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サファイアの護符
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お前の父さんは見つかって良かったよ。
同じ氏族にいる、年長の男性からそう言われて渡されたのは、青玉の護符だった。青く、美しい、それだけで空を閉じ込めたような宝石の護符。
青玉の護符は、有翼人種でも限られた者しか持つことを許されなかった。例えば、部族の中でも、英雄の血に連なる者。グレイも、父もそうだった。だからこそ、彼らは部族に何かあると率先して戦場に飛び込む。
人間、獣人、精霊、そう言う、言葉を話す種族たちの中で、有翼人は空を飛ぶことを当たり前に行うことができる。しかし、最後には地上に戻ることを余儀なくされるのは間違いなく、そう言う意味ではグレイたちにとっても、飛ぶことは特別なことだった。
だから、空を飛ぶお守りは部族ごとに独自のものが伝わるし、有翼人全体で信じられているお守りもある。それが、青玉の護符だ。青空を閉じ込めたこのお守りを持っていれば、地面に叩き付けられることはない。
父は弓で射られて絶命した。何故か敵陣のど真ん中に飛び出してしまったのだ。
「まるで異空間から出てきたようだった、とラミーの奴は言っていたよ」
年長の彼はそう言って首を横に振った。どうしてそんなことをしたんだろう。戦況はこちらにとって不利でもなかったから、自棄になって飛び込む必要もなかったし。無茶をするような人でもなかった。
「でも、見つかって良かった」
護符を持つ者は、突然消えてしまって、まったく見知らぬ土地で変わり果てた姿で見つかることもある。発見されれば良いが、行方不明者はまだ名前が語り継がれているので、見つかっていない者もいるのだろう。
だから、父は見つかって良かった。グレイは心からそう思う。母やきょうだいたちも、父の死は悲しんでいたが、遺体が見つかったことには心から安堵していた。
この日から、青玉の護符はグレイが持つことになった。
氏族の戦士になったのだ。
◆◆◆
ある日のことだった。対立する部族の人間が、こちらの様子を窺っていると言う報せを受けて、グレイは斥候を買って出た。首にはもちろん、あの青玉の護符を、父の形見を、英雄の血に連なる先祖たちの形見を下げて。
この地域には、切り立った岩山があり、様子を窺うならそこが一番だと言うことを、戦いに赴く者たちはみな知っていた。
だからグレイも、下から空気を掬い上げるように一気に頂上まで飛び上がった。有翼人はこういうときに、飛べない種族とは一線を画する。
段差に足を掛け、手を傷付けぬよう、革のグローブで覆った部分で壁面に手を添える。そうして、人がいる方向を覗き込んだ。
確かに、対立する部族の人間が巻く、派手な色の腰布を巻いていた。しかし、どうにもおかしい。片方がうなだれ、もう片方はまるで励ましているようだ。うなだれている方は、顔を覆って……泣いている?
