱で感じる暇もなかったが、確実に季節は移り変わっていたんだ。
旅の再出発。十余年住み続けた家を飛び出した時のことを思い出す。心なしか、あの時に感じた陰鬱な想いとは打って変わって、今は晴々とした気分だ。単純に気候が原因かもしれないが、やはりコイツ等の存在が大きいのだろう。
後ろを振り返る。ちょうど洞穴の出口から出てきた赤いベレー帽と栗色のコート、そして大きなリュックを背負った少女――絵垣乃蒼。
乃蒼のリュックの上に乗るのは、唯一の特徴である紅いマフラーを風に靡かせる棒人間――クリムゾン・ボースプリット。
洞穴の出口にリュックが引っ掛かっていたらしく、ようやく出てきた2人も山の景色をまじまじと眺める。
「いやぁ、晴れて良かったです! 子供達も無事に旗師会の本部に辿り着いてるといいですね!」
俺は頷いた。
「まさか本当に全員保護してくれるとはな。労働者として使えそうな奴しか連れて行かないと思っていたが、意外だったな。……意外と言えば、俺達の処遇もそうだが」
クリムから伝え聞いたことを思い返す。
半身失った俺を救出後、乃蒼とクリムは旗師会達の救出にも向かった。乃蒼が爆速で「回復」の絵を描き上げ、瀕死の旗師会の連中の傷を癒やした。もちろん、洞穴に捕らえられていた人達の分も絵を描き、旗師会と強力して治療にあたったらしい。
無事に全員を救い出した後、若草はこう言ったらしい。
『我々の任務はあくまで「難民の救出」。その中で国宝級二次元種2体、およびそれらを指揮する凶悪な二次元種の蒐集も完遂できた。雷鼓と風袋も再利用可能な状態で蒐集できたのは非常に喜ばしい。旗師会の任務としては十二分な働きだったと言えよう。……本来ならば、乃蒼君を除く貴様らは排除対象なのだが、この我々の活動に対する支援を行った褒美として、今回ばかりは見逃してやる。何処へなりとも消え失せろ』
――高名盗みも甚だしい、手前勝手な言い分だ。本当はクリムとの戦闘を避けたかったに違いない。俺達が蒐めた絵を横取りした上にこんなことを言われれば、俺なら腹が立って殴りかかっていただろう。あいにく、このときの俺は胸から上しかなく、立つ腹さえ無い状態だったわけだが。
せめて一言毒づきたかったが、俺が目覚めた時には既にこの洞窟にいた人達を引き連れ、旗師会の本部へと帰っていったらしい。
去り際に若草は、『乃蒼君、その何もかも半端な男に愛想が尽きたら、いつでも旗師会に戻ってきてくれ』と言ったとか。
ええい、思い出しただけでもムカつく。
イラつく俺を察したのか、乃蒼が隣に立ち、苦笑いで俺の背を軽く叩く。
「まぁまぁ。紫苑さんのDIGやバインダーもまた没収されずに済んだ訳ですし! 良かったじゃないですか! ……あと、こっそり柳さんから食料や日用品も貰えたんですから!」
俺はため息をこぼす。本当に柳って人だけが唯一の救いだな。
「当分は食料を気にせず旅ができるのは助かるが、雷鼓と風袋を没収されたのは惜しいな……。何気にまるでアイツ等が雷神も蒐集したような言いぶりがムカつくし。まぁ、そこはどうでもいいか……」
すると乃蒼のリュックに乗っていたクリムが俺の肩に飛び移った。
「ひとまず無事に旅の再出発ができることを喜ぼうぜ! そういや、次はどこを目指すんだ? 元々は旗師会と接触するのが目的だったよな?」
クリムに同調するように乃蒼も激しく頷く。
「確かに! 今回、色々ありましたけど、私達の目標に全く近づけていませんよね!? むしろ、旗師会の人達に目をつけられて、目標から遠のいたような……」
乃蒼とクリムが頭を傾げる中、俺はうーんと唸る。
「俺は……」
「俺は仲間が欲しいっていう目標は達成できたけどな」と言いそうになったが、止めた。こんな小っ恥ずかしいこと、言えるわけない。
