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聖火の番人
その城には聖火番と呼ばれる職業がある。
建国神話に於いて、王家が神から賜った火。それを絶やさぬように見張る番人、と言うのが表向きの説明であるが……その人の姿を知っている者はほとんどいない。
「もしかしたら、もういないのかもな」
ある時、王城職員の一人がそんなことを呟いた。
「いや、そうでもないんだ。職員の数だけものを用意する、となると、必ずその聖火番の分も数に入っている」
別の一人が首を横に振る。
「たまに、見落として一人分足りない、なんてことになるけどな。」
「本当に?」
「本当に」
肩を竦めた。
「とは言え、どう言う仕事かは誰も知らない。詮索している暇もないしな」
それはそうだ。王城の業務は失敗が許されない。その割りに業務量が多い。だから、王城の職員はいつも忙しく駆け回っている。
「しかし、その聖火って城の地下にあるんだろう? 聖火番もずっと地下にいるのかな?」
「いるんじゃないのか? まあずっと見張ってないといけないってことはないだろうけど。食事も湯浴みもするだろうし」
「でも一人なんだろう? 一人で回る仕事なのか?」
「さあ……本当に、聖火番のことはよく知らされていないからな……」
知らされていないと言うことは、知らなくても良いこと、と言う意味だ。
「それに……それらしい奴を見た、と言う者もいるんだが、ちょっと目を離した隙にいなくなっているそうだ」
「……それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「その、悪いもの……悪霊とかじゃなくてか?」
「ははっ! そりゃないよ。そんなものを城の地下に置いておく理由があるのか?」
「いやわかんないけどなんとなく」
「まあ、どうなんだろうな。ただ、俺たちに知らされていないってことは、心配する必要もないと言うことだ。自分たちの仕事しようぜ」
ドアの向こうで自分の話をされている。聖火番はその中身を聞いて苦笑した。
(私だって、まさか自分がこんな職業に就くとは思わなかったさ)
平民の出である自分が、まさか王家の正当性を保証する神話の核心に関わる様な立場につくとは思いもしなかった。本当なら、今頃……何をしていたんだろう。
聖火番の仕事場は、王城の地下にある。噂話レベルになっているのは、仕事場の場所も関わっている。いつの間にか姿を消している、というのは、この隠し扉のせいだろう。
石造りの階段を、静かに降りる。辿り着いたのは地下の「聖火の間」で、その人は「聖火のランタン」と呼ばれる、巨大な炉が鎮座している。
その中では、荒ぶる魂が暴れていた。
王家が神から火を賜る神話のあらすじは、神に歯向かう蛮族を滅ぼした褒美として火を与えられたと言う内容だ。それは神話であるから一部は脚色されているし、語られていないこともある。
その蛮族は呪術に長けた者たちで、自分たちを滅ぼす王家に呪いを掛けた。
死後、自らの国に仇なす悪霊になる呪いを。
こうやって悪霊と化して、国を滅ぼす機会を虎視眈々と窺っているのだ。
それから王家の人間が死ぬと、皆この「聖火のランタン」に閉じ込められるのだ。荒ぶる魂。火を賜る際に受けたこの呪いによることから、この悪霊を「聖火」と隠語で呼んでいたのが、いつの間にかすっかり定着してしまった。
「ランタン」の調整や修繕が聖火番の仕事だ。
聖火番と呼ばれる人たちは、代々この悪霊たちを鎮めるための術式を体内に授かる。前任から後任に、連綿と受け継がれている。
地下に悪霊がいるのではないか、と言う階上の指摘は正しい。その通りだ。けれど、それは真実の看破ではない。この程度の当てずっぽうなら、聖火番は問題視しない。
神話で語られるように、神から賜った火は、もう人々の生活に根付いている。暖炉で燃えているその火も、原初の火から分けられたものだ。
『ヒヒヒ』
悪霊の一体が、壁に貼り付いて笑っている。こちらを嘲笑っているようにも、自分の状態を笑うしかないと思っているようにも見える。
それを聖火番はただ見上げて、やがてそっぽを向いた。
他人の正確な仕事を知らない。知る暇もない、と言うのは、聖火番も同じだ。
国を滅ぼさんとする、内側からの危機に備える。
暇な筈がない。
「さて、新しく外つ国からもたらされた術があるようで……」
日々、ランタンの補強や鎮魂の魔術を磨かねばならない。聖火番は、聖火の間から出た隣の部屋で、借り受けた本を開くのだった。