(一体何があったんだろう)
グレイはもっとよく見ようと身を乗り出して……足を滑らせた。
「あっ」
傾斜の付いた岩肌を転げ落ち、空へ放り出される。こういうときに、素早く風に乗ることができれば事なきを得るのだが、そんな都合の良い風が毎度吹いているわけもなく、グレイにはそんな経験が足りなかった。地面に叩き付けられることを覚悟したその時。
地面がなくなった。
ただひたすらに落下していく。
グレイはちらりと下を見て、仰天した。下には青空がある。まるで、今している青玉の護符の様な、深く澄んだ青色が。
上下がわからなくなるような錯覚。いつまで落ちるんだろう。グレイは怖くなる。パニック寸前だった。
けれど、彼は首を横に振る。自分は英雄の血に連なる子。父の子。父が死んですぐに、あとを継いだ自分が死んでしまうわけにも行かない。グレイは目を閉じて、全身で風の流れを探った。翼でも。
そして、翼の一番端の羽が、空気の束を掴む感覚を得る。彼は目を開き、身体をひねる。翼は上手く風を捉え、グレイを気流に乗せた。
「やった! やったよ父さん!」
グレイが快哉を叫んだ次の瞬間、突然景色が戻った。
「わあっ!」
悲鳴を上げて、彼は着陸に失敗した。足をついたが、勢いが殺せずにそのまま前のめりに転がった。
「きゃあ! 大変!」
「おい、君、大丈夫か!」
二人の人が駆けつけてきた。
「う、うーん……」
グレイは痛みを堪えて起き上がる。見れば、こちらを心配そうに覗き込んでいるのは、派手な腰布を巻いた男女だった。どうやら、先ほどグレイが岩山から覗いていた二人らしい。
「あんたたちは……」
「俺たちに敵対の意思はない。そういえば、ここは君たちの縄張りだったな」
「大丈夫?」
女の方は気遣わしげにグレイの身体を検分している。
「折れているところはなさそう。翼も無事ね」
本当に良かった、と彼女は涙のにじむ目で言った。
「子供が死ぬのは本当に悲しいから」
声もうるんでいる。グレイは、その声音にはっとする。男が、女の肩に手を置いた。
この夫婦らしき二人が、部族の他の仲間に悲しみを見られたくなくてここまで来たことを、彼は感じ取った。
だから、グレイもそれ以上は何も聞かない。
「あんたたちがここまで来たことは黙っておいてあげる」
彼は囁いた。
「だから、早く行って」
「ああ」
「どうか、どうか気をつけて帰ってね」
「そうするよ」
グレイは立ち上がって、翼をばさばさと振るって見せた。夫婦はそれを見て安心したように、足早に去って行く。
(見つかって良かったよ)
年長者の声が蘇る。
青玉の護符を持った者は遠く離れた場所で見つかることもある。
敵陣のど真ん中に飛び出した父。
さっきの青空。
グレイは息を吐いた。夫婦が見えなくなるまで見送ると、彼は振り返る。
そして、青玉の様に澄んだ、深い青色の空に向かって、まるで落ちていくように飛び上がった。
同じ氏族にいる、年長の男性からそう言われて渡されたのは、青玉の護符だった。青く、美しい、それだけで空を閉じ込めたような宝石の護符。
青玉の護符は、有翼人種でも限られた者しか持つことを許されなかった。例えば、部族の中でも、英雄の血に連なる者。グレイも、父もそうだった。だからこそ、彼らは部族に何かあると率先して戦場に飛び込む。
人間、獣人、精霊、そう言う、言葉を話す種族たちの中で、有翼人は空を飛ぶことを当たり前に行うことができる。しかし、最後には地上に戻ることを余儀なくされるのは間違いなく、そう言う意味ではグレイたちにとっても、飛ぶことは特別なことだった。
だから、空を飛ぶお守りは部族ごとに独自のものが伝わるし、有翼人全体で信じられているお守りもある。それが、青玉の護符だ。青空を閉じ込めたこのお守りを持っていれば、地面に叩き付けられることはない。
父は弓で射られて絶命した。何故か敵陣のど真ん中に飛び出してしまったのだ。
「まるで異空間から出てきたようだった、とラミーの奴は言っていたよ」
年長の彼はそう言って首を横に振った。どうしてそんなことをしたんだろう。戦況はこちらにとって不利でもなかったから、自棄になって飛び込む必要もなかったし。無茶をするような人でもなかった。
「でも、見つかって良かった」
護符を持つ者は、突然消えてしまって、まったく見知らぬ土地で変わり果てた姿で見つかることもある。発見されれば良いが、行方不明者はまだ名前が語り継がれているので、見つかっていない者もいるのだろう。
だから、父は見つかって良かった。グレイは心からそう思う。母やきょうだいたちも、父の死は悲しんでいたが、遺体が見つかったことには心から安堵していた。
この日から、青玉の護符はグレイが持つことになった。
氏族の戦士になったのだ。
◆◆◆
ある日のことだった。対立する部族の人間が、こちらの様子を窺っていると言う報せを受けて、グレイは斥候を買って出た。首にはもちろん、あの青玉の護符を、父の形見を、英雄の血に連なる先祖たちの形見を下げて。
この地域には、切り立った岩山があり、様子を窺うならそこが一番だと言うことを、戦いに赴く者たちはみな知っていた。
だからグレイも、下から空気を掬い上げるように一気に頂上まで飛び上がった。有翼人はこういうときに、飛べない種族とは一線を画する。
段差に足を掛け、手を傷付けぬよう、革のグローブで覆った部分で壁面に手を添える。そうして、人がいる方向を覗き込んだ。
確かに、対立する部族の人間が巻く、派手な色の腰布を巻いていた。しかし、どうにもおかしい。片方がうなだれ、もう片方はまるで励ましているようだ。うなだれている方は、顔を覆って……泣いている?