俺が言い淀んでいると乃蒼とクリムは互いに首を傾げて怪しんでいる。誤魔化すように俺は仕切り直す。
「ええっと、一旦全員の目標を再確認するぞ。乃蒼は自分の父親、舵美亜門を探している。クリムは再戦目的で俺の親父、虹守典哉を探してる。そして俺は――」
俺の目的。既に達成されたかに思えたが、脇谷の言葉を思い出した。俺の母こと九里亜尋音が攫われたこと。そして父がその母を探して旅をしていること。忌むべき相手を間違えて育った愚かな息子がするべきこととは――。
「――俺は、母さんを探す。そうすりゃ自然と親父にも会えるはずだ。……そして、俺たち家族をバラバラにした犯人を――ぶん殴ってやる」
これは、あの脇谷との会話が本当だったら、の話だ。身体も消えかけ、死ぬ間際に勝手に作り上げた妄想かもしれない。だが、あれをどうしても妄想や夢の類だとは思えない。非現実の世界における、現実の話だと確信している。
そんな話を知らない乃蒼とクリムはポカンと口を開けていた。こいつらにもちゃんと話さなくちゃな。俺達3人、探し求める人物は違えど、辿り着く先が同じあることを。
俺は歩き始めた。無性に、とにかく前へ進みたくなったのだ。
「そろそろ行くぞ。……何処へ行くかなんて決まってないけどな」
後ろから乃蒼が小走りでついてくる。
「あわわ、待ってくださいよ! なんだか紫苑さん、変わりました? そんな無計画なこと言うなんて……」
すると俺の肩に乗っているクリムがガハハと笑う。
「いやいや良いことじゃねぇか! 旅ってのはそうこなくっちゃ! 着の身着のまま、流れ流され波瀾を愉しめ! 紫苑もわかってきたじゃねぇか! ガハハハハ!」
あまりにうるさいのでデコピンを食らわしてやった。
「うるさい。……っつーか、お前本当にその姿のままで良かったのかよ? せっかく元の姿に戻してやったのに」
「あー? いいんだよ、これで! もうこっちの姿の方に慣れちまったし、あの姿は作画コストも高いからなぁ!」
一体コイツは何と戦っているんだか……。
「なぁーんだ! てっきり性格の悪い紫苑さんに、また虐められてるのかと思いました!」
乃蒼がホッとした様子で笑う。
「あのなぁ……俺ってそんなに嫌な奴に見えるのか?」
我ながら良い人とは思っていないが……。
隣で歩いていた乃蒼は小走りで駆け、俺の前に躍り出る。
「冗談です! 嫌な人と一緒に旅はできませんよ! むしろ、良き相棒として信頼してるんですから! これからも、頼みますよ!」
そう言って、スキップで山の中を跳ねていく。天真爛漫とはコイツのためにある言葉のようだ。
俺は奔放に進む相棒の後ろをついていく。肩に乗ったクリムがしんみりとした様子で俺に語る。
「良かったなぁ、紫苑。良い相棒ができて。お前が長年追い求めていたものが、ようやく見つかったな」
その言葉に俺は鼻で笑って返す。
「他人事みたいに言うな。……お前もその相棒の一人なんだからよ」
そう言うとクリムは「お、おおぉ~~」と涙を流し始めた。目からアメリカンクラッカーのような涙が飛び出し、カッチンカッチンとぶつかりあっている。表現、古っ……。本当にコイツの体はどうなっているのやら。
まったく、一癖も二癖もある奴らだが、たしかに俺が求めていたものなんだろう。そう思うと、少し前まで悲劇の主人公を気取っていた自分がバカらしく思えてきた。
――だが、こういうバカバカしい話の方が俺も好きだ。三次元種と二次元種、そして二・五次元種の珍道中。もしかしたら、奴もどこかで見聞きするかもしれない。ならば、奴が言っていた通り、せいぜい愉快な物語にしてやろう。
父と母、そして俺達家族をバラバラにした犯人を求め――。
俺の旅は続く。
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