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#3 DOU-TEIだっていいじゃない

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「おやぁ、見慣れない顔ですねえ」
 王都からマーリ率いる部隊が帰還した。マーリはロコの幼なじみの一人で、たくましい体つきのロコとは対照的に細身で神経質そうな面だちの青年だ。ロコが肉体武闘派なら、彼は知恵で勝負する参謀といったところだろうか。モノクルごしにじっと顔を近づけられて私は反射的に後ずさった。

「失礼。この汚らしい田舎になんと美しいご婦人がいらっしゃるものかと目を疑ってしまいました」
「そのようにしばしばこの顔をお褒めいただきますが、ぼくは男です」

 にっこりと笑って返す。さりげなく剣の柄に触れると察したらしい、「これは失礼を」とマーリが退いた。懲りないオーガストが「わかるぅ」と隣で笑う。
 農作業から戻ったロコが「よう」とマーリに声をかけた。あちこち傷みのある麦わら帽子にたくましい胸元を大きく開いたいつものチュニック。土汚れをあちこちに付着させ汗だくで立つ彼を見たら、王都の貴族は卒倒してしまうかもしれない。
 だけど、驚くべきことにシュトライテン侯爵は自らの足で領に出ていって農作業を手伝ったり、糞や泥まみれになって家畜の世話をするのだ。

「またそのようなみすぼらしい様相で」

 とがめるようなマーリに、ロコが麦わら帽子を脱いで愚痴を言う。
「しょうがねえだろ、収穫作業はどこも人手が足りねえんだよ。ただでさえ鉱山の方に人数とられてるしよ」
「仕方がないでしょう。女王陛下の意思です。なぜ二十年前のあの事件が起きたのか、王家はあれだけの犠牲を払ってなお理解していないから平然と我々に丸投げができる。本来であればリーエルには国じゅうの騎兵を置いても足りないくらいだ」
「そんなことすりゃ全面戦争になるのがオチだ。だからテレジア女王も、明らかに『お客さん』が増えてるのがわかってても動けなかったんだろ」

 マーリが舌打ちした。それまでの余裕めいた薄笑いの仮面が剥ぎとられたかのようになくなって、激しい感情をぶつけるようにロコを睨みつける。
「だから愚かだと言っている! テレジア女王は知っていた、なぜゲイリー王がシィルのようなとるにたらぬ小国を求めるのか。ゲイリー王がシィルの持つ『何』を欲しているのか。それでこの二十年、シィル王家がシィルの民のために何をしました? シュトライテンにどれだけの理解を示した!?」
「……マーリ」

 ロコが静かに首を横に振った。葬列に続く人のような灰色の目が私とオーガストを示し、マーリが意図を理解したように胸ポケットからハンカチを抜き取る。モノクルを丁寧に拭くとつけなおした。

「そうですねえ。この手の話はおまえとはさんざんし尽くして平行線のままでしたねえ」
「マーリ、こいつはクロワだ」

 ロコに呼ばれてマーリの感情を排した冷ややかな目が私に向く。場のひりついた空気などなかったかのように明るいロコの声が私を紹介した。
「こんなナリだが腕は本物だぜ。ちょうどいい手本だから素人連中の指導を頼んでる。どいつもこいつも、俺は嫌だとぬかしやがる」
「まずおまえと同じ武器を持つことが無理ですからね。あんな大きな大刀、扱うことができるのはこのシィルでも間違いなくおまえくらいでしょう」

 そうだろうな、と私は内心でうなずく。一振りすれば周囲にある木を簡単に伐採できてしまいそうなそれは特注品だそうで、戦場で用いれば馬ごと斬ってしまうのだろう。何せ刃の部分だけでも私の剣がまるまるおさまってしまう。当然重量も相応になってくるわけで、ロコが指導者を外に求めたのもごく当然の流れだった。
 くす、マーリが笑った。いたずらを思いついたようなちょっと嫌な笑い方だ。

「いや、どうりでどんなご婦人にも興味を示さないわけだと思いましてねえ。育ちの悪い獣に横取りされないよう、せいぜい臭いをつけておきなさいよ。おまえはしょせん根が貴族ですからねえ」