建国神話に於いて、王家が神から賜った火。それを絶やさぬように見張る番人、と言うのが表向きの説明であるが……その人の姿を知っている者はほとんどいない。
「もしかしたら、もういないのかもな」
ある時、王城職員の一人がそんなことを呟いた。
「いや、そうでもないんだ。職員の数だけものを用意する、となると、必ずその聖火番の分も数に入っている」
別の一人が首を横に振る。
「たまに、見落として一人分足りない、なんてことになるけどな。」
「本当に?」
「本当に」
肩を竦めた。
「とは言え、どう言う仕事かは誰も知らない。詮索している暇もないしな」
それはそうだ。王城の業務は失敗が許されない。その割りに業務量が多い。だから、王城の職員はいつも忙しく駆け回っている。
「しかし、その聖火って城の地下にあるんだろう? 聖火番もずっと地下にいるのかな?」
「いるんじゃないのか? まあずっと見張ってないといけないってことはないだろうけど。食事も湯浴みもするだろうし」
「でも一人なんだろう? 一人で回る仕事なのか?」
「さあ……本当に、聖火番のことはよく知らされていないからな……」
知らされていないと言うことは、知らなくても良いこと、と言う意味だ。
「それに……それらしい奴を見た、と言う者もいるんだが、ちょっと目を離した隙にいなくなっているそうだ」
「……それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「その、悪いもの……悪霊とかじゃなくてか?」
「ははっ! そりゃないよ。そんなものを城の地下に置いておく理由があるのか?」
「いやわかんないけどなんとなく」
「まあ、どうなんだろうな。ただ、俺たちに知らされていないってことは、心配する必要もないと言うことだ。自分たちの仕事しようぜ」
ドアの向こうで自分の話をされている。聖火番はその中身を聞いて苦笑した。
(私だって、まさか自分がこんな職業に就くとは思わなかったさ)
平民の出である自分が、まさか王家の正当性を保証する神話の核心に関わる様な立場につくとは思いもしなかった。本当なら、今頃……何をしていたんだろう。
聖火番の仕事場は、王城の地下にある。噂話レベルになっているのは、仕事場の場所も関わっている。いつの間にか姿を消している、というのは、この隠し扉のせいだろう。
石造りの階段を、静かに降りる。辿り着いたのは地下の「聖火の間」で、その人は「聖火のランタン」と呼ばれる、巨大な炉が鎮座している。
その中では、荒ぶる魂が暴れていた。
王家が神から火を賜る神話のあらすじは、神に歯向かう蛮族を滅ぼした褒美として火を与えられたと言う内容だ。それは神話であるから一部は脚色されているし、語られていないこともある。
その蛮族は呪術に長けた者たちで、自分たちを滅ぼす王家に呪いを掛けた。
死後、自らの国に仇なす悪霊になる呪いを。
こうやって悪霊と化して、国を滅ぼす機会を虎視眈々と窺っているのだ。
それから王家の人間が死ぬと、皆この「聖火のランタン」に閉じ込められるのだ。荒ぶる魂。火を賜る際に受けたこの呪いによることから、この悪霊を「聖火」と隠語で呼んでいたのが、いつの間にかすっかり定着してしまった。
「ランタン」の調整や修繕が聖火番の仕事だ。
聖火番と呼ばれる人たちは、代々この悪霊たちを鎮めるための術式を体内に授かる。前任から後任に、連綿と受け継がれている。
地下に悪霊がいるのではないか、と言う階上の指摘は正しい。その通りだ。けれど、それは真実の看破ではない。この程度の当てずっぽうなら、聖火番は問題視しない。
神話で語られるように、神から賜った火は、もう人々の生活に根付いている。暖炉で燃えているその火も、原初の火から分けられたものだ。
『ヒヒヒ』
悪霊の一体が、壁に貼り付いて笑っている。こちらを嘲笑っているようにも、自分の状態を笑うしかないと思っているようにも見える。
それを聖火番はただ見上げて、やがてそっぽを向いた。
他人の正確な仕事を知らない。知る暇もない、と言うのは、聖火番も同じだ。
国を滅ぼさんとする、内側からの危機に備える。
暇な筈がない。
「さて、新しく外つ国からもたらされた術があるようで……」
日々、ランタンの補強や鎮魂の魔術を磨かねばならない。聖火番は、聖火の間から出た隣の部屋で、借り受けた本を開くのだった。
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