(一体何があったんだろう)
グレイはもっとよく見ようと身を乗り出して……足を滑らせた。
「あっ」
傾斜の付いた岩肌を転げ落ち、空へ放り出される。こういうときに、素早く風に乗ることができれば事なきを得るのだが、そんな都合の良い風が毎度吹いているわけもなく、グレイにはそんな経験が足りなかった。地面に叩き付けられることを覚悟したその時。
地面がなくなった。
ただひたすらに落下していく。
グレイはちらりと下を見て、仰天した。下には青空がある。まるで、今している青玉の護符の様な、深く澄んだ青色が。
上下がわからなくなるような錯覚。いつまで落ちるんだろう。グレイは怖くなる。パニック寸前だった。
けれど、彼は首を横に振る。自分は英雄の血に連なる子。父の子。父が死んですぐに、あとを継いだ自分が死んでしまうわけにも行かない。グレイは目を閉じて、全身で風の流れを探った。翼でも。
そして、翼の一番端の羽が、空気の束を掴む感覚を得る。彼は目を開き、身体をひねる。翼は上手く風を捉え、グレイを気流に乗せた。
「やった! やったよ父さん!」
グレイが快哉を叫んだ次の瞬間、突然景色が戻った。
「わあっ!」
悲鳴を上げて、彼は着陸に失敗した。足をついたが、勢いが殺せずにそのまま前のめりに転がった。
「きゃあ! 大変!」
「おい、君、大丈夫か!」
二人の人が駆けつけてきた。
「う、うーん……」
グレイは痛みを堪えて起き上がる。見れば、こちらを心配そうに覗き込んでいるのは、派手な腰布を巻いた男女だった。どうやら、先ほどグレイが岩山から覗いていた二人らしい。
「あんたたちは……」
「俺たちに敵対の意思はない。そういえば、ここは君たちの縄張りだったな」
「大丈夫?」
女の方は気遣わしげにグレイの身体を検分している。
「折れているところはなさそう。翼も無事ね」
本当に良かった、と彼女は涙のにじむ目で言った。
「子供が死ぬのは本当に悲しいから」
声もうるんでいる。グレイは、その声音にはっとする。男が、女の肩に手を置いた。
この夫婦らしき二人が、部族の他の仲間に悲しみを見られたくなくてここまで来たことを、彼は感じ取った。
だから、グレイもそれ以上は何も聞かない。
「あんたたちがここまで来たことは黙っておいてあげる」
彼は囁いた。
「だから、早く行って」
「ああ」
「どうか、どうか気をつけて帰ってね」
「そうするよ」
グレイは立ち上がって、翼をばさばさと振るって見せた。夫婦はそれを見て安心したように、足早に去って行く。
(見つかって良かったよ)
年長者の声が蘇る。
青玉の護符を持った者は遠く離れた場所で見つかることもある。
敵陣のど真ん中に飛び出した父。
さっきの青空。
グレイは息を吐いた。夫婦が見えなくなるまで見送ると、彼は振り返る。
そして、青玉の様に澄んだ、深い青色の空に向かって、まるで落ちていくように飛び上がった。
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