 たずねたロコにマーリがにやにやと笑いながら答える。男色を疑われたのだと私が理解したのはマーリの姿が見えなくなったあとのことだった。あいつ! 私は勢い剣を抜き、つい今までマーリのいた場所でめちゃくちゃにふりまわす。
「女顔で悪かったですねえええ! どうせぼくは貧弱もやし野郎ですよ! ロコさんもなんで言い返さないんです!? そもそもあんたが“”こんなナリ“とか余計なこと言うからおかしな疑いをもたれるんですよ、それともあんた、本当にそういう意味でぼくを引き入れたんです!?」
「違ェし!」
 ロコが即答した。

「俺だってあんなふうに童貞暴露されて気分よかねえわ! 馬鹿にしやがって。たまたま俺様の眼鏡にかなう女がいねえんだよ」
「えっ」
「えっ?」

 私とオーガスト、それからロコの視線がぶつかった。童貞? 誰が?
(余計なこと言わなきゃいいのに……)
 理解すると同時に私はあきれてしまう。オーガストがふき出した。

「ロコ童貞なん? そのガタイとツラで? あんたいくつだっけ?」

 しまった、とロコがあからさまに青ざめるが遅い。うるせえな、とロコが顔を赤くする。
「だったらどうした、おめえそれ、ほかのやつらに言ったらぶっ殺すからな!」
「どうしよっかなー、なー、クロワ」
 私に振らないでほしい。確かに意外には思ったけどそれはロコの外見や年齢に対するこちらの一方的な偏見だし、ロコは「好みの女性との出会いがなかったから」と理由を明確にしているわけで、女の立場からすればむしろ好ましく映る。

 貴族社会において、女性には貞節を厳しく求めながら夫自身は女性関係をあちこちで築いて回るなんて話はめずらしくない。恋が多く、より多くの女たちに想われる男ほど尊敬されるという考えが彼らにはあるからだ。
 寝取った寝取られた云々の裁判や決闘などもしょっちゅうで、一日の発生件数は貴族が一日におこなう食事の回数よりも多いと聞く。立会人が世俗の愛に絶望し出家してしまったなどという笑い話もあるほどだ。

「えっと……」

 正直に言えば、ロコが童貞だろうが女遊びしていようがどうでもいいし関心もない。ただ今後、ロコのどんな活躍を見ても彼が童貞であるという事実が私の脳裏にチラつくだけである。
「別にそのくらい、気にしなくたって――」
 よいのではないか。

 あたりさわりのない意見を述べようとして、突然体が勝手に傾いた。ダンスのパートナーのように腕と腰をとられ、すぐ間近にロコの野獣じみた顔が迫る。完全に据わった灰色の目にはちょっぴり涙がにじんでいた。
「このままキスされたくなかったら今すぐに聞いたことを忘れろや」
「はあ?」
 無茶を言うと私は思う。豪快な性格に見えて女性経験のないことを気にしているようだ。
 ばからしい。私は白けた目で言ってやる。

「劣等感もつくらいなら後生大事に抱えてないでさっさと捨ててくればいいじゃないですか。人のことガキだなんだと馬鹿にしておいて、そのざまはなんです?」
「うるせえよ、俺はなあ、心底惚れた女に純潔をささげるって決めてんだよ!」
「純潔(笑)」
「てめえ、表出ろ!」
「もう出てますが?」

 売り言葉に買い言葉、互いに武器こそとらないけれど、いつそうなってもおかしくないという様相だ。そこへ仕事を終えて帰ってきたらしい男たちが集まってきて、「さあさあ張った張った」とやりだす。誰かがロコのグレイブを持ってきてロコに投げた。
「やりあうのは久しぶりだなあ、クロワ」
「いいんですか? こんな面前で」
 売り言葉に買い言葉。私の抜刀で場が歓声をあげる。いざ勝負というところで、しかし、誰かが呼んだのだろう、マーリがやってきて中止となってしまった。

 やれやれ、とマーリが肩をすくめる。
「いちゃつくならよそでやりなさいよ」
「いちゃついてない!」
「いちゃついてねえよ!」
 私とロコの悲鳴じみた声が異口同音に響いた。




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